27:美食家達の誘い①
謁見の間。金縁の赤いカーペットの先に玉座が佇む、荘厳な空間。その玉座にヘクセン国王であるヘンゼルさんが座り、その横には私が立つ。そして私達の視線の先には二人の男性が青ざめた顔で敬礼をしていた。ショコラ公爵とヴァニラ公爵の両名だ。先日二人の令嬢を呼んでお茶会を催したところ、二人共言い合いが絶えないので私が諌め……ではなく、一緒になって喧嘩してしまいお茶会は大失敗。二人が私に紅茶をかけようとしたことで、ヘンゼルさんが怒ってしまったのだ。その謝罪に二人の公爵が登城してきたという訳だ。
「この度は私の娘、マドレーヌの愚行によりご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫び申し上げます、殿下。」
「お恥ずかしながら、私の監督不行き届きでございます。申し訳ございませんでした。」
「お前達の娘は聖女の顔に泥を塗ったのだ。謝罪は聖女にするべきではないか?」
そう促されて二人の公爵が改めて私に謝罪をした。私は礼をして、謝罪の言葉を考えていた。謙りすぎても、高圧的すぎてもいけないというのをアーブルさんに教えてもらっていた。上手いことは言えないだろうけれど、何とか自分の気持ちを言葉にしよう。
「昨日の騒動は私にも落ち度がありました。しかし……お茶は飲むものであって人にかけるものではありません。相手が私でなくともです。」
「仰る通りです。娘のフィナンシェにもよく言い聞かせます。」
と、ヴァニラ公爵。二人の謝罪には偽りがなく本心からのものだと感じられた。
「聖女様にはお詫びのしるしとして、ささやかな品を献上いたしたく存じます。」
ショコラ公爵の言葉に慌ててヘンゼルさんのほうを見ると、彼は静かに頷いた。私は一歩踏み出し、差し出された品を受け取ることにした。平らな焦げ茶色の箱は高級感漂うデザインで、ほのかに甘い香りを纏わせている。もしやと思い箱を開けると、光を受けて輝く二十粒のチョコレートが、宝石のように整然と箱の中に収められていた。それぞれ微妙に違う色と香りを持ち、見ているだけで胸が高鳴る。
「我が領地のカカオを使用し、一番のショコラティエに作らせました。」
「わ、あっ……美味しそう……。」
「聖女様、私からもこちらを。お詫びの品でございます。」
ヴァニラ公爵に渡されたのは金の縁取りが美しい缶。開くとバターとバニラの芳醇な香り。模様も形も違うクッキーが所狭しに並んでいた。その規則正しい並びがまるで芸術品のようだった。
「我が領の特産であるバニラをふんだんに使用しております。聖女様が美食家であるとの噂を聞いて、こちらの品がぴったりかと思い選びました。」
「はい……とっても嬉しいです!」
私は昨日の事などなんとも無かったかのように元気と笑顔でいっぱいになってしまった。後ろで見ていたヘンゼルさんも半ば呆れたような笑いを零していた。チョコもクッキーも食べたい私の視線を見かねて、「続きは応接室で」と、4人でお茶をすることとなった。
「スミレの前にお菓子を出されちゃ敵わないなあ。」
「私、こんな高級なチョコレートにクッキー、初めてです!」
「私達は自領の菓子に誇りを持っています。是非感想をお聞かせ下さい。」
感想かあ。食レポってこと?いつも思ってることを口に出せば良いかな?私はまずバニラのクッキーを手に取った。
「バターもバニラもたっぷりだけど、下品にならない絶妙な塩梅。しっとりとした口当たりが独特で何枚でも食べられます!」
「こちらのチョコレートもどうぞ。一番スタンダードなミルクチョコレートはこれです。」
紅茶で味覚をリセットして、指さされた一粒を口に運ぶ。
「甘いけれどくどくなくて、一粒で満足できるくらい濃厚で贅沢な味。こんなに口溶けが良いチョコレートは産まれて初めてです。」
これがあと十九粒も残っているのだから、思わず顔が綻んでしまう。
「やはり……聖女様に、我がサロンへと招待したいのですが、お許しいただけますでしょうか。」
ショコラ公爵の提案に緊張が走った。以前ジェノワーズ侯爵から誘いを受けた、美食家達の事だろう。
「グルマンディーズ……最近良い噂を聞かないのだけれど、そこはどうなんだい?」
「一部の過激派が、まるで自らを選民であるかのように振る舞っているのは確かです。ですが、私は『城下町グルメマップ』を執筆した聖女様のように、美味しいものは皆で共有するべきだと思っております。そしてこの信条はショコラ公爵家が代々受け継いできたものでもあります。聖女様の参加が、我がサロンを正しい方向へ導くと、そう期待しているのです。」
「ふむ……最終的にはスミレが判断すれば良い。君はどう思う?」
「私は──」
ジェノワーズ侯爵の件でグルマンディーズに良い印象を持っていないのも事実。けれどもこんなに美味しいチョコレートをご馳走してもらって、信条?も同じだと言ってくれる公爵は信じても良いと思っていて。しかし、そもそもサロンとは何をするところなのか、参加することで私にメリットがあるか分からない。勉強もマナーも不足している。
「──興味はありますが一旦保留させてください。前向きに検討いたしますので。」
「そうですか。是非ご検討下さい。聖女様が参加すれば皆が喜ぶでしょう。」
正直美味しいものを食べられるのなら毎日でも行きたい。が、ここには有識者が沢山いる。意見を聞きながらゆっくり決めても遅くは無いだろう。それからは領地の話や美味しいものの話に花を咲かせ、良い雰囲気で二人の公爵とのお茶会は終わりを迎えた。
◇◆◇
「スミレは男性との方が話しやすい?」
「え?どうしてそう思うのですか?」
「昨日の令嬢たちとのお茶会では辛い目にあってしまったけど、今日は凄く生き生きしていたからね。」
それは相手の問題かと思います。……と正直に言えたら良いのに。シトロンやプラムさんとお話するときは何の問題も無いし、楽しい。最初から敵視されているような人とは話せないというだけで。
「男性というより、大人の人が、こちらを気遣って話しやすくしてくれてるんだと思います。」
「なるほど。その意識は大切にした方が良いよ。いつかスミレが同じような大人になれるようにね。」
「頑張りますっ。」
「それじゃあ僕は仕事に戻るから。」
そう言ってヘンゼルさんは執務室へと戻っていった。さて、私は何をしよう。さっきのお菓子をもうちょっと食べたい気もするけど、そしたら晩御飯が……。そうだ、書斎に行こう。本を呼んでいれば時間なんてあっという間だからね。
私は毎日、書斎へ足を運ぶことを日課にしている。歴史書で歴史を学ぶのも良いし、図書館から持ち出した本をゆっくり読むのにも最適。いつもと変わらないルーティーン。けれど──そこには予想もしなかったものが待っていた。『血塗られた狼と贄の羊』。私が失くしたと思っていた、この世界の『原作小説』だ。
「戻ってきた!良かった……本当に良かった……。」
私は思わず本を抱きしめた。慌てて中身を読んでみると、内容が大きく変化していた。聖女である私が登場していたのだ!予言の救国の聖女が現れ、ルー様とお茶を飲み、パレードにパーティまで今までの私の経験が文章になっている。先程あったショコラ公爵とヴァニラ公爵の謝罪のシーンまでも。という事はこれから先は未来の出来事という事だろうか。未来は……未来、は……
「私が……誘拐される?」
次の被害者は、他でもない自分自身だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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