13:掌で踊る聖女
あの波乱の記者会見から一夜。王国中の新聞が私達を褒め称える見出しで一面を飾った。『ヘクセン王国を救う英雄の誕生』、『アスターの大予言、ついにその時来る』……。一方で否定的な新聞もあった。『もしも破滅の兆しが戦争のことであれば、既に被害は出ている!』そんな主張だ。どちらにせよ、私が予言の聖女だという事は、名実ともに国中に知られることとなった。しかしこうして良い結果で終われたというのも、あの手紙があったおかげだ。
「私、アイルさんのところへ行って直接お礼をしてきたいと思います。」
「それなら僕も行こ──」
「殿下、仕事が山積みでございます。パレードの準備だってあるのですよ?」
そんなこんなで、私は今一人でルー様のお家に向かっている。実はヘンゼルさん不在でルー様とお話をしたかったから、アーブルさんと共謀でヘンゼルさんを執務室に縛り付けてもらったのだ。理由はもちろん、『プラムさん』の事をルー様に伝えるため……。一人でルー様のところへ行くなんて……いや、そもそも一人でお出かけする事自体初めてだ。ちょっとのワクワクと大分ある不安を抱えて、馬車を降りる。少し歩けば、見覚えのあるレンガの垣根が見えてきた。この間は門のところでアイルさんと話しただけだから、この先へは行ったことがない。
「ごめんくださーい……?」
誰も居ない門に向かって呟く。門を押し引きしてみるが、やはり鍵がかかってるのかガシャンガシャンと音をたてるだけだった。もう一度、今度は大きな声で呼んでみよう。と大きく息を吸った瞬間──
「君たちはアポイントというのを知らないのですか?」
「わあーっ!?」
私の驚いた声に驚いた鳥達がバサバサと飛び立っていく。後ろに、バゲットがはみ出た紙袋を持ったアイルさんが迷惑そうな顔つきで立っていた。つまり買い出しに出かけていて不在だったんだ。
「アポ……」
「ああそれとも、アポイントのためのご訪問ですか?いいでしょう1年後なら丁度空いております」
「うえーん、駄目です、今すぐがいいんですー。ごめんなさいー。」
はあ、と溜め息を吐いたアイルさんが懐から鍵を取り出して門の鍵を開ける。お洒落で豪華な鉄扉が開き、中へ入れるようになった。
「私の後に着いてきてください。変なところへ行くと罠に掛かるので精々お気をつけて。」
「罠……!?」
罠という言葉に過剰に怯えながら、アイルさんを追いかけていく。といっても、整備された石畳があるので安全そうではあるが。数分ほど歩くと、やっと屋敷の全貌が見えてきた。漫画に出てくるお金持ちの家を更に大きくしたような、古そうだけど豪盛なお屋敷が建っていた。お庭は名前の知らない白いお花が咲いていてとても綺麗だ。そのお花に囲まれて、ジョウロで水やりをしているメイド服の少女の姿を見つけた。10歳前後だろうか?青い髪を鼻の下ぐらいまで伸ばしていて、表情は見えないがとても楽しそうに見える。しばらくするとこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「ちっちゃなメイドさん?」
「おかえりなさい、か……お、おきゃくさん……?」
「っ──!……ただいまマリー。悪いけど今日は部屋に居てくれ。昼食はあとで持って行く。」
「は、はあい。」
マリーと呼ばれた少女は逃げるように屋敷の中に入っていった。アイルはこちらをちらりと見ると舌打ちをして「これだからアポなしは……」とぶつぶつ小言を言っている。正直怖い。
「えっと、あの娘は……」
「妹。それとこれは他言無用。分かりましたか?」
「は、はい……。」
アイルさんに妹がいたとは。他言無用だなんて、妹がいる事を隠しているのだろうか?そもそも、アイルさん自身も仮面をしているし……気になることが重なるが、それ以上聞いてはいけない雰囲気に飲まれて屋敷の扉の前に着くまで無言の時間が続いた。
「お邪魔しまーす……。」
屋敷の中は広いながらも掃除が行き届いている。長い廊下を歩いて、一際大きな扉に行き着いた。
「主ぃー!お客様です。」
体育館よりも広いんじゃないか、そのくらい大きな空間に半ば投げやりなアイルさんの声が響く。その部屋に入ってまず目に入ったのが、とてもとても大きな肖像画だった。歴史書で見た『ラム・サヴァラン公爵』その人だ。そしてその肖像画を椅子に座ってただじっと見つめていた人物……いや神様が、ルー様ことルーサンギーヌ様だ。
「何かの間違いか?この5年、王以外に客人など来たことが無いだろう。」
「私です!すみれです!突然お邪魔して申し訳ございません!」
ルー様はゆっくり振り返ると椅子ごと体をこちらに向けた。
「一人か?何用だ」
「はい。先日訳あって話せなかったことがあり、参上いたしました。」
「ちゃんと用があったわけですか。昨日のお礼という事だけでしたらはっ倒すところでした。」
「あ、それもありました。どうもありがとうございました。あとこれはお土産のサブレです。」
アイルさんにお辞儀をすると、「ついでで言われてもねえ……。」と小言を言われながらお土産を受け取ってくれた。
「聖女よ、案ずるな。昨日の彼奴は大いに楽しんでおった。」
「そうなんですか?」
「……さあて。なんのことやら。」
「どの口が言うか……。ああアイル、聖女に茶を用意したまえ。」
「かしこまりました。」
そう言ってアイルさんが右手をあげると、端に追いやられていたテーブルや椅子が宙に舞ってこちらまで引き寄せられた!
「凄い!魔術だ!」
「はい?これは魔法ですよ。では私はお茶を用意しますので。」
宙に舞っていた椅子のひとつが私を膝カックンするように移動してきて、そのはずみで椅子に座る形になった私をテーブルの前まで運んでくれた。それを見届けたアイルさんがお茶を用意しに部屋から退出した。
「魔術と魔法は違うもの……?」
「知らぬのか。魔法を見たのは初めてか?」
「多分……?」
「魔術は魔文字と魔術式を使うだろう。魔法にはそれが無い。魔力を直接動かすのだ。」
ルー様が手をかざすと、別のテーブルにかけてあったテーブルクロスと花瓶がこちらへ飛んでくる。つまり魔法は超能力という事なのだろうか。
「自身の魔力を外に出し、物を滑らせるような感覚で運ぶことが可能です。このように。」
声のした方へ振り返ると、ティーセットが乗ったワゴンとアイルさんが宙に浮いていた。
「飛んでる!」
「正確には固めた魔力の上に乗っています。」
「凄い凄い!私も使ってみたいです!」
「無理ですね。」
一蹴された。「何でですか!」私が尋ねると、アイルさんがニヤついた顔でこちらへ近づいてきた。
「魔力は人体を含むあらゆる物質をすり抜けることができません。だからこうして乗ることができるのです。さてここで問題です。自身の魔力はどうやって外に出すと思いますか?」
「えー……?体の穴……毛穴?あ、口から出す?」
「おお。当たらずとも遠からず。確かに口から魔力を出すことも可能です。ドラゴンが口から炎を吐けるのはそのおかげだという意見が通説です。しかし、細かく動かすことは難しいでしょう。人が最も細かく動かせるところは?」
「手の……指?」
「その通り。そして後出しになって申し訳ないですが、実は『魔力を通す金属』が存在します。その金属を使うんですよ……どうやって使うと思いますか?」
説明が楽しいのか、どんどん饒舌に笑顔になっていくアイルさんを見て若干の恐怖を覚えた。「さあ!さあ!」と急かしてくるのが不気味で、「わかりません!」と考えを放棄した。「では正解発表!」アイルさんが手袋を外すと、指の第一関節から先が金属のようになっていた。
「……指の先が、義肢になってる……?」
「そう!第一関節から先を切り落として、金属の指を取り付けるのです!なお手袋も同じ素材を使っています。こうして、魔法を使える体ができあがるのです!」
「切り落とし……」
私がその状況を想像してドン引きしているのを見て、ケタケタと笑うアイルさん。この人、人が怖がるのを楽しんでるんだ!最低……。
「聖女よ、すまない。此奴は頭が可怪しいのだ。」
「はい……薄々気付いてました……。」
この人意外と喜怒哀楽が激しいんだ……。何がそんなに楽しいのだろうか。そんな事より、私ははやく『本題』に移りたい。
「ルー様。本日は『希望』の話をしにきました。」
ルー様の顔つきが変わる。アイルさんも、ふざける場面ではないと察して着席する。
「先日我の言った事を忘れてはいまいな。『かも』も『できない』も許されないと。」
「はい。実はあの話は『かも』ではなかったのです。」
「どういう意味だ?」
「ラム様は生まれ変わり、この世に存在しています。つまり、会おうと思えば会う事ができます。」
ガタッと音を立ててルー様が立ち上がる。信じられないといった顔で口に手を当てたと思えば、そっと座り直して話の続きを促す。
「ラム様は最期に魔術を使っていたのです。『転生の魔術』を。」
「転生……だと?そんな魔術は知らない。いや、もしや最後に完成させた、あれが……?」
「記憶は無いですが、魂はそのまま転生していると『神話』に──」
「もう一度、ラムに会えるのならば記憶が無くとも構わない!頼む、わ……俺、は……どうしてもあいつに会いたい……対価が必要なら惜しまない!望みがあれば何でも叶えてやろう!何でも──」
「主、落ち着いて下さい。」
矢継早に捲し立てるルーサンギーヌ様をアイルさんが諌める。
「取引において何でもはいけません。たとえ貴方が神であったとしても。」
「……希望と言ったな。聖女よ。嘘偽りは無いか。」
「希望であり、破滅でもあります。貴方が彼女を見つけねば……」
「誰に問うてるか。我は何としてでも、ラムを見つけ希望を手にしよう!」
私はふと、ルー様の後ろにあるラム様の肖像画を見た。この人を見つけて、ルー様と結ばれれば『血塗られた狼と贄の羊』はハッピーエンドを迎えられるはずだ。……だけど何か見落としている気がする。気のせいだと信じ、話を続ける。
「ラム様はメタリカ国に『プラム』という名前の平民として生まれ変わっています。お顔も生き写しだとあったので、ルー様なら直ぐに見つけられるのではないでしょうか。」
「名だけでなく場所まで分かるとは……。聖女の名も伊達では無いな。そうと決まれば出立の準備だ。」
「あっ!ルー様……私のお披露目パーティ、来てくれないですか……?」
「む。……汝は命より重いものの恩人である。必ず出席すると約束しよう。」
「良かった!今度招待状を送りますね!」
アイルさんが「今度は直接来ないで下さいよ」なんて言って茶化す。ルー様が来てくれるなら、パーティの成功は間違いない!
「……して聖女よ、どうしてこのような大事な事、茶会で言わなかったのだ。」
「じ、実は……ヘンゼルさんには内緒にしているんです。訳あって……。ですので、できればご内密に……。」
「ふむ。汝がそう言うのであればそうなのであろう。」
ふう、なんとか誤魔化せただろうか。『ヘンゼルさんとプラムさんが結婚するかもしれない』なんて、絶対に言えない。しかし、これで『プラムさん捜索作戦』はようやく軌道に乗りだして、言う事無し。確かな手応えを感じてルー様の屋敷を後にした。
◇◆◇
帰城した私は、『血塗られた狼と贄の羊』を読むべく書庫へと向かった。もう一度、ヘンゼルさんとプラムさんの出会いのシーンを見直したかったからだ。そういえば小説にアイルさんの名前、少ししか出てこないんだよね。初登場シーンなんかも無いし。そうそう、ルー様がメタリカに行くのに同行を拒否するシーンに出てきて──え!?
「小説の内容が変わってる!」
ルー様がメタリカに行くことになっている……ずっと、引きこもりの神様だったのに。そのシーンから小説を読み直してみることにした。
──ラムの魂の気配を感じ単身メタリカ国に足を踏み入れたルーサンギーヌは、アイルに描いてもらった肖像画を頼りにラムの生まれ変わりを探します。幸いなことにラムは生まれ変わってもまた魔術に秀でた才能をもっていたため、メタリカ国では名の知れた人物となっていました。ついにラムの生まれ変わり、『プラム』を見つけたルーサンギーヌは最高の幸せを感じます。しかし、ルーサンギーヌに突然言い寄られたプラムは怪訝に思い、彼から離れようとします。当然受け入れてくれるだろうと思いこんでいたルーサンギーヌは、失意の中彼女を遠くから見つめることしかできませんでした。──
「ルー様がストーカーになっちゃった!」
ルー様とプラムさんを会わせるだけじゃ駄目って事!?最後のシーンは……やっぱり、少し変わってはいるけれど結末は変わらず『破滅』だ。回避するには、何とかしてプラムさんに好かれるようルー様に指示する必要がある。
「私が、ルー様と一緒にメタリカに行くしか無い。」
導かれた答えは、果たして正解なのか。




