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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
16/39

15:英雄(仮)のパーティ①

「栄光ある我が国の君主、国王殿下ならびに救国の聖女のご入場であります!」

「さあ、行こうか。」

「はい。」


 ドアの向こうは、おとぎ話で見たお城のパーティそのものだった。私達が登場したのは階段上、会場全体を一望できる場所だ。来賓している人達は皆高貴な雰囲気を醸し出し、場馴れしている感もあった。使用人さん達はお酒やジュースを配っており、テーブルには様々な料理が……料理が!一人でテンションを上げる私を背に、ヘンゼルさんが挨拶を始めた。


「皆の者、遠路遥々ご苦労であった。早いもので、あの悲劇からもう5年の月日が経った。戦争で出た被害に労をとった者もいるだろう。新しく領主になり悪習を改革した者もいるだろう。今までよくぞ耐えてくれた。前王が愚行を起こしたにも関わらず、王家を信頼してくれた事を心より感謝する。救国の聖女が顕現した今こそ、復興のとき!王国の未来を祝して、今日は大いに楽しんでくれたまえ!」


 会場が大きな拍手に包まれる。いつものヘンゼルさんとはまた違った、威厳のある姿に私も思わず拍手をする。挨拶を終えたヘンゼルさんがこちらへ近づいてきた。


「……ふう。この後皆に君を紹介するから連れ回す事になる。今のうちに腹ごしらえをしておいて。……誰か、スミレさんに食事と飲み物を!」


 待ってました!今日のパーティは立食のビュッフェスタイルだが、私達には椅子が用意されているので食べ物を持ってきてもらうことになった。


「スミレ様、お飲み物は如何いたしますか?ノンアルコールのファジー・ネーブルにシードル、フレッシュジュースでしたらお好きな果物でお作りいたします。」

「ではまずはファジー・ネーブルでお願いします。」

「承知いたしました。」


 カクテルグラスに入ったファジー・ネーブルを舐めるように飲むと、オレンジの鮮やかな酸味が広がり、続いて強烈な桃の甘さが舌に残る。まるで果実をそのまま搾ったような、贅沢な味だ。甘いものが飲みたかったから、あえて風味の強い飲み物にしたけれど正解だった。


「スミレ様、お食事をお持ちしました。」


 やった!お皿に載せられていたのはパンチェッタ、野菜や肉が沢山使われたテリーヌ、小分けにされた魚のパイ包みだ。まずはパンチェッタを一口。口に含んだ瞬間の塩味と噛むほどに染み出る甘さ。油が溶けていくような感触と熟成された香りが実に心地よい。テリーヌは肉の力強い旨味とクリーミーな口当たりが同居しており、舌の上でほどけるたびに肉本来の風味が広がる。食べ応えがありながら洗練された旨味がたまらない。魚のパイ包み、魚は定番のスズキだろうか。外はサクッ、中はふわっと。パイのバターの香りが魚の甘みを引き立てていて、香ばしい生地の軽さと、蒸された魚のしっとり優しい旨味が舌の上で溶け合う。


「私はこのパイ包みがとても気に入りました!」

「料理長にお伝えしておきますね。もう少しお持ちしましょうか?」

「まずは全制覇したいわ!」


 そんな個人的目標を伝えたところで、ヘンゼルさんが早足でやってきた。


「ごめんスミレさん。一緒に来てくれるかな?……実はイェイス殿下が来ている。先に挨拶に行きたいんだ。」


 イェイス殿下……って、メタリカ国の王様の!?お預けを食らってしょぼんとするけれど、自分の責務はきちんと果たさなきゃ。背筋はまっすぐ、笑顔で……シトロンのような立ち振舞を思い出して、おすまししてみる。……が、階段を下りきった次の瞬間、淑女モードは呆気なく崩壊する。


「ヘンゼル殿下っ!」

「……えっ!?」


 長い紺色の髪をたなびかせ、ヘンゼルさんに突っ込む、いや、抱きついてきた、一人の女性。ぽかんとする私。何が起こったのか、処理のできない脳みそ。確かな事は、胸がざわついて嫌な気分になっていることだ。


「ぐ、グレーテル妃殿下!いきなり危ないじゃないか!」

「いやだわお兄様。昔のようにグレーテルとお呼びになって?」

「いや、君から余所余所しく呼んだんだからね?」


 ……グレーテル?それって、ヘンゼルさんの妹さん、メタリカ王妃殿下の事!?なんだ妹さんか……ホッと胸をなでおろす。……なんで、安心してるんだろう?


「おやぁ~グレーテル。俺以外の男とハグだなんてちょーっと寂しいんじゃないの?」


 グレーテルさんが居るということは。必然、その人も居るということだ。私は写真や肖像画すら見たことが無いから完全に初めましてだ。金髪に大きなサファイアブルーの瞳。イェイス・デ・メタリカ……メタリカ王国の国王殿下!


「……殿下にだけは言われたくないですわっ」


 ぷいとそっぽを向くグレーテル妃殿下。そのイェイス国王だが、綺麗な令嬢を既に二人も侍らせている……上に、我も我もと他の令嬢たちの熱っぽい目線を集めている。この人……結婚しているんだよね?


「一夜の過ちは何度あっても許されるのさ……俺だけは。」

「最低ですわっ!」

「えっ、えっ……どういう事……?」

「……スミレさん、イェイス王は稀代の女性好きで有名なんだ。」


 そう呆れながらそっと耳打ちするヘンゼルさん。そんな。確かに、最低……ですわ。


「そんな事よりお兄様!噂の聖女様を紹介なさって!」

「うん、そうしよう。こちらが異界のニホンという国から来たスミレさん。美味しいものが大好きなんだよ。」

「あっ、そんな恥ずかしい……は、初めまして……グレーテル妃殿下。スミレです。」

「ウフフ、存じておりますわ。お兄様の手紙にいつも──」

「コホン!!」


 大きめな咳払いをするヘンゼルさん。喉の調子が悪いのかな?


「楽しみですわ。そのときは是非お義姉様(ねえさま)と呼ばせてくださいまし。」

「そのとき?」

「グレーテルッ!」


 ヘンゼルさんがグレーテル妃殿下の背を押して隅の方に追いやる。二人だけで積もる話もあるのだろう。多分。


「……何を勘違いしているか知らないけれど、僕とスミレはそういう関係では無いから」

「あら、お兄様。スミレ様がいらっしゃらないときは敬称も無くお呼びになりますのね?」

「ああ~もう……」

「まあ大変!イェイス殿下がスミレ様の肩に手を!」

「何っ!?」


 向こうにいるヘンゼルさんが私の方を凝視した。よくわからないが、手を降っておこう。ひらひら。


「グレーテル……」

「可愛らしいお方ですのね。お兄様が好きになるのも無理ないですわ。」

「はあ……もう分かったから。お願いだから周りに吹聴するのだけはやめてね。特にスミレ……さん。」

「オホホですわ~。」

「そんなことより!お前は大丈夫なのかグレーテル。あんな……女たらしのところへ嫁いで……。」

「殿下は『子どもには興味無い』と仰るのですわ。まあそれなら、と(わたくし)も好き勝手させてもらってますの。ご心配なく。」

「す、好き勝手……!?まさか……」

「勘違いしないでくださいまし!ロマンス小説を、各国から取り寄せていただいておりますの。お陰で3ヶ国語は独学でマスターいたしましたわ。それよりも、レディをあまり待たせるものではないですわ。はやく聖女様の元へお帰り下さい。」

「む……そうするよ。」


 ──ヘンゼル殿下へ、早くお戻り下さい。イェイス殿下が令嬢たちを触る手つきがなんだかやらし……色っぽくて、私ものすごく居づらいです──。


「おーいそこの。お酒頂戴。3人分ね。はあ~ヘクセンは美味いものが多くて羨ましいぜ。」

「メタリカにはないんですか?おいしいもの」

「あるっちゃあるが無骨だな。こんな洒落たもんはねぇし、魚はクソ不味い。泥臭いんだ。」

「……魚が食べられないのは可哀想です……。」

「……魚如きでこんな可哀想な目を向けられたのは初めてだな。そんな事より聖女様もどうだい、こっちに来て楽しもうぜ。」


 突然手を掴まれたかと思えば、引き寄せられていく。ええ?私もあの『イェイス親衛隊』みたいな集まりの一部になっちゃうの?それはちょっと困る──


「おやめ下さい、イェイス殿下。」


 私を引っ張る腕を掴み、制したのはヘンゼルさん。た、助かったの……?


「ワオ。」

「お離しください……聖女に無体を働くのは見過ごせません。」

「ヘンゼル殿下……ちょっと変わったな。理由は聖女様?」

「お戯れを。」

「まあいいや。後で踊ろうぜ、聖女様~。」


 手をひらひらと振ってこの場を後にするイェイス殿下。流石にダンスは断れないかもしれないけれど、あの親衛隊の仲間入りしなかったのは正直ホッとした。助けてくれたヘンゼルさんの方を見ると、少し怒っているような、険しい表情をしていた。


「あの、ヘンゼルさん、ありがとうございました。」

「あ、ああ……。そういえばそろそろダンスの時間か。指示してくるよ。グレーテル!スミレさんを頼む。」

「警備係という事ですわね、全うしますわ。いってらしゃいまし。」


 警備されるほど不甲斐ないのかな、私。まあ、つい先程イェイス殿下に手籠めにされかけたからしょうがないか……。そんな事を考えていたら、突然グレーテル妃殿下が話しかけて来た。


「スミレ様っ!私スミレ様にずっとお会いしてみたかったのです!」

「えっ……ええ?」

「スミレ様は、お兄様の事をどう思っていらっしゃるの?」

「どっ、どうって……ええ!?」


 これってもしかしなくても『恋バナ』という奴なのでは!?しかもヘンゼルさんの事……?『恋愛対象』として意識してしまうと、正直胸がざわざわし始めて顔が熱くなる。


「まあ、まあ、そうなのですねスミレ様……!」

「違っ、違いますの、グレーテル妃殿下……」


 何だか口調が引っ張られてしまいますの。でも、絶対絶対勘違いしてるっ。私がヘンゼルさんに……なんて、恐れ多い事を!


「妃殿下なんてよしてくださいまし!グレーテルと、お呼び下さいっ!」

「そんな、失礼ですよう……。」

「失礼だなんてことスミレ様に限ってございません!さあ、さあ!」

「ぐ……グレーテル?」

「はいお義姉様!グレーテルはここに!」


 お、おねえさま……?先程そのときが来たらそう呼ぶと言っていたが、もう来たのだろうか。女子校が舞台の漫画で、女の子が憧れの先輩を『おねえさま』と呼ぶことがあるが、そういうあれなのだろうか……?不毛な考えで頭を悩ませていると、音楽の雰囲気が変わった。これがダンスの曲であることに気が付き、私の顔がみるみる青ざめていく。


「……お義姉様、ダンスはお嫌い?」

「……お嫌いです……。」

「でもお兄様となら踊れますわよね?」

「ヘンゼルさん……うん、ヘンゼルさんのためにダンス練習したから……。」

(まあ!お兄様の()()ですって!良いですわ、尊いですわ~!)


「よっす、来たぞ~。」

「わあ!?イェイス殿下!」


 イェイス殿下のお早いお帰りに若干の恐怖を感じ、そそくさとグレーテルの後ろに隠れる。さっきの親衛隊は……どうやら散り散りになって他の男性たちと踊っているらしい。私は辺りを見回すと、ヘンゼルさんがこちらに向かっているのが見えたから思わず笑顔になった。助かった!


「イェイス殿下、どうして此処に?」

「どうしてって、1曲目は妻と踊っておくのが礼儀だろう?それとも聖女様を盗られるかと思って躍起になったとか?」

「なっ……」

「ご心配なくお兄様。この方いつも1曲目()()()踊ってくださるの。」

「だけを強調するなって……。」

「……失礼した。」


 じゃあ、とまた手をひらひらさせて二人がダンスをしに歩いて行った。


「いやあ、あの臆病王子が噛みつく日がくるとは。恋とはなんとも恐ろしや……。」

「はあ……。殿下?私お兄様も、お兄様の心を癒やしてくださったお義姉様も大好きですわ……。ですので、お二人の邪魔はしないでいただきたいの。」

「ふーん。俺は面白いから当て馬役やってあげても良いんだけど」

「余計なお世話ですわっ。それにしても先程のお二人は尊いの極みでしたわ!一生幸せになると良いのですわ~!」

「……ちっと、ロマンス小説与えすぎたかな。」


 踊る二人は迫力に満ちていて、愛を確かめ合うというより、まるで共に戦っているかのような印象を受けた。私もあんなふうに踊れたら……じゃない、多分だけど、私達には私達の踊り方があるのだろう。


「スミレさん、どう?行けそう?」

「……頑張ります!」

「じゃあ……僕と、踊ってくれますか?」

「は……はい!」


 震える手で差し伸べられた手を取る。温かい手で握り返されると、不思議と心が軽くなった気がした。沢山練習したステップ。綺麗な姿勢。目線を合わせて、あわ、せて……。『スミレ様は、お兄様の事をどう思っていらっしゃるの?』先程のグレーテルの台詞が頭を駆け巡る。じゃあ、じゃあ、ヘンゼルさんは私のこと、どう思っているっていうの?恐る恐る、目線を合わせる。慈愛に満ちた、エメラルドグリーンの瞳。その瞳に映しているのは、他の誰でもなく私だった。


「……やっと目線を合わせてくれたね。」

「あっ……。」


 囁くように言われたそれは、私の最後の砦を決壊させるには十分だった。


 ヘンゼルさん、私……


 貴方のことを……きっともっと、前からずっと──


 好きになって、しまいました。

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