16:英雄(仮)のパーティ②
ずっと蓋をして、見ないようにしていた自分の気持ち。ヘンゼルさんが好き。心は何処か上の空で、音楽は聴こえているけど頭に入ってこない。それでも体はヘンゼルさんのリードで自然に動く。一国の王様に恋をするなんてどうかしてる。相手は王族で、私は平民ですらない異界の高校生。恋に落ちた瞬間に、この恋が実らない事を悟った……のに、ヘンゼルさんの熱っぽい視線が、私に一縷の望みを残している。考えを巡らせている内に1曲目が終わったが、何だか周りの視線がこちらに集中している。皆が注目していたって事?恥ずかしさですぐにでもこの場から逃げたくなった……その時、会場の入口からどよめきの声が上がった。何だろう?ヘンゼルさんと確認しにいくと、そこにはルー様の姿があった。
「ルー様!」
「ルー……様、ご足労いただき感謝いたします。」
「うむ。時に王よ。既にダンスは始まっているか?」
「はい。私は先程聖女と踊り終えたところです。」
「ならば、少し聖女を借りるぞ。神と踊るという誉を汝に与えよう。」
「はい、喜んで。」
ヘンゼルさんが不安そうな表情を見せるが、ルー様に恥をかかせてはいけない。そう目配せしてルー様の手を取る。大丈夫です、ヘンゼルさん。私は貴方のお陰で今、無敵の乙女なんですから。
「私ダンスは下手なんです。足を踏んでも許してもらえますか?」
「ならば、こうしようではないか。」
ルー様はかなり体格が良く身長も高い。身長差がありすぎて不自然だったが、突然私の体が宙に浮いた。いや、足場が迫り上がったというべきか。
「魔法!」
「これならば足を踏む心配も無い」
ルー様の作った魔法の足場のおかげで、目線がぴったり合った。こうして2曲目が始まり、私達はダンスを始めた。
「今日はアイルさんは一緒じゃないんですね?」
「彼奴は意味無く人の多い所には出ない。夜会など以ての外だ。さて、聖女よ。何の用もなく誘ったわけではないと分かっておるな?」
「はい、ルー様。プラムさんを探すためのお話ですね?」
「左様。」
「その事なんですが……ルー様、私もメタリカへ連れて行ってください。」
「汝をか?」
「はい。その……ルー様を疑う訳ではないんですが、なるべくプラムさんと円滑に仲良くなるために。」
「それは……願ったりだな。」
「あ!それと、イェイス殿下がプラムさんの居場所を知っている可能性が高いです。」
「……ふむ。」
ルー様が考え込むと、魔力を操作して私の体をクルクル回しだした。
「きゃー!」
「あの雲のように掴みどころのない人間か。交渉の余地はあるだろうか。」
「止めてくださーい!」
ついには手まで離して考えに耽るルー様。私の目は回り続けています。やっと魔力の流れが止まると、私は宙に浮いたまま倒れ込んだ。
「聖女よ。仲介役を頼めるか?」
「は、はへ……」
「では我は何か飯でも戴こうか」
そう言って食事に出かけた。目の回る私を置いて。神様はお腹空かないんじゃないんですか……でもお城のお料理は美味しいから、食べたいと思ってもおかしくはない。
「スミレ様!大丈夫でございますか!?」
「ほへ?……シトロン!わぁ……綺麗……」
まだ目が回っている私を案じて駆けつけてくれたのはシトロンだった。今日は私の侍女ではなく、ポルボローネ伯爵家ご令嬢としてパーティに出席していたのだ。姿勢良くドレスも着こなして、まさに完璧な令嬢の姿だ。
「こんなに綺麗なら引く手数多だろうなぁ……」
「いえ、今の私はスミレ様一筋ですので。」
「ええーっ勿体ないよ。好きな人とかいないの?」
「それは……秘密です」
口元に人差し指を当てていたずらっぽく言うシトロン。こ、こんな顔されて落ちない男性いる!?駄目だ、これは私が護らないと……。
「おっ。可愛い子ちゃん発見。」
そう、こんな輩から……女たらしのイェイス殿下から……。ニアミスですよルー様っ!そんな殿下に対して深くお辞儀をするシトロン。そりゃあ隣国の王様だから当たり前だけど、駄目っ!殿下の毒牙にかかるのはっ!
「今宵俺と踊りませんか……?」
「駄目です!シトロンは清廉潔白淑女の鏡なんですから、親衛隊には入れません!」
「じゃあ君と踊ろう。はい決まり」
えっ?と言う声が出る前に腕を掴まれダンスの体制にさせられた。な、なんでイェイス殿下と私が踊ることに!?でもここで断って怒らせても困るし……ええい、国のために頑張ると思え、私!無敵の乙女!
「なんだ、意外と素直じゃないか。」
「殿下こそ、何で私なんかと?」
「いやあ、知りたいことがあったからね。昼のパレードでのスピーチ、聞いてたよ。」
「そうだったんですか?」
「うん、普通でつまらなかった。俺は記者会見のときの見事な演説っぷりを期待してたんだけど。なあ、君の背後に居るのは一体誰なんだ?」
背筋がぞくりとした。この人は私の演説を2回聞いただけで、記者会見の台本を書いた別人がいると確信している!
「いやーどうもね、あの記者会見から思い描いてた人物像と一致しないんだよね。君。」
「……何のことでしょう?」
多分これ、教えちゃ駄目なやつだ。曲の盛り上がりに合わせてイェイス様の振りが大きくなり、私の腰を寄せてポーズを取る。か、顔が近い……。今の私は蛇に睨まれた蛙状態、恥ずかしさよりも恐ろしさが勝っている。た、助けて──
「そのくらいで勘弁してもらえますか?イェイス殿下。」
「……ヘンゼルさん!」
殿下の手が緩んだ瞬間、逃げるようにヘンゼルさんの後ろに隠れた。
「ワオ、水をさされちゃったね。やっぱり君は変わったよ、俺のダンスを止めるなんてさ。どうしちゃったの?」
「聖女を守るのは僕の使命であり本懐だからです。」
「ふ~ん、本懐ねえ。」
「……メタリカの王よ。探していたぞ。」
そこに現れたのは先程ご飯を取りに行ったルー様。お皿の上に魚のパイ包みが乗っている。美味しそう。それを一瞬で平らげてお皿を下げる。なんという早業。しかも綺麗にこなしてみせた。
「これはこれは、ヘクセンの神ルーサンギーヌ様。何時ぞやのご恩は決して忘れませぬ。どうですか?メタリカへ鞍替えしてみては」
「……その気は無いと、いつも言っているだろう。そんな事より聞きたい事がある。『プラム』という女性を知っているか?」
「!プラムを、何故ルーサンギーヌ様が?」
「プラム……?」
しまった!この場にはヘンゼルさんも居る。どう誤魔化そう?
「ヘンゼルさん、私お腹が空きました……。」
「あっ、気が付かなくてごめんね?何か取ってきてあげる。」
「ありがとうございます!」
ヘンゼルさん、ごめんなさい……心の中で謝る。プラムさんの事は、貴方に知られてはいけないんです。
「その女性にどうしても確認したい事があるのだ。」
「プラムは平民の女性です。ルーサンギーヌ様に会わせられるような者では……」
「私が。会いたいと言っている。」
ヒリつく空気。ルー様だけじゃない。イェイス殿下も出したくない情報がある……?
「条件があります。」
「……申せ。」
「先日の記者会見、裏がありますね?もしご存知でしたら教えていただきたい。」
記者会見……って、さっきも言っていた事じゃない!そんな、裏を知ってどうしようというの?まさか、ヘクセンの印象を悪くするつもりじゃ……!
「なんだ、そんな事か。聖女に指示書を出した。その指示書の差出人は我だ。それで?神と王が共謀して世論を操作したと吹聴するか?」
「ワオ、貴方でしたか。もし切れ者がいたなら話をしたいと思っていただけです!……当てが外れたな。」
……確かに、嘘は言っていない。差出人はルー様だった。ルー様が牽制してくれたおかげか、イェイス殿下がこれ以上食い下がる事はなかった。
「……して、我は答えたぞ。汝は喋る気は無いか?」
「ああ失礼しました。プラムは王都の外れでエンジニアをしています。魔術が得意で、機械に刻印する魔術式を構築してるんです。王都では有名人ですから、すぐ会えると思いますよ?」
「王都か。感謝する。明日にでも向かおう。」
「そうですか明日に……明日!?ちょっと待て……じゃない、お待ち下さい!神様がいらっしゃるのに何ももてなせないのは国家の恥です、どうか少しお待ちを……」
「ならぬ!只でさえ待たされているのだ。それに公の訪問ではない。もてなしなぞいらぬ。」
待たせてるのは私のせいです、ごめんなさい……。でも焦っているイェイス殿下を見て少し良い気分になったのは内緒だ。
「聖女よ。明朝迎えに参る。今日のところは失礼する。」
「は、はい。お気をつけて……。」
「あれ?ルー様帰っちゃったの?」
「ヘンゼルさん!ご飯取りに行かせちゃってごめんなさい。」
「いいよ、それにほとんど給仕係に任せてたから。はい、どうぞ。デザートも持ってきたよ。」
わぁい!さっきのパイ包みに、ローストビーフ!デザートはマカロンとクロカンブッシュ。もちろん全部美味しく平らげました。それから、私達は各領主達に挨拶周りをしてなんとかパーティを終えた。イェイス殿下含む遠くからの来賓は王城に滞在するらしいので、客室へと案内される。先程まで騒がしかった会場は今はお片付けしている使用人さん達しかいない。パーティの余韻を楽しむように、その様子を階段上から覗いていた。
「見つけた。探してたんだ。」
「ヘンゼルさん!どうしました?」
「今日のパレードとパーティを記念して、君にプレゼントがあるんだ。」
プレゼント……?ドレスもお菓子もたくさん貰っているのに、これ以上何をくれるというのだろう。
「これは……錠付きの肩掛け鞄?あっ!」
鞄を開くと、中に『血塗られた狼と贄の羊』がぴったりと収まっていた。本を入れる鞄なんて、すごくお洒落!それにこれがあれば書斎の外でも本が読める。
「錠は書斎の鍵で開閉できるよ。持ち歩くときは気をつけてね。」
「わぁ!ありがとうございます!これでルー様とのメタリカ旅行でも本が読めます!」
「え?」
「あれ?」
言ってなかったっけ?……言っていない。プラムさんの事を隠すのに集中して、私がルー様とメタリカに行くことをヘンゼルさんに言っていなかった!
「君……ルー様とメタリカに……旅行?」
「あっ!これは……予言に関わる大事なことで……」
「いつから……?」
「……明日の、朝から」
「……そういった大事なことはすぐに知らせてくれないと。」
そう言ってはあ、と大きなため息をついた。呆れられてしまった……。そんなヘンゼルさんが一歩、また一歩、私に近づいて耳元で囁く。
「ルー様だから許すけど、他の男とだったら絶対に許さないから。」
え?それってどういう意味?私の顔が赤くなったのを見て、満足そうに微笑んだ。
「明日早いんだろう?もうおやすみ。それと、はやく帰ってきてね。」
「はい……善処します……。」
ドキドキしてる私を置いて、自室へと戻っていく。
……ヘンゼルさんは、いつもずるい。耳がこそばゆいよ。




