23:城下町グルメマップ②
取材完了から翌日。一仕事終えた感が否めないが、まだまだやることは山積みだ。取材したことをまとめて記事にする作業……ここが一番大変そうだ。でも撮影した写真を見ていると、食べ物が運ばれてきたときのワクワクと実際に食べたときの幸福感が蘇ってくる。これを読者に伝えられるようにしたい。私は自室に籠もって執筆作業に取り掛かった。
写真を見ながら取材の事を思い出す。ここの定食屋さんは平民も使う大衆食堂のような雰囲気だった。お刺身定食で食べたマグロにハマチ、お味噌汁……久しぶりの和食に涙したっけな……。和食が恋しくなったらまた行こう。……このクレープ屋は超!がつくほど良かったなぁ。大人気のクレームブリュレクレープに、イートイン限定のクレープ・シュゼット……果物やクリームの質にも拘っていて、私のイチオシだ。イチオシといえばパン屋『魔女の家』もそうだ。クロワッサンとパン・オ・ショコラが私の激推しだけれど、グラタンパンやチーズパンといった惣菜パンもとても美味しかった。外にいた牛さんのバターの話も含めて、気合を入れて紹介しちゃおう。
あ、この写真は……『サロン・ド・テ ラヴィ』で食べたショコラオランジュ。こっちはメロンのタルトにキヴィ国産茶葉の紅茶。少し渋みのあるお茶が甘いメロンにピッタリだったな……。でもラヴィでの写真を見ると、どうしてもあの出来事を思い出してしまう……。そんなとき、自室のドアがノックされシトロンが入ってきた。
「スミレ様、お茶をお持ちしました。少し休憩いたしましょう。本日のお茶請けはマカロンでございます。」
「やったあ!」
お皿に盛られたのは色とりどりのマカロン。外側はザクっと、中はネチっとしたメレンゲの独特な食感。挟んであるのはガナッシュだったりバタークリームだったり。どれも大好き。そういえばラヴィでもマカロンのセットがあったなあ。……そうだ、シトロンなら知ってるかな?ジェノワーズ侯爵が言っていた例のサロンの事。
「シトロンに聞きたいことがあるの。知ってる?美食家達ってサロン……。」
「それはもしや……ショコラ公爵のサロンでは?」
「ショコラ公爵?」
「我が国の三大公爵家の一つです。社交界では珍しく代々受け継がれているサロンだそうで、規模も大きいのですよ。ただ最近あまり良い噂を聞かないのですが、何故スミレ様がその名を?」
「ジェノワーズ侯爵に会った時に誘われたの。」
その名を聞いたシトロンは少し訝しんだ。
「噂の元凶……と申しますか。定かでは無いのですが、彼のせいでサロン内では派閥が二分しているのです。過激派と呼ばれる派閥の筆頭だとか。」
過激派……ときましたか。確かにあの主張は度を越せば過激だ。
「関わらないようにします……。」
「それが懸命かと。侯爵自ら誘ったとあれば……きっとスミレ様が真に美食家であると、貴族の中でも有名になってきたのですね。」
「でも残念だな。美味しいものが好きな人達とお話できたら楽しそうだなって思ったのに。」
「スミレ様、お茶会という選択肢もありますよ。如何でしょう?今度は何処かのご令嬢をお招きしてみては。」
「楽しそう!社交とか政治の事はよく分からないけれど、ヘンゼルさんの為になることは出来るかな?」
「まぁ……。そのときは私も全力でサポートさせていただきます。」
とっても楽しみ。でも目下の目標はグルメマップを完成させることだ。あ、そうだ。シトロンにも見てもらって客観的な意見を聞かせてもらおう。
「シトロン!今作っている原稿、どうかな?」
「まあ、スミレ様は写真を撮るのがお上手なのです……ね……。スミレ様、残念なお知らせがございます。」
「え……何?」
「スミレ様の文字が、その……私には読めないのです。」
ああ!二回目!私の日本語はこの世界の人達は読めないんだった!そして私は、この世界の文字を読むことはできるが書くことはできない。
「ここは私に考えが。」
シトロンが小さく手を上げる。シトロンの案は、私が原稿を音読しそれをシトロンがヘクセン語に書き起こすというものだ。非効率ではあるけれど一番確実だ。
「ヘクセン語書けるように勉強しなきゃ……。」
「読めるのに書けないというのも難儀なものですね。」
「ちゃんとバイト代出すからねっ。」
「とんでもございません。スミレ様のお役に立てるのであればそれで十分でございます。」
本当に、シトロンには頭が上がらない。いつかシトロンのためになることもできたらいいな。
こうしてああではないこうではないと悩みに悩んで数週間。色々な……本当に色々な労力があったけれど……グルメマップの原稿が完成したのである!出版権を勝ち取った出版社の人曰く、「表紙の装丁など、専門的な事は我々にお任せ下さい!」との事だったのでお言葉に甘えてお任せした。そうして出来上がった完成品。……なんだが、なんというか、凄く、豪華。私はコンビニに売ってるような雑誌を想像していたのだけれど、でてきたものはハードカバーに金の箔押し。紙は分厚くて……永久保存版!って感じ。元がとれるのか心配だったけれど、問題無いとお墨付きをいただいたので、めでたく出版されたのであった。
◇◆◇
出版から数週間。ヘクセンのトレンドは城下町のグルメにあった!私のグルメマップは目出度く大ヒット!増刷決定!知らない人はモグリ!流石、持つべきものは聖女の肩書。素人の本がここまで広く知れ渡るとは。ヘンゼルさんは「スミレが頑張ったからだよ。」って言ってくれたけど、正直出版社の大々的な宣伝の効果が大きいと思う。何せ私の顔写真をおまけにまでしたのだから。いや、写真をおまけにするなんて聞いてませんー!恥ずかしすぎて最近外を歩けていない。でも専門的なあれこれを出版社に一任することを決めたのは私なので、私の責任……。枕に顔を埋めてじたばたしていると、自室の扉を叩く音とシトロンの声が聴こえた。どうやらヘンゼルさんが呼んでいるらしい。私は乱れた髪を整えて、執務室へと向かった。
「やあ。突然呼んでごめんね。」
「とんでもないです。どうかしましたか?」
「グルメマップの件で、まずは初版完売おめでとう。君の頑張りの成果を知ってくれたら喜ぶかなと思って、早速だけれど君に給料を払おうと思うんだ。」
お給料!その言葉につい顔がニヤけてしまった。横に控えていたアーブルさんが封筒を手渡してくれる。……なんだか、分厚いような。これ全部紙幣?
「スミレ様には本が発行された部数分印税が入ります。……初版でこれほどとは、我々も驚くばかりです。」
「20万デールか。……平民が1年は良い暮らしができるくらいの金額だね。」
平民が……1年……?私の脳内には宇宙が広がった。
「まだまだ発行されるって聞いてるから、継続的に収入があると思ってくれて良いよ。」
「わ、私、そんなに貰っちゃって良いんですか!?」
「良いも何も、スミレ様がご自身で稼いだ正規の金額ですよ。城下街に人が増えて経済効果まで上がってるのですから、逆に少ないくらいです。」
とはいったものの、一介の高校生が持って良い金額なんでしょうか。正直私の手に余る……が、これから高い買い物をするかもしれない。有り難く受け取っておこう。そうだ!シトロンに手伝ってもらった分私からお給料を払おう。ご令嬢のシトロンにとっては端金かもしれないけれど……。城下町の平均的な時給×手伝ってもらった時間分の金額をシトロンへ渡した。最初は「受け取れません」って拒否されてしまったけれど、初めてのお仕事だからバイト代もきちんと出したいと駄々をこねたらやっと受け取ってくれた。
そういえば、そろそろだろうか。プラムさんに頼んだ魔術書が出来上がるのは。私が初めて自分で稼いだお金で、ずっと支えてくれたヘンゼルさんへのプレゼントを買いたい。私は貰ってばかりだったから、ひとつじゃ足りないかもしれないけれど。それでも、貴方のためになることをしたい。貴方の喜ぶ顔が見たい。足は自然と王城のエントランスに向かっていた。そんな思いを知ってか知らずか、ルー様が転移魔術で現れた。
「聖女よ、プラムから言伝だ。『魔術書の用意が出来た』と。」
「ルー様。私を連れて行って下さい。再び、メタリカへ──。」
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