25:ドッグファイト・ティータイム①
注文した魔術書を持って、私はヘクセン城のエントランスまで戻ってきていた。ルー様が私だけヘクセンに帰してくれたのだ。今すぐヘンゼルさんに会いたいが、お仕事中かもしれない。……魔術書、喜んでくれるかな。ヘンゼルさんのことだから手に余るなんてことは無いと思うけれど、考えれば考えるほど心配になる。
「スミレ様、おかえりなさいませ。」
こういうとき、シトロンは一番に傍に来てくれる。不安は彼女に吐露するのが一番早く解決する。
「ただいま。あのね、ヘンゼルさんにプレゼントを買ったの。だけど渡す勇気が無くて……。」
「まあ。スミレ様からの贈り物でしたら何でもお喜びになりますよ。でもそうですね……ティーブレイクを挟んできっかけをお作りしましょうか?」
「あ、ありがとう!お願い……。」
流石シトロン、仕事が早くて助かる。それに比べて私は情けない主人だな……。せめてお手伝いしたくて、シトロンと一緒にお茶を淹れた。彼女の動きを見ていると、無駄な動作が一つも無くて感銘を受ける。私もあのくらいテキパキとお茶を淹れたい。お茶と茶器類をワゴンに乗せて、執務室のドアを叩いた。
「殿下、スミレ様がお帰りになられました。一緒に休憩なされては如何ですか?」
「本当?そうさせてもらうよ。お帰り、スミレ。」
「ただいまです……。」
これからプレゼントを渡すとなると、ちょっと、いや、すごく、猛烈に緊張が押し寄せてきた。お腹の辺りがギュウギュウする。顔色が悪かったのか、「疲れてる?」と聞かれてしまったので「大丈夫です!」と必死に笑顔を作って答えた。
「あの……初めて稼いだお金で、ヘンゼルさんにプレゼントを買いました。いつも貰ってばかりだったから……受け取ってくれますか?」
「これを僕に……?装丁が豪華な本だね。どんな本だろう?」
表紙を開くと、魔文字で沢山のページが姿を表した。驚いたヘンゼルさんが次々とページを捲る。
「凄い……魔術式がこんなに……!量もそうだけど、術式の完成度も凄く高いよ!」
私は魔術式については何もわからないけれど、プラムさんの腕は知っている。記された術式一つ一つが精巧に組まれたものに違いない。私はプラムさんの受け売りで、彼女のこだわりポイントを説明した。ここの術式で本を防護しているだとか、金の箔押しがどうとか……ヘンゼルさんは「成る程!」だの「その手があったか!」だの、完全に理解っている側のリアクションをしてくれた。
「僕の得意な魔術と、相性の良い別属性の魔術、護りや治癒の魔術に、風の大魔術まで……。こんなお誂え向きな本、何処で手に入れたの?」
「実は、ヘンゼルさんに合った本を発注していました。若いけれど腕は確かな魔術職人さんです。ヘンゼルさんの瞳の色だけで、ここまで仕上げてくれたんですよ?」
「凄いな……是非ともうちの宮廷魔術師に欲しいくらいだ。」
やっぱり、ヘンゼルさんにとってプラムさんって理想の女性像かもしれない。……本当に、彼女がヘンゼルさんと会わなくて良かった。って、何考えてるんだろう私……最低だ。
「……スミレ、ありがとう!」
「わわっ……」
突然ヘンゼルさんが隣に座ったかと思えば、その腕に包まれる。ヘンゼルさんと、近い……やだ、シトロンに見られたら恥ずかし……って、シトロンがいない!いつの間にか私とヘンゼルさん二人だけになっていた。
「これ、僕のために用意してくれたんだろう?しかも、自分で稼いだお金で。それが凄く嬉しい。……だからそんな不安な顔をしなくても大丈夫だよ。」
「!……そんなに、顔に出てました?私が作ったものじゃないから、私自身がその本の価値を分かっていなくて。」
「これは欲しいと思っても手に入れることは難しいだろうね。ここまで僕に合わせた術式を構築できる人なんて探してもいるかどうか。でもさっき言ったように、君が僕のためにこれを用意してくれたこと自体が嬉しいんだ。」
そう言うとヘンゼルさんは私の肩を枕にするように寄り添った。それだけではなく、手まで握って私は身動きがとれなくなった。私は恥ずかしさを隠す事に精一杯なのに、ヘンゼルさんはなんでもない事のように涼しい顔をしている。沈黙すらも鼓動を早くする原動力となる、この状況を何とかしようと話題を振ってみた。
「私、もっとヘンゼルさんの役に立ちたいです!だから社交?としてお茶会を開こうかと考えているんです。」
「社交?君を社交界に晒したくは無いんだけど……。」
「え?」
「あ、いや、何でもない……。お茶会か。じゃあ一つ僕のお願いを聞いてくれる?『ショコラ公爵長女』と『ヴァニラ公爵長女』の二人を招待してほしいんだ。」
ショコラ公爵は最近聞いた事がある。あのグルマンディーズのサロンを開いている人だ。それ以外の情報は、パーティで一瞬顔合わせした程度で特に何かを知っている訳では無い。
「実は二人の令嬢は仲が悪くてね、仲を取り持って欲しい。」
「仲が……悪い?」
「うん。家同士はそうでもないんだけれど令嬢だけがね。何故対立をするのかそれだけでも分かれば……。勿論無理はしなくていいから!」
「わかりました!私がその謎を解き明かしてみせます!仲直り……ができるかは自信無いですが。」
でも色んな人とお茶会したいのは本当だ。招待状を書いて、食事を決めて……以前ルー様をお呼びしたお茶会を思い出してワクワクしてきた。……しかし、私の肩で休んでいる賢い鳥さんをどうするか、結局思いつくことはなくあるがまま受け入れた。
◇◆◇
しばらくして休憩を終えたヘンゼルさんは再び執務に取り掛かった。私は自室に戻り、お茶会の計画を立てることにした。
「それで、お茶会を開く事にしたのですね。」
「うん!二人の公爵令嬢の仲を取り持つ……難しそうだけどやってみる。でも何で不仲なんだろう?」
「スミレ様……実は、何故二人が不仲なのか社交界の間では有名なのです。」
「えー!何で!?」
「スミレ様はパーティでお会いしている筈です。……イェイス殿下の花として。」
花……って、あの両脇に侍らせてたご令嬢の事!?あー……何となく読めてしまった。知りたくなかった。
「つまりどっちがイェイス殿下の寵愛を受けられるか競り合ってるって事!?」
シトロンが黙って頷く。あの女たらしが国の混乱にまで繋がるなんて……呆れてものも言えなかった。大体イェイス殿下は結婚してるのに。愛妾でも良いということなのだろうか?あの手の人達が考えることはよくわからない。
「二人の仲を取り持つとなれば、他に人を呼ぶのは難しそうですね。」
「あ……。一人だけ、招待したい人がいるんだけれど……。」
「どなたですか?」
「これ、受け取ってくれるかな?」
シトロンに渡したのは、事前に書いておいたお茶会の招待状。だって一番最初に招待するのはシトロンが良かったんだもん。侍女としてではなく、伯爵令嬢として彼女に参加してほしかった。
「スミレ様……!」
「えへへ……」
「……尊っ…………!」
「?」
涙を堪えながら口元を隠してぷるぷると震えてしまった。大袈裟だと言うと「身に余る光栄です!」とハグされた。シトロンを招待したかったというのは本当だけど、公爵令嬢という身分の高い女性を二人相手にするのは一人じゃ心もとなかったからという理由も大きい。またマナーの講習を受けなきゃなあ。そんなこんなで準備を進め、お茶会の日当日を迎えた。




