12:セーラー服とプロパガンダ
前半だけ三人称視点(?)です。
ルーサンギーヌとの茶会後、ヘンゼル達は後回しにしていた『記者会見』を実行する算段を立てていた。まずヘンゼルとアーブルは手分けして各領の新聞社へ伝令を送る。新聞社へ伝令が届いて直ぐに号外が配られる。『国の今後に関する重要な発表』という異例の見出しは瞬く間にヘクセン中を駆け巡った。同時に、それが何であるかの噂が飛び交い、情報は錯綜していた。
「また戦争が始まるのか!?」
「王様が結婚するって!」
「何処かの属国になっちまうんだぁ……」
その裏で、ヘンゼルはとある人物に手紙を書いていた。相手はグレーテル・デ・メタリカ。隣国に嫁いでいった妹だ。
親愛なる妹グレーテル
最近返事を送れなくてすまない。今我が国は大きな変革を迎えようとしている。その準備に追われているんだ。私の声が聴きたければ、1週間後の午前10時、ラジオに耳を傾けて欲しい。 ヘンゼル
封筒にも入れないまま、ヘクセン-メタリカ間用連絡便──要は王族の小物専用転移魔術装置──にかざしてメタリカの王室へ送る。こうすればあちらのイェイス国王の目にも留まるだろうとの思惑だ。
1週間後、午前10時。
王城の門が開かれ、エントランスに大勢の記者と野次馬が押し寄せた。ある新聞社は一面のためのカメラを掲げ、ある記者は国王の言動を一語一句逃さないためにペンを握り、ある放送局は会見をリアルタイムで放送するためにマイクを向けた。また、野次馬に来た民衆に紛れ、ルーサンギーヌも様子を見に来ていた。今か今かと全員が待ちわびる中、ヘンゼルが拡声器を持って現れた。
「皆様方。お集まりいただき感謝します。ヘクセン国王ヘンゼル・フォン・ヘクセンがこれより記者会見を始めます。非常に喜ばしい事に……アスターの大予言に導かれし聖女が、我がヘクセン国に顕現いたしました。」
「予言?」「大予言だよ、あの……」
ざわつくエントランス。
──アスターの大予言。
国内で歴代最高と謳われた預言者が、今際の際に遺した大予言。
『破滅の兆しあれど案ずることなかれ。異界より現れし聖女が救済へ導くであろう……』
「破滅……?」
「破滅とはどういう事か!国家の滅亡を示唆しているのですか!?」
「でも聖女がいるなら安心なんだろう?」
「救済とはどの程度か?多数の犠牲の上に成り立つ物であれば意味が無いのでは?」
実は、ヘンゼルが記者会見を行うのは今回が初ではない。メタリカ国に戦争をしかけ、事実上の敗戦をした際に国民に説明をした経験がある。そのときの苦悩を思えば、今回の発表は実に前向きで未来への希望に溢れたものであることに違いない。と、思い込んでいた。故に油断をしていた。
国民の約半数以上が、この予言を否定的に捉えていたのだ──
(──しまった。ある程度は予想していたが、ここまでの批判は想像できていなかった!)
「お静かに。未だ『破滅の兆し』すら無い状況で、聖女が顕現した。すなわち、来る災いに向けての準備期間も多く設け──」
「我々は『破滅』がどのような被害を起こすのか、そこのところをご説明いただきたいのです!」
「そうだ!」「そうだ!」
(先ほどから、民意を煽動している人物がいる。これでは焼け石に水だ。どうする。考えろ。考え──)
「お待ち下さい!スミレ様!なりません!」
「離して!行かなきゃ!ヘンゼルさんが……困ってるなら、聖女の私が!」
「誰か!スミレ様をお止めして!」
(どうして──駄目だ、此処に来ては行けない)
介入を止めんとする侍女を振り払い、走る一人の少女をヘンゼルの瞳が捉えた。この場に似合わない、セーラー服を纏った少女が拡声器を奪い取る。
「皆さん初めまして。私が聖女のスミレです。」
先程と打って変わって静まるエントランス。
「皆様が破滅とは何か、知りたいと仰っていたため聖女の私が代弁いたします。それはこの国の滅亡です。」
「やはり!」
「しかし!そんなことは関係無いのです!」
拡声器がハウリングし、耳を塞ぐ観衆達。
「それは滅亡が0、救済が100であれば、0か100かしか無いからです。そこの貴方、犠牲の上になり立つ救済では意味が無いと言いましたね。その通りです。誰か犠牲が出て、50や60で終わってしまっては意味がありません。ですが、私は救済できるなら全てを救済できます。厄災となる脅威を事前に抑え込むからです。しかし、できないときは0、すなわち全員滅亡です。これは厄災が私達の手に負えない程強大だからです。ここで、アスターの大予言を思い出してください。救済へ導くと!つまり、私は100を、国民全員助ける用意ができているのです!」
観衆から感嘆の声が湧き上がる。
「私は異界の住人である私を迎えてくれた国王に感謝しています。私を聖女と疑わず受け入れてくれたおかげで、ここに存在しているのです。あえて言いましょう、国民を救済したのは私であり国王ヘンゼルであると!」
全て言い終えたスミレは、ヘンゼルの手を取り高く振り上げる。それに合わせて湧き上がる報道陣と民衆。
(これで……これで良いんですよね、アイルさん……)
鳴り響く「聖女様」「ヘンゼル」コールの中、民衆からそっと離れゆく影が一組。
「はあ……。汝の入れ知恵か、アイル。実に汝らしい話の流れではないか。」
「いやいや。私の想像以上に働いてくれましたよ、彼女は。」
「……ついでに言うと、煽動役も汝だろう。」
「マッチポンプとプロパガンダッ!私の得意分野です。」
仮面の男は鼻歌交じりに跳ねる。両手を広げ、道化師のように。
「ギャッハハ!凄いぞグレーテル!何も解決してねぇのに英雄の誕生だ!ヘクセン中の新聞を取り寄せよっと!」
「まあ……なんて品の無い笑い、嫌ですわ殿下。ですが、この方がいずれお義姉様になるのかしら。その日が楽しみですわ……。」
ヘンゼルの妹グレーテルもまた、ラジオで記者会見を聞いていた。殿下と呼ばれた男性は手を叩いてラジオの向こうの少女を祝福した。
◇◆◇
「本当ーに、ごめんなさい。」
記者会見が終わってすぐの事。私はヘンゼルさんに手を掴まれ、逃げるように執務室に連れられてしまった。お説教されるかもしれないと思い、先行して謝罪をしたのだった。
「いや、その……なんていうか……助かった、よ?ありがとう。本当は僕があんな風に言えたら──」
「いやだ!ヘンゼルさんはあんな事言わなくていいです!私は優しいヘンゼルさんが良いです!」
「というより、君はどうしてあんな風に言えたの……?」
「それはこの手紙が関係してるんですが──」
──数日前の事です。シトロンから手紙を手渡されました。差出人はルー様です。開けてみると、どうやら手紙の主はルー様ではなくアイルさんでした。
親愛なる聖女様
定型文は面倒なので要件のみ伝えますね。数日後に行われる記者会見の事です。今のままではこの会見は失敗するでしょう。国民がアスターの大予言の中で、破滅という言葉があるのを危惧しているからです。もし国王が窮地に追いやられたときに助ける術を授けましょう。
①『破滅』について 民衆は必ず『破滅』の詳細を聞いてくるはずです。考えうる最悪の被害、『国家の滅亡』ということにしましょう。これを大衆の前であえて開示します。開示した上で、「どうでもいい」とでも言って下さい。※『世界の滅亡』では他国家との問題になるので避けてください。
②論点のすり替え 予言の中の『救済』に焦点をあてます。何故破滅がどうでもいいのか→聖女がいる=救済される事が確定すると言い張って下さい。ハッタリで構いません。
③英雄を仕立てる 『既に王国を救済した』英雄の誕生です。貴方と、できれば国王も合わせて「自分たちが英雄だ」と民衆にアピールしてください。
どうです?簡単でしょう?台本を同封しましたので、参考にしてください。もしも困ったら主の名をお呼びください。主ならきっと現場まで様子を見に行っていることでしょう。幸運を祈ります。 アイル
それから私は、必死に台本を覚えました。正直アイルさんの事は信用が無かったのでヘンゼルさんには伝えませんでした──。
「でも今考えてみると相談するべきでしたよね……。ごめんなさい。」
自分のやらかしに頭を抱える私。ヘンゼルさんに合わせる顔がない。
「謝らないで。結果論ではあるけど全て上手くいったんだから。」
そう言って抱き寄せ──え?
「いつも僕を助けてくれてありがとう。不甲斐ない国王でごめんね。」
「~っ!!」
突然の包容と優しい耳打ちに、声にならない悲鳴があがる。こんなに近くて、暖かくて、居心地の良いヘンゼルさんの腕の中。その優しさについ甘えたくなって、ヘンゼルさんの背に腕を回す。
「私達、二人で一人の王様になりませんか?」
「二人で一人……?」
「私もヘンゼルさんに助けてもらってばかりで、ずっと力になりたいって思ってたんです。私が困ったらヘンゼルさんが、ヘンゼルさんが困ったら私が。助けあいましょう。」
「それって……いや、なんでもない。そう、しよう──。」
(それは王妃になるという意味と変わらないだなんて、言えない。どうしよう。僕は、恋をしてはいけない人間なのに。どうしようもなく──スミレ、君が好きだ。)




