22:城下町グルメマップ①
「……これを私に?」
「ちょっと無骨かもしれないけれど……。」
お茶をしながら『城下町のレストランガイドを作りたい』と打ち明けてから数日後。ヘンゼルさんからポラロイドカメラとそれのケースを貰ってしまった。もしガイドを作るなら、料理を撮るカメラが必要だという話をしていた。この世界だとまだまだ現役らしいが、私から見たらレトロで可愛らしい。
「ヘンゼルさん、何から何までありがとうございます。」
「皆乗り気なんだ。君が本を執筆したいと出版関係の人達に相談したら、何処の出版社が担当するか権利を主張しあってるくらいだよ……。だから気にしないで。」
権利を主張?何だか事が大きくなってきた気がするけれど……よし、これを仕事だと思ってこれから頑張ろう!
「じゃあ、頑張ってね。」
「あっ!ちょっと待ってください!」
私はヘンゼルさんに向けてカメラを向けた。
「はい、チーズ!」
「チーズ?」
写真を撮るときの掛け声は通じなかった。フラッシュが部屋を明るくして、カメラから写真が出てきた。急な光で目をつぶっている慌てたヘンゼルさんの姿が写っている。
「えへへ、一番最初はヘンゼルさんを撮りたかったので。」
「もう……。間抜けな顔だなあ。」
「可愛いですよ!最初の一枚、宝物にします。」
ヘンゼルさんは目をつぶっていたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くして退出していった。さて、カメラも手に入れた事だし本格的にレストランガイド作りを始めよう。まずは城下町にどんなお店があるかリストアップしてみよう。ええと、ヘンゼルさんと行ったリストランテ!ここは外せない。名前は確か、『リストランテ・プラチナ』。湖が見渡せる素敵なお店。王城近くということもあって高級だけど、見た人が行った気分になれるような記事にしたい。メインコンテンツにしよう。
……そういえば私、そこ以外のお店に行ったことないな。急いでアーブルさんに城下町のマップを貰ってきて、飲食店を探す。精肉屋さんに八百屋さん……はちょっと違うな。わ、お洒落そうなカフェを見つけた。『サロン・ドゥ・テ ラヴィ』。レストランではないけれど……そうだ!レストランだけじゃちょっと勿体ない。どうせなら美味しいもの全部集めたグルメマップにしよう。
そうと決まればどんどん探そう。レストランが二軒に……パティスリー発見!イートインは出来るかな?そこも含めて取材しないと。南の方にはリーズナブルそうなカフェに定食屋さん……クレープの専門店に、酒場。そういえば丘の上にパン屋さんもあったなぁ。そこも絶対行きたい。こうしてみると城近くには貴族向けの高級なお店、住宅街には平民向けの親しみやすそうなお店とはっきり分かれている事に気がついた。エリア毎に分けて紹介しよう。
城下町にあるお店はこんなところかな?早速取材に行きたいけれど、一日で全部は難しそうだ。むしろちゃんとした取材をするのなら、一軒に一日かけるぐらいの方が良いかもしれない。それとアイルさんに教えてもらった、アポ……アポイントメント?取材NGなところもあるかもしれないからね。しっかり確認しておこう。
◇◆◇
あれから二週間とちょっと。街の木々が一斉に明るい緑になり、初夏を感じさせる街並みへと変化していた。取材は順調に進み、残すところあと二軒。高級カフェ『サロン・ド・テ ラヴィ』と丘の上のパン屋さん『魔女の家』。どちらとも今日訪問することをお店に伝えている。カメラよし、筆記用具よし、ボイスレコーダーよし。おめかしはいつもどおりシトロンにお任せして、準備完了!お花の装飾がついた麦わら帽子に、白いワンピース。ポラロイドカメラを首にかけたら、いざ取材へ出発!まずは『サロン・ド・テ ラヴィ』だ。しかし入店早々、思いがけない展開が私を待っていた。
「改めまして、ミエル・ジェノワーズです。パーティの折は楽しいひと時をありがとうございました。再びお目にかかれて光栄に存じます。」
「こ、こんにちは。まさか侯爵様直々に取材を受けてくださるとは思わなくて……パーティがあったことを考えると、とんぼ返りだったのではないですか?」
このお店を経営しているジェノワーズ侯爵が取材のために侯爵領から城下街まで直々に訪問してくれたのだ。
「いえいえ。私共の店の事を、経営者である私が語らずして誰が語れましょう。ただ少し語りすぎて、ページ数が増えてしまうかもしれませんね?」
これは、わざわざ足を運んだのだから紹介文を増やせということなのだろうか?それとも、単純に私のガイド作りを商機と考えてくれているのだろうか。私の不安をよそにクスクスと笑うジェノワーズ侯爵の長髪が、初夏の日差しを受けて金色に輝いている。
「早速ですが、一番人気のメニューを聞いてもよろしいですか?」
「はい。私共の店ではケーキとドリンクをセットでお出ししております。ケーキの内容は季節によって異なりますが、毎日欠かさず出しているスペシャリテがこのショコラオランジュです。」
チョコレートスポンジの土台にチョコレートムースとオレンジが乗せられた一見シンプルなプティガトーだ。まずは写真をパシャリ。
「断面も見せてもらって良いですか?」
「勿論。カットいたしますね。」
中央からナイフを入れると、中にはオレンジピールを混ぜたガナッシュが詰められていて、その断面の美しさに思わず見惚れてしまった。いけない、崩れる前に写真を撮らなきゃ。写真の出来を眺めていると、侯爵様からフォークを差し出された。
「テイスティングも如何でしょう?」
「……いただきます!……チョコレートとオレンジの組み合わせは王道だけれど、カカオの苦みとオレンジピールの香りのバランスが絶妙。ムースのふんわりとした口溶け、ガナッシュの滑らかさの中にアーモンドクランチのザクザクとした食感。異なるテクスチャが見事に調和している素晴らしいケーキです!」
言い終えた後に追加の一口。ちょっとお酒も入ってるかな?何だか胸がポワポワしてきた。
「ああ、やはり貴方様は……私の作るケーキを食べるに相応しい慧眼と味覚をお持ちだ。」
不穏な空気を醸し出した侯爵様が、私の手を握った。失礼かもしれないけれど、ぞわっと全身の毛が逆立つ悪寒を感じて手を振り払った。
「相応しい……というのは?」
「一流の料理は一流の舌を持った人間が食べるに相応しい、そう思うのです。その点貴方様は、一流の才能を持っていらっしゃる。」
何だろう。褒められているのに全く嬉しくない、もやもやした気分。少し言い返したくなって、勇気を振り絞って言葉に出した。
「私の考えは……ちょっと違います。美味しい料理をもっと色んな人に食べて欲しいです。大切な人と美味しいものを共有する過程も楽しみたいですから。」
「そうですか……それは残念です。ですが、私達美食家達は、何時でも貴方をお待ちしております。」
「グルマンディーズ……?」
「私の参加しているサロンです。その名の通り美食を追い求める者達が集っております。その気になったら何時でも私をお尋ね下さい。」
グルマンディーズというサロンは少し不気味な、だけど甘い香りで私を誘っていた。少し魅力的に見えた自分が卑しく思えてくる。
「さあ、気を取り直して。季節のケーキや契約茶園の紅茶も如何ですか?」
「あっ、い、いただきます!」
ケーキやお茶の味は嘘偽り無く最高に美味しかった。けれどこのお店の取材中は、喉に魚の小骨がつっかえたようなもやもやが取り切れなかった。私がグルメマップを作ってるのは、沢山の人に城下街のグルメを教えたかったからで……それを知ってて、侯爵様は私を排他的なサロンに誘った……?うーん。私の頭では、納得の行く答えを導き出せなかった。帰ったらヘンゼルさんやアーブルさんに相談してみようか。でも出版作業も手伝ってくれているのに、悩みのタネを増やすような真似はしたくないし。実害はないから大丈夫……だよね?全てのケーキを平らげた私は、目を輝かせたジェノワーズ侯爵様の視線を避けながらお店を後にした。
◇◆◇
最後の取材先はパン屋さん『魔女の家』。丘の上にあるから運動にもなって腹ごなしに丁度良いかも。さっきがちょっと引っかかる終わり方だったから有終の美を飾りたい。パン屋さんはその名の通り、物語の魔女の家のような怪しい雰囲気はあるが、窓から見える並べられたパン達と煙突から立ち上るパンの香りが陰鬱さを打ち消している。お店とちょっと離れたところには、鶏と牛が柵の中で飼われていた。可愛いから写真に撮っちゃおう。それにしても古くからありそうな建物だ。ずっとパン屋をやってきた家なのかな?これは期待できそう──
「あー。取材ね。適当にやっといて。あたしそういうのわかんないから。」
入店早々、適当にあしらわれてしまった……。パン屋の店主は平民のベリーさん。背が高くてボーイッシュな格好良い女性だ。一人で切り盛りしてるようで、魔女の格好はしていなかった。残念。
「お貴族様がこんな辺鄙なとこ、本当に来るなんて思わなかった。」
「……私、貴族じゃないので……。」
「ハア?アンタ聖女様とかいうすっごい偉い人なんだろ?」
「聖女になる前は一般市民だったので……実感が無いというか。」
「ふうん……変なの。」
サバサバとした人だが、私には分かる。実力は本物だと。ここのパンは絶対に美味しいと、パンを見たら分かるのだ。シャッターを押す手が止まらない。ついでによだれも止まらない。
「……なんか食べる?」
「はい!」
私を見かねたのか、ベリーさんに声をかけられて二つ返事で叫んだ。伝統的な食パンやカンパーニュ、子供向けのクリームパンやチョココロネ、ベーコンエッグを挟んだハンバーガーなんてのもある。でも私は、初めてのパン屋に来たら絶対に試すパンが決まっているのだ。
「クロワッサンをください。」
それを聞いたベリーさんがトングでクロワッサンを掴んで裏へ持っていき、しばらくするとバターの良い香りがお店を包んだ。リベイクされて戻ってきたクロワッサンは、外がカリッと香ばしく層の重なりが美しい一つの芸術品のような輝きを放っていた。ナイフを借りて中央の断面を見ると、数え切れないほどの断面が姿を表した。おもわず写真を何枚も撮り、冷めない内に口の中へ運ぶ。まるでキャラメリゼされたような表面の層と、ふんわりとバターが香る中の層。前にお城で食べたものも美味しかったが、それとはまた違う。こっちの方が軽い食感でバターの香りを最高に楽しめる。
「表に牛が居たでしょ?他のパンは仕入れたバターだけど、クロワッサンとパン・オ・ショコラだけは自家製の発酵バターを使っているの。」
「通りで強いバターの香りを感じた訳です。私、このクロワッサン大好きです!」
それから他のパンも撮影したが、どのパンもレベルが高かった。お店を見回していると、ふとベリーさんの手が目に入る。あのアイルさんのように指の先が金属になっている事に気がついた。
「1、2、3本……?」
「ああ、気がついた?『魔女の家』の理由。うちは代々、魔法でパンを捏ねているの。それで一人でも大量のパンを仕込むことができるわけ。でもそれもあたしの代で終わりかな。結婚する予定も無いし。」
「ええ!?そんな……こんなに美味しい、お城で食べたパンにも負けないパンなのに……。私このお店の良さを広めたいです。この代で終わらせるのを勿体なく思わせるくらい、遠くから来た人も訪れる有名店にしてみせます。だからそのときは、考え直してくださいね……?」
「……アンタ、良い娘だね。ありがとう。弟子でも養子でも、何でもやりようはあるから検討してみるよ。」
「ありがとうございます!」
嬉しくて自然と笑みがこぼれた。またひとつやりたいことが増えて、この世界にいて良いのかなって、少しは思えるようになってきた。さあ、私のやることは取材で終わりじゃない。本の構成案を考えつつ、お城への帰路に着いた。
なお、クロワッサンは10個程購入した。




