20:家出聖女A
ヘンゼルさん、アーブルさん、シトロン、その他大勢のお城のみなさん、ごめんなさい。すみれは家出をしました。お城だから城出かもしれない。とりあえず私は、最後に外で本を開いた場所……メタリカにあるプラムさんの工房を訪れていた。ちなみに、ルー様についてきた形なので当たり前だけどルー様もいます。ルー様は最近、角が取れて丸くなってきています。一人称が今まで『我』だったのが『俺』に変わってきているんですが、何ででしょう?あいも変わらずプラムさんに求婚しています。それはそれとして、ここに本を置いてっちゃったりしていないか彼女に聞くことにした。
「あの、プラムさん。つかぬことをお尋ねしますが、この鞄に入るくらいの……分厚い本を見た覚えはありますか?」
「本……ですか?ふむむ。本、本……。ああ、丁度ジャンク屋で見たような気がします。」
「ええ!本当に!?やだ、売れる前に確認しなきゃ!」
「聖女様っ!メタリカ硬貨持ってってください!」
確かにここのお金持ってなかった!お金を貰うのは流石に気が引けたが、「ルー様が色々くださるからそれの還元だと思ってくださいぃ……」と押し付けられてしまった。ルー様、今日も何かをプレゼントしたのだろう……。とりあえず借りるという事にしといて、とにかく今は本だ。もしこの辺りで落としてしまったとしたら、ジャンク屋に流されててもおかしくない……一目散にジャンク屋へと向かった。ジャンク屋はその名の通り、分かる人にしか価値の分からない部品や、自力で修理しなければ動かないジャンク品が雑多に並び、市場のように外に店を構えていた。掘り出し物目当てか、意外と足を止める客は多い。早急に聞かねば。
「あのっ……すみません、このくらいの厚さの本を見たって聞いたんですけど……。」
「本?本つっても色々あっかんなー。飛行バイク免許の教本だべ、一昨年のレストランガイド……」
「あっそれ欲しいです……でも探してるのは、もっと分厚い本なんです。」
「するってえとこれか?なーんにも書いちゃねえ分厚い手帳」
なるほど。たしかに大きさも厚さも同じくらいだが、中身は……真っ白。紙の色は茶色っぽいから真っ茶色?ページ数が多いというより、紙一枚一枚が普通のものより厚く、そのせいで本全体がこんなに分厚くなっている。とにかく目当てのものではなかったが、ここ数日で売れた本も無いとの事だったので原作小説が売られてしまったという事はなさそうだ。ホッと胸を撫で下ろすが、本の手がかりは振り出しに戻る。いざとなったら私が小説を書き直すか……となるとこの真っ茶色本が必要になるかもしれない。この分厚い本と、ついでにレストランガイドを買って店を後にした。
プラムさんの工房へ戻ると、プラムさんとルー様が和気あいあいとお喋りしていた。良い雰囲気なのを壊してしまうのは勿体ないな……。私はこっそり忍び足で工房の中へ入った。
「この魔術式の『拡散』と『魔力充填』を入れ替えるだけでこんなにも演算結果が変わるんです!前者だとこんなにも遅い攻撃魔術が、後者だとなんと毎秒20発も放つ事が可能なんです!その代わり魔力がすぐ無くなりますが……もしかしたらルー様なら持続して発動可能なのではないですか!?あぁ見たい、見たいですぅ!でも王都で攻撃魔術の実験なんかしたらイェイス殿下に叱られてしまいます……。」
……よくよく聞いてみると、お喋りしてるのはプラムさんの方だけだった。魔術に関するマシンガントークを、ルー様がうんうん頷いて聞いている。
「良い場所があるなら転移魔術で連れてやってもいい……。」
「本当ですかあ!?」
ルー様、それってデートですよ!多分。ここは二人の邪魔をしないよう退散するしか……再び忍び足で工房を出ようとしたそのとき、『ぐう~』と間抜けな音が響いた。とてもお恥ずかしい限りですが、私の腹の虫の音でございます。朝食も食べないで抜け出したから、お腹減っちゃったんだ~。
「あっ聖女様、お帰りなさいです!……お腹ぺこちゃんですか?」
「はっはい……ぺこちゃんでございます……。」
「プラム……駄目だ、その言い方は、可愛すぎる。いや、駄目じゃない。お前の思うがままに生きてほしい。」
プラムさんの独特な言い回しにルー様が被弾してしまった。口元を抑えて表情を隠すのに必死だ。ついこの間までの殺気やら威厳やらはどこに行ってしまったのか、すっかり骨抜きだ。
「それ、レストランガイドですか?古そうですが……。気になるお店があればご案内しますよう。」
「えっ!それは嬉しい……です、が。」
「……構わない。丁度、魔術実験の場所を探そうとしてたところだ。二人で行ってくると良い。」
魔術実験と聞いてプラムさんの目がキラキラ輝いている。どうやら良いタイミングのようなので、お言葉に甘えてごはん処を教えてもらおう。レストランガイドをぱらぱらとめくると、前に聞いた通り肉料理のお店が多い。ソーセージ10本定食のお店……「ここはもう潰れちゃいました。」豚の丸焼きコース料理!?「二人じゃとても食べ切れる量じゃないのです……。」立ち食いラーメン屋!……「ここはお昼時激混みなのです。」と次々に教えてくれる。
「ここはどうですか?焼き鳥屋さん」
「美味しそう!お肉がおっきい~!」
炭火でじっくり焼く本格的な焼き鳥屋さんだ。メイン層は夜にお酒を飲む人達だからお昼は穴場らしい。そこへ行くことに決め、ルー様と一旦別れる。焼き鳥屋さんはそこそこ人の入りがあるけれどすぐに入れた。さて、プラムさんと二人きりになるのは初めてだ。ルー様の事をどう思ってるのか、聞きたいことが山程ある。この機会に聞いてしまおう。
「ルー様はプラムさんの事が大好きみたいですが、プラムさんはどうですか……?」
「嫌じゃないですよ。とても優しくしてくれますし、私の魔術の話を飽きもせず聞いてくれる人は初めてです。ただ……」
「ただ……?」
「ずっと見つめられているのに私じゃない誰かを見ているような、そんな風に思うときがあります。」
「それは……」
気のせいだ、と言いかけて言うのをやめた。実際のところルー様はプラムさんではなくラム様の面影を探している、そんな気がしてならない。でもプラムさんとラム様の魂は一緒で……で魂って何~!?異界出身の私には理解の範疇を超えている。
「でも、ルー様がプラムさんを思う気持ちに偽りは無いと言うか……駄目だ、私には無責任な事しか言えない……。」
「無責任だなんて、そんなことないですよう。でも、えへへ……ちょっと恥ずかしいです。聖女様は好きな人、いないですか?」
「えっ!!!」
突然投げられた豪速球を受け止めきれず固まってしまう。好きな人……好きな人って要は……好きな人って事だよね……?
「にへへ、いそうですう。」
「いっ…………るかもしれないというか何と言うか……そ、それより聖女様なんて呼ばないで!すみれで良いですよ!」
「あっ。はぐらかされました。スミレさん、人に聞いて自分は言わないなんてずるいですよ~?」
うっ。良心に訴えられると堪えるなあ。
「わ、私……は……ヘンゼルさん……かな……。」
声が萎んでいくような呟きだったが、しっかりと耳に届いたようで「へえ~」とか「ふ~ん」とかニヤニヤしているのが見え……ああもう見ないで~!……って、成り行きでヘンゼルさんの事話しちゃったけど大丈夫かな……。
「王様と聖女様のカップルなんて王道じゃないですか~。」
「でも私はヘンゼルさんが得意な魔術について何も知らないし、大事な本を失くしちゃうし……最近ダメダメなんです。このままだと愛想を尽かされちゃいます。」
「魔術!?魔術の事ならこのプラムにお任せあれです!ヘンゼル殿下の瞳はエメラルドグリーンなので……ああ、魔力には色があってその色で適した術を見極められるんですよ。瞳は魔力の影響を受けやすいので魔力の色が色濃く出ます。それで、緑色は癒やしや護り、風属性が強い傾向があります。風属性の加護を受ける魔道具なんかプレゼントしてみては如何でしょう!これで殿下のハートを射抜くのです!」
……大丈夫どころか、ヘンゼルさんとの仲を応援されてしまったぞ。にしても魔術の話をするプラムさんは凄く生き生きしてるなぁ。
「……おや?その本、ジャンク屋で買ったやつですか?」
プラムさんが指差したのは、先程購入した古めかしい分厚い本。よく見えるよう差し出すと、眼鏡をくいっとあげて食いるように見つめる。
「ちょっと見せてくださいね……!やっぱり、これページがパーチメントでできてます!」
「パーチー?」
「パーチメント…要は羊皮紙ですね。魔術の媒体に最も適した紙です。これを使って魔術書を作ったらきっとすごいだろうなあ……。こんなのよく見つけましたね、掘り出し物ですよ!」
どうやら私が小説用にと購入した本が良いものだったらしい。といっても私は魔術に関して全くのド素人なので、その良さはピンとこない。
「魔術書ってなんです?」
「魔術書!言わば持ち運び式魔術倉庫です!ページに魔術式を書いておけば、あとは魔力を注ぐだけで発動出来ちゃう大変便利な優れものです!……しかし媒体としての紙をいい加減に選ぶととすぐに崩れて使い物にならなくなります。その点、羊皮紙は高度な魔術にも耐える適性があるので、よく転移魔術スクロールなんかに使われますね。でもこんなふうに本になっているのは初めて見ました……。」
「へえ〜……私には無用の長物だなあ。プラムさんにあげちゃう。元々プラムさんのお金で買ったものだし。」
「ええー!良いのですか!?ああでも……そうだなあ……スミレさん、私に依頼してみませんか?」
「依頼?」
「私のお仕事は媒体に魔術式を書いて使えるようにする事です。この本を実験用にするには勿体無いので、誰かが使う事を想定して作りたいなって思いました。私がヘンゼル殿下にピッタリの魔術書をお作りしますので、スミレさんがそれをプレゼントー!二人はラブラブ〜てな訳です。」
「らぶら……!?」
「ラブラブは言い過ぎかもしれませんが、王様への献上品としては申し分ないです。さあ、如何ですか?」
凄く魅力的な誘いだ。もしかしたらヘンゼルさんの為になるかもしれない。……懸念は、ヘンゼルさんとプラムさんに接点ができてしまう事だ。でも、これで喜んでくれるのなら、何より嬉しいな……。あと、プラムさんの目の輝きがすごい。やりたいオーラがひしひしと伝わってくる。
「じゃ、じゃあお願いしちゃおう……かな?」
「やったー!ありがとうございますう!」
この場合お礼を言うのは私の方ではなかろうか?そう考えている間にでか焼き鳥が届いた。外は炭火の遠赤外線でカリッカリ、中は蒸されてジューシー!肉厚だけれどちゃんと中まで火が通った瞬間に焼き上げて、塩味もタレ味もどちらとも甲乙つけがたい。イェイス殿下は無骨だって言ってたけれど、こういうシンプルな料理も極めれば美味しいよねっ!
こうしてお昼を一緒に過ごした私達は工房へ帰る事にした。しかし、そこで待っていたのはルー様と……
「お・そ・い!」
腕を組んで逆さまの状態で宙に浮いてるイェイス殿下だった。何故そんなポーズを?
「待ちくたびれて空でも飛んでなきゃ退屈だっつの」
「どうしてイェイス殿下が?」
「どうしたもこうしたも、向こうの王様がお怒りだからはよ帰れ!」
そう言って渡されたのは、ヘンゼルさんからのお手紙。『すぐにルーサンギーヌ様とスミレを呼び戻して欲しい。すぐに。今すぐに。早急に。』……あのヘンゼルさんがこんな走り書きを!?
「うわーん、もう家出がバレたぁ」
「何をしてんだか……とりあえずルーサンギーヌ様と一緒に帰ってくれ。」
「いや、俺は帰らない。プラムといる。聖女、大方お前だけ返せば良いんだろう。」
「そんなぁ、家出中なのに……。」
私の微かな抵抗をガン無視して、ルー様が転移魔術を構築する。
「ルー様の魔術構築、いつ見ても鮮やかですぅ!」
「……。愛してる。」
「何?今の会話?」
イェイス殿下のツッコミまでもスルーして、ルー様が転移魔術を発動させた。
「ルー様のいけずーーっ!」
こうして私の家出?は僅か数時間で終了した。




