3:書斎と私③
本日3回目の投稿です。
本の中身のお話です。※一部残虐なシーンがあります。
(11/13)一部改訂しました。
「ヘンゼルさんが恋に落ちれば、この世界は滅亡します!」
物語の結末を教えるなんて極悪非道な行為だが、今回だけはどうか許して欲しい。これが本当に起こる事なら、是が非でも回避しなければならないのだから──
「ぼ、僕が恋に落ちると……?」
「正確に言うと恋が実ると、です。どういうことかと言うと──」
コンコンコン。
私が説明しようとした瞬間、書斎に乾いた音が響いた。
「殿下、視察の準備が整いました。」
「しまった……もうそんな時間だったか。」
「ブールドロ領の堤防の件ですか。……少しタイミングが悪かったですな。」
「先延ばしにする訳にはいかないだろう。スミレさん。僕は数日城を開けるので、どうか本の翻訳作業を進めて欲しい。アーブル、今回はスミレさんの補佐を頼む。彼女が分からない事があれば教えてやってほしい。」
「承知いたしました。私の代わりはノワを連れて行ってやってください。槍術しか脳のない奴ですが、少しは約に立つでしょう。」
「相変わらず自分の息子に手厳しいな。じゃあ遠慮なくこき使わせてもらおうかな。」
そうヘンゼルさんが冗談交じりに言った後、はっ、とアーブルさんが何か気付いたような様子でこちらを見た。
「……そうだ、スミレ様。その節は大変失礼いたしました。昨日、スミレ様に槍を向けたのは我が愚息です。」
「それは、僕が命じた事だから……あまりノワを責めないでやってください。」
あのときの鎧兵さんがアーブルさんの息子さんだったんだ。……状況を思い出して身震いしてしまう。
「奴にも後日、ご挨拶と謝罪をさせます。」
「いえ、お気遣いなく……」
「ふふっ……。では行ってくる──そうだ、スミレさん。ブールドロ領は例のりんごの名産地なんだ。お土産は期待してもらってても良いよ?」
「やったぁ!」
両手を上げて喜ぶ私が食べ物で飼い慣らされているという事実に気付くのはもう少し先の話──。
ヘンゼルさんのお仕事についてアーブルさんに聞いたところ、そのりんごの産地──という事だけ覚えてしまい領の名前が出てこない──にある川の堤防にヒビが見つかったとかで、その調査に赴くらしい。そういう事は部下に命じてやることで、王様自ら行く必要は無いのでは?そう質問したところ、どうやら『各地を回って王政の信頼を取り戻す』『領地の現状を把握するために自分の目で確認する』『そもそも適した人員がいない』といった理由で本人が行くのが一番良いらしい。分からない分野にはあまり口出ししないほうが良いな。そう思うと同時に不勉強な自分を恥じた。
「殿下は幼い頃より本の虫でしたから、知識は豊富にあるのです。門外漢でも指揮できる程に。」
私も何か取り柄があればこの国の役に立てるかもしれないけれど、専門的な知識なんてなくて──いや、ひとつだけあった。それが『本の翻訳』だ。今は、私にできることをしよう。
「アーブルさん、この本についてなのですが……。」
「ええ、何なりとご相談ください。」
「もしかしたらこの本……先程聞いた『ルーサンギーヌ様』の事まで書かれているようなんです。」
「なんと……!」
『血塗られた狼と贄の羊』、その『主人公』は『ルーサンギーヌ』なのであった。
「ルーサンギーヌ様……神様だと教わりましたが、私のいた世界に実体を持つ神様は存在しません。この世界にとって神様とは一体どのような存在なんですか?」
ふむ、とアーブルさんが考え込むと本棚から一冊の本を取り出した。それは神々を研究した人の書物で、基本的な事から理解が追いつかない事まで事細かに記されていた。最初の項だけでも理解できるようアーブルさんが解説をしてくれる。
──種族として人類と異なる部分は、『不老長寿である事』『人類とは比べ物にならない程の魔力を有している事』『司るものに依存した固有の力を有している事』『信仰する信者の数で力が増減する事』でしょうか。ルーサンギーヌ様であれば司るは孤独。不老に加えて不死の能力を有しております。またルーサンギーヌ様は建国に関わっており、初代国王であるセブレ殿下と非常に仲が良かったと伝記に残っております──
まだ神様に会ったことが無いのでピンとこないけれど、今のところは超常の力を持った凄い人という認識で良いと付け加えてくれた。
「それでもうひとつ聞きたい事が……。『ラム・サヴァラン公爵』という方をご存知ですか?」
「……!」
アーブルさんがヘクセン国の歴史書の内、一番古いものを本棚から取り出す。
「ラム・サヴァラン公爵……この国の建国に携わった人の内の一人です。」
そう言って指さした先に、丸眼鏡の知的そうな女性の肖像画が載っていた。ふわふわとした白髪の長い髪で、両サイドを三つ編みにしている。
「彼女はこの国最初で最後の女公爵であり、世界的に見ても最高の魔術師でした。歴史家や魔術師の間でしばしば討論の対象になります。この国と魔術が発展したのは彼女の存在があったからと言っても過言ではございません。」
「魔術……私の世界には無いものです。」
「そうなのですか。では後日、魔術についても授業いたしましょう。……サヴァラン公爵は、魔術の研究で旅に出た後消息を絶ったのです。数百年経った今でも、亡骸は見つかっておりません。」
「やっぱり……」
「やはり、とは……?」
「答えは、この本の中に──」
そう言って小説のページをめくりアーブルさんに読み聞かせた。
──ラムは魔術のさらなる発展のため旅を決意します。初代ヘクセン王は国一番の騎士『ルー』を護衛として就けさせました。ルーは平民でありながら剣の腕を評価され、騎士団長にまで登り詰めた逸材です。そして旅が始まり、凶暴な動物や金品を狙う蛮族からラムを護ります。ラムはルーが怪我をすれば、それがかすり傷であっても献身的に治療しました。ラムの優しさに触れていく内に、ルーはラムに恋をしてしまうのです。そしてラムもまた、ルーに想いを寄せていました。しかし二人が想いを打ち明ける事はありません。身分が違いすぎたのです。いっそ二人で駆け落ちしてしまおうかと考えるくらいに、互いの気持ちは大きくなっていきました。
そして二人の旅は佳境を迎え、ついに新しい魔術を作り出したのです。しかし王都へ帰る途中の森の中、孤独の神『サンギーヌ』が現れました。ラムの非常に強い魔力に惹かれ、我が物にしたいと申し出たのです。神は魔力の強い者を喰らい自らの力とします。ラムを差し出すという事は、ラムの死を意味していました。二人は神に抗います。しかし抵抗も虚しく、ついに二人は倒れてしまいました。
しばらくして意識を取り戻したルーは鼻につく鉄の匂いに顔をしかめます。と同時に、クチャリ……クチャリ……と気味の悪い音が頭の中に木霊します。その方を見るとサンギーヌが食事をしていました。既に息絶えたラムが虚ろな目でこちらを見つめています。首から下はもう、ありませんでした。
そこからしばらく、ルーの記憶はありません。気がついた時、全身血塗れになった自分が、顔だけになってしまったラムを抱えていました。──あの神は何処へ行ったのだろう。ふと足元を見ると、神だったものが足元に散らばっていました。不思議と心は平穏でした。「ああ、そうか。自分で食べたのだった。」
怒りに我を忘れたルーは、食事に没頭しているサンギーヌの隙をついて首を切り落としました。神を殺した者は、その神に成り代わるという事を知らずに。『ルー』が『ルーサンギーヌ』として生まれ変わった瞬間でした。ルーサンギーヌは神の本能のままにサンギーヌを骨の髄まで喰らい、かつてのラムをも超える魔力を手に入れました。
ラム・サヴァランという国の宝を亡くした事実を王に伝えねばなりません。ルーサンギーヌは事の経緯を正直に伝えました。力及ばずラムを護れなかった事、自らが神になった事──全てを知った王はラムの死に落胆しましたが、『ルー』を責める事はありませんでした。「ヘクセンの神となって欲しい。」王の言葉にルーサンギーヌは最敬礼し、ラムが亡くなった森に住処と墓標を建てました。かつて『ルー』であった少年と、ラム・サヴァラン公爵の最期は歴史の闇に葬られる事となりました──
「おお……お労しや、サヴァラン公爵──。ルーサンギーヌ様が元は人間だったという事にも驚きです。」
「……私はルーサンギーヌ様に会った事がありません。ですがこの本を読むと、性根が優しい人だったと思うんです。ルーサンギーヌ様は『人間を殺す人間を嫌った』と言っていましたね?それって『人間の事が好き』なんだと思います。きっと、和解できます。」
「……ええ。ありがとうございます、スミレ様。しかし神が人を喰らうとは聞いたことがございませんでした。他国の神がどうしているかは、大抵秘匿されておりますので。」
「質問です。神様がいる国といない国では何が違うんですか?」
「そうですね。我々からの目線で言えば『箔が付く』というものです。神が居住する程に居心地の良い国という訳ですね。どうやら神々の間ではより優れた国に住む事がステータスとなっているようです。……と、これは表向きのお話。各国の間で神は『軍事力』として捉えられております。」
「軍事力?神様が人間を守ってくれるんですか?」
「いえ。実際に戦争が起きた際の、ではなくあくまでも『抑止力』でございます。神の行動は我々ではコントロールできませんので。我が国が兵も騎士も激減し各領の統率すらとれない時期に他国から攻め入れられなかったのも、ルーサンギーヌ様の存在が大きいでしょう。裏を返せば神がいない国は他国より攻められやすいとも言えます。」
「そういえば先王がお隣の国に戦争を仕掛けたって……」
「……仰るとおり、メタリア国に神は居ないとされています。科学も魔術も発達した素晴らしい国であると思うのですがね。そこへ侵攻だなんて……ヘクセン国最大の恥です。」
「でも、ルーサンギーヌ様が止めてくれました。」
「いやはや、皮肉な話です。抑止されたのは我々の方だったと。しかし──先程申しておられた、『殿下の恋が実ると世界が滅亡する』というのは?」
「あ。」
『過去』のお話ですっかり忘れていたが、本題は『未来』のお話なのであった。私はページを飛ばし、最後の方にある文を朗読した。
──ラムは事切れる直前、自ら作り出した最後の魔術『転生の魔術』を使っていました。『転生の魔術』は自らの死後、魂や姿形・記憶までそのまま生まれ変われる事のできる魔術です。しかし研究不足で術の構築が不安定だったせいか、転生に数百年の時間を要した上、記憶の無いまま転生をしてしまったのです。現世での名は『プラム』。ヘクセンの隣国であるメタリアの平民として産まれ、姿形は在りし日の彼女のままでした。
プラムは平民でありながら魔力が高く、また魔術の才能もあったため、メタリア国王であるイェイス王からも一目置かれていました。そしてある日ヘクセン国王のヘンゼル王に、未来ある若者の一人として彼女を紹介したのです。ヘクセン国に伝わる偉大な魔術師、ラム・サヴァラン公爵に瓜二つな彼女にヘンゼル王は驚きます。魔術を通じて二人は意気投合し、興味はいつしか恋心へと変化していきました。
国を跨いだ逢瀬を繰り返し仲を深めあった二人は、イェイス王と官僚らの許可を得て婚約を結びました。二人の婚約は国民にも発表され、ルーサンギーヌの耳にも入ります。婚約パレードに訪れたルーサンギーヌは、王の隣にいる女性を見て驚愕します。かつて愛し合った、ラムの姿がそこにありました。
ルーサンギーヌが叫びます。「ラム!私だ!ルーだ!」プラムはきょとんとした顔でルーサンギーヌを見つめます。『プラム』は『ラム』だった記憶が無いため、ルーサンギーヌを知りません。しかしルーサンギーヌは『ラムの魂』をプラムから感じました。「ルーサンギーヌ様、ご紹介いたします。この度婚約いたしました、プラム嬢です。」ヘンゼル王が放った言葉にルーサンギーヌは絶望しました。激怒、焦燥、嫉妬、愛憎──負の感情を全て煮詰めたような、こんな思いをするのならば、人など愛さねば良かった──。ルーサンギーヌに残っていた『ルー』の感情は、このとき完全に消えてしまいました。
神の怒りに呑まれたルーサンギーヌは、プラム以外の『全て』を破壊しました。そうしてプラムを自身の屋敷に閉じ込め、永遠に幸せに暮らしましたとさ──
「めでたしめでた……くなーい!」
凄絶かつ投げやりな結末に思わず叫んでしまい、アーブルさんを驚かせてしまった。拗らせた愛情に『萌え』を感じることは大いに結構だが、今いる世界の出来事だとしたら全くもって大迷惑だ。
「世界の存亡に殿下が関わっていることにも驚きですが、まさかサヴァラン公爵が生まれ変わっているとは……やはり彼女は天才的な魔術師です。……しかし、どう行動をするのが最適か難しいですな。殿下とプラム嬢を会わせる前にルーサンギーヌ様に会わせるか……いいや、殿下がいなければルーサンギーヌ様への謁見すら叶わぬやもしれませぬ。」
「メタリアの王様から紹介されるようなので、それを阻止するのはどうでしょう?」
「……いえ、先程お話した通りメタリア国の信頼はまだ回復しておりません。イェイス王の機嫌を損ねるような行動は極力避けたいのです。」
「ヘンゼルさんにはどう話しましょう?この歴史書のラムさんを見せて、『この人を好きになってはいけません!』って伝えるか……」
「殿下は既に座学にてサヴァラン公爵の肖像画をご覧になっておられます。その際は特に何もなかったと覚えておりますが──殿下も魔術に長けた方。却って意識させてしまう懸念もございます。」
「ヘンゼルさんも魔術が得意なんですね。うーん……。」
うんうん唸ってはや数時間。とりあえず出した結論は『ヘンゼルさんにプラムさんの事を教えない』『プラムさんが何処に居るか私達だけで探す』『ヘンゼルさんより先にルーサンギーヌ様とプラムさんを会わせる』というざっくりしたものであった。
「しかし殿下の事を思うと心が痛みますな。出来れば好い人と結ばれて欲しかったものです。」
「うっ。言われてみればちょっと罪悪感……。」
「殿下が、他に好いと思える方を見つけてくださればそれが一番です……。」
「王様が婚約するんだったら、やっぱりどこかの令嬢?とかですか?」
「難しい話ですね……王族が失脚し貴族との境界が曖昧になった今、権威を取り戻せるような縁談があれば……いえ、殿下が良ければ誰でも良いのです。願わくば聡く、王を支え、浪費癖の無い人物であれば……」
願わくばが随分と多いような……確か前王妃が浪費家だったとか言っていたから、よっぽど堪えたんだろうな。
「さて、スミレ様。翻訳お疲れ様でございました。休憩がてらアフタヌーンティーでも如何ですか?」
「……是非とも!!」
母国語を読むという簡単な作業には見合わない報酬をありがたくいただきながら、『プラムさん捜索作戦』を立てるのであった──。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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