28:美食家達の誘い②
今回は台詞が多めです。
「私が……誘拐される?」
やっとこの手に戻ってきた原作小説には、私にも関係するエピソードが書かれていた。
──サロン美食家達の誘いを断った聖女スミレは、城下町で謎の男たちに誘拐され、見知らぬ部屋で目を覚ます。部屋には寝床と机に紙が一枚。紙に書かれた文章はこうだ。『解放してほしければ、以下の3つの項目にご同意ください。①サロン美食家達に参加すること。②サロン内において、ジェノワーズ侯爵家の発言に同意すること。③この件を誰にも口外しないこと。以上の内どれか一つでも破った場合、貴方の命を奪う準備ができております。ご同意いただけるならば、こちらにサインを。』(中略)誘拐の犯人はジェノワーズ侯爵を陥れようとしていたフロランタン子爵の仕業だった。それを突き止めたヘンゼル国王がスミレを保護し、フロランタン子爵は廃嫡後に処刑と相成った。──
なんだ、私助かるんだ。……と言っても、誰にも相談無しに誘拐を待つわけにはいかない。私は急いで執務室に向かった。
「忙しい所ごめんなさい、ヘンゼルさん。あの、本が見つかりました!」
「ああ!良かった。本もだけれど、君が日に日に憔悴していくのが不安だったんだ。」
そう言って頭を撫でてくれた。少し恥ずかしいけれど、心地良い。その手の暖かさに本題を忘れそうになったが、私は急いで誘拐事件のエピソードを説明した。
「スミレが、誘拐されるだって……?」
「ただ、誘拐は失敗に終わって、犯人まで予言されています。」
「そうだとしても、君を危険にあわせる訳にはいかない。予言を変えよう。スミレが傷つかない、別の方法で解決するんだ。」
「でもどうやって?」
「……とりあえず僕達は予言と逆の事をしよう。まずスミレは外に一人で出歩かない。念の為、城内でも常に誰かと居て欲しい。そして、サロンか……スミレはどう?例のサロンに興味はあるんだっけ。」
「はい、誰かとグルメ話ができたらとても嬉しいです。でもヘンゼルさんが反対するなら行きません。」
「いや……他家を陥れようとしている動きがあるのも気になる。僕が動ければ一番良いんだけど……」
ヘンゼルさんは私がこの世界に来てから、私の事を優先して動いてくれていた。それはすなわち通常の業務を後回しにしていたということで、そのしわ寄せが押し寄せているのが現状だと思う。アーブルさんも各地を飛び回っているのか、しばらく見ていない。ここにきてまた私のために動いてしまったら……
「調査すべきことがあるなら、私が一人で乗り込みます。」
「駄目だ!行くなら同行者……できれば男性の護衛を……。」
男性の護衛か……。サロンに行っても問題無くて、何かあったときに私を護ってくれる人……。
候補1:騎士団長・ロワ
ダマンド公爵嫡男そして騎士団長ということで言う事無しではないでしょうか!
「聖女様、たとえ命に変えてもお護りいたします!」
(命がけは困るなあ……。)
「ロワ、昨日の晩御飯の感想を聞かせてくれ。」
「昨日?旨かったです!スープに嫌いな豆が入ってたのが残念でした。」
「……最終手段で。」
「ロワさんってアーブルさんと似てないですね?」
候補2:パティシエール・グリュイ
調理知識あり!筋肉あり!私と語り合った実績あり!
「私の筋肉は製菓のためであり、人を殴ったことはございません……。」
「駄目です……可哀想です……。」
「爵位も無いから厳しいかもね……。」
候補3:神様・ルーサンギーヌ
初代国王のお茶友達!その強さは折り紙付き!死なない!
「駄目だ。俺は毎日メタリカに通っている。最近プラムが可愛いんだ。いや、プラムはいつも可愛らしい。特にあくびをして潤んだ目が──」
(ねえ、ルー様ってその子に骨抜きなの?)
(もう軟体動物並に骨抜きです。)
「そういう仕事なら適役を用意しよう。」
「本当ですか!?」
候補4:神様の執事・アイル
「それで連れてこられた理由がこれですか。阿呆なんですか?貴方達は。」
「お前好みの案件かと思ったのだがな。」
「あのサロンは人が多くて……あまり人の多い場所は好まない故。」
「魔法が使える程の魔力持ちと聞いているし、僕は適役だと思ったけど。」
お願いをしてみるも、アイルさんの冷ややかな視線が痛い。
「はあー……護衛付きというのが非常に面倒ですが。いいでしょう。ただし四つの条件があります。四つです。一つでも飲んでいただけない場合は協力いたしません。一つ、仮の爵位をいただきたい。サロンに入るなら一応任命書でも持っていれば追い返される事はないでしょう。任務が終われば返還いたします。二つ、優秀で口の固い女性の使用人を一人お貸し下さい。私の居ない間家事全般をしてもらいます。三つ、グルマンディーズの名簿が欲しい。疚しいことが無ければ開示できるはず。四つ、名簿を頂戴してから一週間は準備期間をいただきます。以上です。」
「なんだ、真っ当な要求で安心したよ。しかし一週間期間が空くとなるとその間スミレは城内に籠もらせるしかないね……。」
「……ああ、聖女様。如何ですか、この際にマナーの講習でも。マナーと言っても食事やダンスではありません。……言葉。嫌味の一つも言い返せないようではこの先苦労するでしょう。目には目を。歯には歯を。棘のある言葉には、言葉の弾丸を撃ち返す覚悟を鍛えて差し上げますよ。」
「つまり俺の家に滞在するということか。」
「ええ!?」
滞在するのは全く問題無いが、言葉の講習?何だか嫌な予感がする……。
「ついでに幾千の嫌味を浴びて鋼の心臓でも拵えますか!ハッハハ!」
やっぱりー!アイルさんが楽しそうな顔をしてる時は大体良くない事を考えているのだ。私を虐めてストレス発散の材料にする気なんだ……。
「スミレに変なことを教えないでほしいけれど……。」
「いえいえ、処世術ですよ。サロンに乗り込む以上必要なことなのです。」
「尤もなんだけど……ね……。あんまり虐めたら不敬罪で出頭してもらうから。」
「おお、怖い怖い。」
あらかたの予定は決まった。ヘンゼルさんがショコラ公爵へグルマンディーズの名簿を貰うよう打診し、私はその間ルー様邸で教育という名の拷問。名簿が届いたらアイルさんが事前調査。条件にあった使用人は、能力を加味してシトロンが選ばれた。滞在中に私のお世話もしてくれるなんて、本当に完璧なご令嬢だ。そして調査が終わればついにグルマンディーズへ加入。サロンが開かれる日に内情を調査する。ロードマップにすると改めて過酷そうなミッションだ。特に拷問。でも、ヘンゼルさんの役に立てるなら頑張ります!
◇◆◇
「ルー様……は今日も居ないんだ。アイルさん、今日からお世話になります。」
「私はポルボローネ家が長女、シトロンと申します。神様の邸宅でのご奉仕、全力でお務めいたします。至らぬところもございますが、何卒よろしくお願いいたします。」
これから私たちはルー様の邸宅に滞在することになる。まずは挨拶を済ませ、それからシトロンの仕事の引き継ぎも兼ねて、アイルさんが邸内を案内してくれた。私やシトロンの部屋、厨房、食卓、おっきなお風呂、それと入ってはいけない所。
「この広い邸宅を一人で管理なされているのですか……?」
「私は魔法を使えるので楽なものです。掃除は必要最低限で良いですよ。ああ、庭の手入れも結構です。……シトロン嬢。改めて申しますがここで見聞きした事は外部に漏らさないようお願いしたい。特に彼女の事は。」
「彼女……?」
「妹がいるのです。名をマリー。家事は出来ませんが、叱らないでやってください。それから彼女の食事の用意も。……お願いします。」
マリー……私がアポ無し訪問のときにいた、メイド服の女の子だ。注意事項……というより、まるで懇願しているような言い方が私の思うアイルさんのイメージとかけ離れていて妙に気になった。そして私のときより物腰が柔らかいのが少々モヤる。
「ああ、主の世話は何もしなくていいです。最近は朝から晩までメタリカ旅行ですし、食事も滅多にとりませんので。言われたら残飯でも用意してやってください。」
「る……ルーサンギーヌ様にそのような物言い……」
「シトロン、こういう人なの。諦めて。というかシトロンには優しいですよね、アイルさん。」
「ええ、淑女には真摯に接するのが礼儀というものでしょう?」
(つまり私は淑女ではないと……。)
「よくぞお気付きで。」
「人の心を読まないで下さい!」
邸内の案内が一通り終わったところで、ふと、誰かに見られているような気配に気がついた。後ろを振り向くとあの女の子がこちらの様子を見ていたが、扉の影に隠れてしまった。
「マリー、おいで。」
あのアイルさんが優しく呼んだ。妹のマリーちゃんだ。私より4~5歳くらい下だろうか。妹にしては些か歳が離れすぎてる気もするけれど……。
「はじめまして……マリーです……。あ、あのときのおきゃくさん……。」
「前ちょっとだけ会ったよね。こんにちは、私はすみれです。」
「マリー様、初めまして。私はシトロンと申します。」
マリーちゃんは恥ずかしいのか、頬を赤くしてぺこりと礼をした。兄と違ってとても可愛らしい。兄と違って。
「二人は今日から半月くらいここに滞在する。警戒しないでいい。」
「うん……。」
「庭の手入れがマリーの仕事です。ですのでシトロン嬢にはそれ以外の事をお願いします。」
「承知いたしました。」
それからシトロンは昼食の準備に。私は手持ち無沙汰になってしまった。時間が空いた……という事は……?
「さあ聖女様。教育のお時間ですよ。」
「いやーっ!」
「矯正のお時間に変更しましょうか?」
どうせ最終的には拷問になるんだ……大人しく従うしか無い。
「さて、最近公爵令嬢と喧嘩されたらしいですね?何と言われましたか?」
「えーと、『喋り方が平民ですわ』?」
「だーっはっはっはっは!」
「ちょっと笑いすぎじゃないですか!?」
「おっとすみません、つい素が……で、貴方は何と言い返しましたか?」
「……何も言えませんでした。少し前まで本当に平民だったんですから。」
「それはそれは。下手なことを言うより下手ですね。私でしたら、そうですね……『悪態がお上手で……さぞかし良い教育を受けてきたのですね。』とでも言いますか。で、最終的に貴方に紅茶をかける程怒らせた理由は?」
「二人の令嬢が喧嘩しかしない事についカッとなって、『幼稚園の子供みたい』と言いました……。」
「貴族社会では感情的になった時点で敗者です。その点公爵令嬢も同じ穴の狢ですがね。まあ平民そのものな貴方に幼稚と言われてしまったらそうなりますか。」
「ぐうう……。」
「そこで唸るくらいなら『貴方も平民でしょう』くらい言い返しなさい。さあどんどん行きますよ。突貫で鋼の心臓を鍛造しましょう!」
……この特訓?はヘンゼルさんが名簿を用意するまでの一週間続き、アイルさんが事前調査をしている合間にもちょこちょこ挟まれて計二週間。私達はグルマンディーズへ参加表明を出し、本日ついに初参加と相成った。
「薄い鉄の膜程度の心臓ですが、まあ良いでしょう。」
「そうですね、心臓の毛すら鋼の貴方にはとても敵いませんわ。」
「ふふっ……二週間は敵同士でしたが本日は共闘。さあ、社交界の掃除と行きますか。」
赴くは夜のショコラ公爵邸。ヘンゼルさんの為なら、それこそ悪女にだってなってやるわ。




