21:おかえり、聖女様
ルー様の転移魔術によって、私の家出、もとい城出はものの数時間で終わりを告げた。ヘクセン城のエントランスに乱暴に叩きつけられた私は、「ふべっ」と情けない声を出してちょっぴりの涙を流した。
「お帰りなさいませ、スミレ様。」
頭上から聴こえた声に顔をあげると、シトロンが手を差し伸べてくれていた。手を取って服の埃を払うと、シトロンが示す方にはヘンゼルさんが居た。ヘンゼルさんは何かを呟くと、こちらに向かって走り出した。お城を飛び出した手前、どうしても顔を合わせづらくて、思わず視線を逸らす。が、次の瞬間、どんという衝撃とそれを受け止めて締めつけるような感触を覚えた。それが抱擁だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「……本当は勝手に出ていった事、怒るつもりだったんだけど。君の顔を見たらその気も失せちゃった。」
「……ごめんなさい。」
どうして抱きしめてくれるんだろう。恥ずかしいや心地良いなどの色々混ざったふわふわした気分でその身を預けていた。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。二人が身を寄せ合っていた時間はほんの僅かだったけれど、もっとずっと長い時間そうしてたような不思議な感覚に陥った。ふとヘンゼルさんの手元を見ると、一枚の紙。それはもしや自分が書いた例の手紙だろうか。
「これ、この置き手紙。この文字なんだけど……僕たち、誰も読めなかったんだ。予言書の文字と同じように。」
「……ああっ!?」
「だから凄く心配した。君が二度と戻ってこなかったらどうしようって。実際、君は本を探しに旅に出たようなものだろう?」
黙って頷くことしかできなかった。本が見つかるまで戻らないって、そう思っていたのは事実だったから。今、私は怒られているのだろうか?それとも呆れられているのだろうか?ヘンゼルさんの表情からはそれを読み取る事ができなかった。考えを巡らせていると、一人のメイドさんが近寄って来て発言した。
「殿下、お茶のご用意ができました。」
「ありがとう。それじゃ、行こうか。」
お茶?ヘンゼルさんに手を引かれて向かった先は、あの日ルー様とお茶をした中庭のガゼボ。柵にバラがつたう美しい佇まいが私のお気に入りだ。
「わぁっ……!」
切り分けられたキッシュ・ロレーヌ。苺がたくさん乗せられたタルトレット。そして大好きな焼き立てのイングリッシュスコーン。私の愛するティータイムがそこに用意されていた。そこでヘンゼルさんが「コホン」と咳払いをした。
「僕は一応王様だから。大切な聖女様にアフタヌーンティーを毎日用意することだってできるんだよ?」
「これ全部、私のために……?」
「急いで用意させたから品数は少ないけれど、お気に召したかな?」
お気に召したどころではない。とびきり嬉しくて両手をあげて跳ね回りたいくらいだけれども、少しの後ろめたさがそれを躊躇させる。座っても良いかヘンゼルさんに目で伺うと、クスリと笑って席までエスコートしてくれた。席に座ったところでシトロンが紅茶を注いでくれて、二人のティータイムが始まった。
「これ、どれも大好きです。どうして分かったんですか?」
「そうだね。スコーンが好きなのは周知の事実として……タルトは苺のケーキを食べたいと言っていたし、旬の内にと思って。キッシュは、僕が好きな料理はなんだろうと思ったときに思い浮かんだんだ。君も好きなら嬉しいよ。」
「はい!好きな料理を共有できるのって素敵ですね。」
ヘンゼルさんは、前より食に興味を持ってくれている気がする。私が押し付けてないかそこだけが不安だけれど、今の笑顔を見ているとそこまで卑屈にならなくていいかなと思えてくる。そうして見つめていると、ヘンゼルさんが真面目な顔をして話しだした。
「ねえ。スミレさん。覚えてる?僕たち二人で一人の王様になろうって、君が言った事。なのに一人で背負って家出するなんて、話が違うじゃないか。」
確かに私が言い出した事だ。でもそれは原作小説というある種のチートアイテムがあったおかげで言えた事で、それの無い今の私にヘンゼルさんの隣に並ぶ程の力は無いに等しいと思った。だから私は家出という道を選んでしまった。
「今の私に……できることがあるとは思えません。」
「じゃあ、やりたい事は?」
「ええ?……城下町のレストラン巡り……。あっ!私メタリカでレストランガイドを買ったんです。私も作りたいな。」
「良いじゃない!やったらいい。全力でサポートするよ。」
そんな、二つ返事でOKしちゃって良いのかな……。でもバイトでも何でもしてお金を貯めたかったんだ。プラムさんにお金借りっぱなしだし。そうだ、ヘンゼルさんにプレゼントする魔術書のお金も貯めなきゃ。ガイド作りもちゃんとした仕事ってことになるのかな。そんな考えをよそに、ヘンゼルさんが改まった顔をして話を切り出した。
「ねえ、少し変な事を聞いていいかな?」
勿論、と答えたところでヘンゼルさんが黙ってしまった。少しの後、深呼吸をして出てきた言葉は。
「スミレさんって……その。ルー様に好意を抱いているのかな。」
「……?」
質問の意図が分からなかった。私がルー様を好き?どうしてそう思ったのだろう?どうして、そんな事を聞くのだろう……。
「君、最近ルー様とメタリカに行く事が多かっただろう。何か特別な理由があるのかなって……。」
「そ、それは……。」
プラムさんのこと、ついに話すときが来たのかもしれない。ルー様とプラムさんを先に会わせるという計画も成功したし、イェイス殿下から話せと言われた事だし。
「……前に予言のせいで言えない事があると言ったのを覚えていますか?そのことについてお話しします。予言では、ヘンゼルさんがとある女性と恋に落ちると……ルー様がこの世界を滅ぼしてしまうという事が書いてありました。」
「……やはり、ルー様が。」
「その女性というのが、メタリカにいるプラムさんという方なのです。」
「……え?スミレさんではないの?」
「え?私じゃないですよ?プラムさんは、えっと……実はラム・サヴァラン公爵の生まれ変わりで──」
「ちょ、ちょっと待って。サヴァラン公爵って王国建国時の貴族だよね?なんでそんな人が……とにかく、スミレさんじゃないんだね?」
「?はい。重ねて言いますが私ではないです。」
「……はぁっ、なんだ。そうだったんだ。……良かった。」
最後に呟いた言葉は聞き取れなかったが、何だか安心?してるようだ。
「……なるほど。なんとなく全容が見えてきたよ。君……と恐らくアーブルも、僕がそのプラム嬢を意識しないように画策していたわけだ。」
「そうです!予言通りにならないようにヘンゼルさんとプラムさんを意図的に遠ざけていました。同時に、ルー様とプラムさんを引き合わせるように動いていたんです。……ごめんなさい、もしかしたら将来好きになるかもしれない人だったのに。」
「それに関しては前も言った通り、期待していないから気にしないで。……待てよ。じゃあもう我慢する必要も無いんだ……。」
なんだろう。口に手を当てて何かを考えている。私はその間に苺のタルトを一口。タルト生地とカスタードに甘酸っぱい苺、天にも登る美味しさだ。
「美味しい?スミレ。」
「はい!とーっても美味しいです……ん?」
今、私のこと『スミレ』って呼び捨てで呼んだ?なんだかこそばゆい。なんだか……どきどきする。
「な、なんで……?」
「もう我慢しないって決めたから。」
「???」
私には何のことだかさっぱり分からなかった。でも……嬉しいかもしれない。そう呼ばれることも、頬杖をついたヘンゼルさんに見つめられるのも。
「サヴァラン公爵の事とか、聞きたい事は山程あるけれど。今はスミレとの時間を大切にしたいな。」
「わ……私も……ヘンゼルさんと、過ごしたいです。」
「じゃあ、改めて。おかえり、スミレ。」
「……ただいま、ヘンゼルさん。」
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