26:ドッグファイト・ティータイム②
本日のお茶会も中庭のガゼボで。ここでお茶会を開くのは三回目だ。一回目はルー様を招いた親睦を深めるためのお茶会。二回目はヘンゼルさんが用意してくれた、私のためのお茶会。そして今回、初めてご令嬢を呼んでお茶会を催すのだ。二人の仲を取り持つというミッション付きで。果たしてそう上手く行くだろうか。
ストレートで濃いブラウンの長い髪が美しい、マドレーヌ・ド・ショコラ公爵令嬢。プラチナの縦巻きロールが華美なフィナンシェ・ディ・ヴァニラ公爵令嬢。並んで見ると余計に対照的な二人だ。そしてどちらもスタイル抜群の美女である。
二人が顔を見合わせた瞬間、「まあ、こんなところに大きな埃が。はやく退けて下さいませ。」とヴァニラ公爵令嬢。対するショコラ公爵令嬢は「おやおや、イェイス殿下の毛ジラミが紛れてるようですね。虫よけの香を炊いてみてはどうでしょう?」……開始早々、バチバチにやりあっております。こういうとき話を逸らすのも主催の役目だ。
「そんな事よりお茶にしませんか?今日はお二人の名前にちなんだお菓子を用意しました。チョコレートを2種類使用したマドレーヌとバニラビーンズたっぷりのフィナンシェです。」
私の提案でやっと席に着く二人。互いが互いに向ける表情は鬼の形相だったが、私に向ける顔は仮面を被ったかのような笑顔だ。
「聖女様直々のお茶会に呼ばれるなんて光栄です。何故私と毛ジ……ヴァニラ公爵令嬢をお選びに?」
「まずは貴方達二人の事をよく知りたかったのです。公爵令嬢とあれば言わば令嬢たちの代表とも呼べる存在。どんな人物なのか、是非この目で見たかったのです。それとご存知かと思いますがポルボローネ伯爵令嬢は私の侍女です。今回は私のお友達として招待しました。」
私の言葉に合わせてシトロンが礼をする。だが、二人にとっては然程興味のない事らしく退屈な表情を浮かべている。
「このフィナンシェは如何でしょう。バニラの香りと焦がしバターのメイラードが絶妙でしっとり、でも重すぎない甘さでいくらでも食べてしまいそうです。此方のマドレーヌは、ミルクチョコレートで作られたマドレーヌの上半分にビターチョコレートをかけてあります。二種類のチョコレートが合わさった濃厚さと、マドレーヌ単体の軽い口当たりが楽しめて飽きの来ない美味しさですね!」
「まあ、本当。美味しいわ。お父様に教えたいくらい。」
「……。」
お父様……ってショコラ公爵に!?例のサロンの主催者だよね……ちょっと緊張しちゃう。ヴァニラ公爵令嬢の方は口に合わなかったのか何だか退屈そうで、庭園の花を見ている。と思えば、急に話題を変えてきた。
「聖女様はイェイス殿下についてどうお考えですか?」
「え!?どうと言われても……」
「私か、ほこ……ショコラ公爵令嬢のどちらがイェイス殿下に相応しいと思われます!?」
「え……でも、イェイス殿下は既にご結婚……されてますよね?何故争う必要があるんですか?」
「結婚、結婚ねえ……妃殿下とは『白い結婚』だと、専らの噂ですわ。時期に離縁されるとも……。」
「そ、そんな話、イェイス殿下からもグレーテル妃殿下からも聞いてません!」
「それは、公にはしたくない話ですもの……ね。」
ひどい!仮にも自国のお姫様だったのに、離縁されるのを願ってるの!?彼女たちは愛妾ではなく、あくまでも正妃の座を狙っているのか。グレーテルとイェイス殿下が白い結婚なのは、グレーテルがまだ幼いからであって、不仲とかそういうのでは無いのに。
「嗚呼、ヘンゼル殿下がもし私に打診してくだされば直ぐにでもイェイス殿下へ嫁ぎましたのに。」
「それはどうだか。」
妄想を語るヴァニラ公爵令嬢にショコラ公爵令嬢が牽制をかけた。
「覚えているかしら。イェイス殿下は2曲目に私と踊って下さいました。そして3曲目は聖女様と。貴方は……一体いつだったか。おやおや、もう格付けは済んでいるようですね?」
「何をっ……!踊っていた時間は私のほうが長かったですわ!」
「お二人共、どうか抑えて……」
「……貴方、言葉遣いがまるで平民のそれですわ。」
へ、平民だもん!私は元々!
「お言葉ですが。スミレ様は王族と同じ身分を持つ方。それ以上の侮辱は告発させていただきます。」
「……伯爵風情が。」
違う。こんなの、私の望んだお茶会じゃない。二人の喧嘩を延々と見せられて、シトロンは下に見られて。失敗した。準備が足りなかった。やっぱり、本を持っていない私にはこれが限界なの?
「……冗談じゃない。貴方達、まるで幼稚園の子供みたい!」
「幼稚……幼稚ですって!?」
「ポルボローネ伯爵令嬢が気品溢れる淑女でしたので、公爵家令嬢である貴方達には期待していましたのに……とんだ期待外れです!彼女の爪の垢を煎じて飲みなさい!」
「私が伯爵令嬢以下と……そう言ったのですか!?」
カッと顔を赤らめた二人の令嬢が、私に向かって紅茶をぶち撒けた。熱っ……くない?目を開けると、ぶち撒けられた紅茶が透明な壁を濡らしていた。なんだろう、この壁?
「何の騒ぎですか。」
中庭に現れたのは、魔術書を持ったヘンゼルさんだった。もしかしてこの壁は、ヘンゼルさんが……?護ってくれたんだ……。
「……飲み物を無駄にするなんて許せない!」
「ヘンゼル殿下!この聖女……様が、私の気品を伯爵令嬢以下と申したのです!あまりの侮辱に私……!」
「私達は幼稚だと仰られました。聖女様の発言は貴族への冒涜です!」
「そうか。」
いつも優しいヘンゼルさんの冷たい発声にぞわりと悪寒を覚えた。
「言いたいことはそれだけか?」
「へ、ヘンゼル殿下……?」
「聖女の位は王族と同等である。そなたら二人には王室侮辱罪が適用されるだろう。」
「そんな……も、申し訳ございません!ヘンゼル殿下!」
「どうか御慈悲を……」
「謝る相手が違うだろう!」
初めて耳にする、ヘンゼルさんの怒声。もしあれが自分に向けられていたら……と思うと、悪い意味で心臓がドクドクする。
「沙汰は追って説明する。今日のところは帰りたまえ。」
その後、ショコラ公爵令嬢とヴァニラ公爵令嬢の両名は、王室を侮辱した事に間違いは無いが程度は低いものとして、罰は自宅謹慎程度に留まった。……あまり罰を大きくしないで欲しいと、ヘンゼルさんに頼んでよかった。
◇◆◇
翌日。私はシトロンとお茶会の反省会をしていた。
「はあ、上手くいかなかったな。お菓子は美味しくて良いと思ったのに。」
「しかし私は……スミレ様のお言葉が嬉しかったです。」
「本当の事を言ったまでで。貴族ってもっと回りくどい言い回しをするんでしょう?私には無理かも……貴族の社会。」
「今はまだそうかもしれませんが、時代の流れを決めるのはいつも流行の中心にいる者です。これからはスミレ様の常識こそがこの国の常識になるかもしれませんね。」
「ど……どういう事?」
シトロンがなんだかむつかしい事を口にするものだから、少々混乱してしまう。考えを巡らせていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「スミレ、一緒にお茶でもどうかな?」
「こんにちは、ヘンゼルさん。是非!」
「では準備をして参ります。」
シトロンにお茶の準備をしてもらい、執務室でティータイムをすることになった。今日のお茶請けはパウンドケーキに生クリーム付き。
「美味しい!」
「スミレはシンプルなケーキも好きなんだね。」
「美味しければなんでも好きです!もちろん、ドライフルーツやチョコレートが入ってても大好きです!」
小麦粉とバター、卵に牛乳に砂糖が混ざっていれば美味しくならない訳が無いのだ。そんな私のケーキ論は置いておいて、昨日のことをヘンゼルさんに謝らないと。
「あの、ヘンゼルさん。昨日は何も役に立たず……むしろ令嬢と喧嘩してしまってごめんなさい。」
「いや……僕の方こそ……あの、シトロン嬢……もしかしてあの公爵令嬢の二人が仲違いしている理由って知ってた?」
「お言葉ですが……社交界では有名でございました。」
「はあ……最初に君に聞いておけば良かった……。そうしたらスミレと令嬢を会わせたりはしなかったのに。僕がスミレの力に頼りすぎなところがあって。彼女達より位の高い女性は今スミレぐらいしか居ないんだ。だから仲裁できるかもと思ったんだけれど……。」
「私には荷が重すぎました……。」
「そんな事無いよ。大体イェイス殿下のせいだから。ごめんね、スミレ……。」
イェイス殿下、お世話にもなってるけれど女性好きのせいで完全にトラブルメーカーだよ……。良いとこと悪いとこ足してどっこいどっこいだ。
「シトロンともやり直したいなー、お茶会。」
「今度は私の友人とやりましょう。スミレ様にご紹介したいです。」
「わーい!……あ、そうだ!ヘンゼルさん、私が紅茶をかけられそうになったとき、助けてくれました?」
私はあのときの透明な壁についてヘンゼルさんに訪ねた。
「ああ。実は中庭の近くからお茶会の様子を見ていてね。怒声が聴こえたから近づいたら、お茶をかけられそうになっていたから咄嗟にね。」
「やっぱり。ありがとうございました。」
まるで私を護ろうと張られた不思議な壁だったから、そうだろうと思ったんだよね。納得した私の横で、神妙な表情のシトロンが口を開いた。
「……あの。話の腰を折って申し訳ございませんが、ヘンゼル殿下は魔術書のどのページに何の術式が書いてあるか覚えているのですか?」
「うん。貰ったその日に徹夜で覚えたよ。楽しかったな。」
え?どういう事?貰ったその日に、全ページ暗記……?
「魔術というのは術式に魔力を送って反応させることで発動します。魔術書というのは術式が複数書いてあるので、発動したい魔術に正確に魔力を送る事は難しい……はずなのですが……」
「無読魔術……僕の数少ない取り柄かな。」
「それってとても凄いじゃないですか!」
「とても素晴らしい特技でいらっしゃいます……!」
「大したことないけど、スミレを護れたからそこは誇ってもいいかな?」
是非ともそこは誇っていただきたい。ヘンゼルさんと魔術書の相性が良いという事だったら私も嬉しい。
「そういえば、ショコラ公爵とヴァニラ公爵がスミレに謝罪したいと言っていたよ。どうする?登城させることも、追い返すこともできるけど。」
「……公爵ってすごく偉い人ですよね?追い返すなんてとんでもないです……。」
(まあスミレはその公爵より上の立場なんだけれど。)
「じゃあすぐに連絡をしよう。数日は予定を開けておいてもらえると助かるな。」
「はーい。」
ご令嬢の次はそのお父さんか……。少し不安を覚えるが、少なくとも紅茶をかけられることは無いだろう。そんな呑気な事を思ってた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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