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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
11/39

11:狼と和解せよ②

 私は思い違いをしていた。神様は元々人間だったから、人と何ら変わらないのではないかと。赤黒い髪に真紅の瞳。外見は人でありながら、人ならざる気を纏ったルーサンギーヌ様。彼がこの場に現れた瞬間、まるで重力が強くなったかのような空気の重たさが、先程までの浮ついた心を静めさせる。私もヘンゼルさんも立ち上がって礼をする。


「久しいな、ヘンゼル・フォン・ヘクセン。」

「はい。お久しぶりにございます。」

(うぬ)、名は。」


 ヒュッ、と息を呑む。これは私に問いかけているのだ。

「……香坂すみれと申します。どうぞスミレとお呼びください。」

「……そうか。」


 少しの沈黙が、まるで数時間のように感じる。ヘンゼルさんが「どうぞおかけください。」と促して、私達はようやく席へついた。先日会ったアイル氏は、一糸も乱れない立ち姿で後ろに控えている。本当に()()と同一人物なのだろうか?


「散々耳にしているだろうが、我が孤独の神・ルーサンギーヌである。スミレと申したか。我をこの場に呼んだのは、汝と関係があるのだろう?」

「お察しの通りにございます。」


 その後の言葉が出てこない私に、ヘンゼルさんが助け舟を出してくれた。

「では、お茶でも飲みながら。」


 ヘンゼルさんが合図をして紅茶がサーブされる。あれだけ心待ちにしていたセイボリーやスイーツも、今は喉を通りそうにない。が、私達が手を付けなければルーサンギーヌ様も食べられないだろう。私はサンドイッチをナイフとフォークを使って一口大に切り、口に運んだ。──美味しい!スモークサーモンの生臭さをクリームチーズが優しく包み隠し、燻製そしてディルの香りと融合して調和している。


「……何かを食すのは、何週間ぶりか。腹も減らないものでな。只の娯楽だ。」

「私も、食事には娯楽の側面があると思っております。」

「そのようだ。」


 最初はどうなることかと思ったが、滑り出しは良い雰囲気だ。紅茶は爽やかでマスカットのような香りを思わせる、ダージリンのセカンドフラッシュ。深みのある水色も美しい。


「実は彼女がサブレを作ってくれたのです。ルーサンギーヌ様に是非にと。」

「ああ、この香りは……ひどく懐かしいな……。あのときとは少し違うが、根本は同じだ。セブレの愛した菓子を作らせるとは……王よ、この者と()()するのか?」

「「えっ!?」」


 思わぬ発言に二人揃って驚きの声をあげてしまった。私とヘンゼルさんが、婚約!?恥ずかしくて顔から火が出そう!


「そうした意趣はございません……が、彼女の作ったものを召し上がってほしかったのは本当です。」

「ふむ。王がそう言うのならそうなのだろう。しかし気に入った。土産にもらおうか。」

「承知いたしました。お帰りまでに用意させておきます。」

「どうやらお口に合いましたようで良かったです。」


 ホッと胸を撫でおろす──


「ならば本題に入ろうか。運良く玉座を手に入れた臆病な王が我を呼び、初代国王の猿真似をしてまで何を企んでいるのか。」


 ──のも束の間。本当に束の間の休息だった。感嘆させたと思っていたのに、逆鱗に触れてしまったのだろうか。ルーサンギーヌ様が臨戦態勢に入った。すかさずヘンゼルさんが応対する。


「その件は私が説明いたします。ルーサンギーヌ様は覚えていらっしゃるでしょうか。数百年前の大予言を。」

「……星の者だったか。あれは秀でた預言者であった。遺した予言がひとつ、あったはずだ。」

「ええ。『破滅の兆しあれど案ずることなかれ。異界より現れし聖女が救済へ導くであろう……』ルーサンギーヌ様、スミレは異界よりこの地に現れました。」

「まさか、その小娘の言い分だけで信じた訳ではあるまいな。」

「とんでもない。スミレは例の『予言書』を読むことができるのです。」

「──ほう。ならば聞かせてもらおう。」


 来た。口の乾きを熱いダージリンで潤し、深呼吸して声を絞り出す。


「……ラム・サヴァラン公爵」


 私がその名を口にした瞬間、空気がまるで無数の針になって襲うようにピリピリとしたものへと変わった。生まれて初めて味わう、これは『殺意』だ。


「貴様……その名を出して嘘やくだらない内容であれば……その首は無いものと思え!」

「お待ち下さい、ルーサンギーヌ様!」

「王族と小娘、我が召使以外は全員席を外したまえ!」


 怒声にも似た叫びが響き渡る。心配かけてごめんね、シトロン。上手くいくよう頑張ります、アーブルさん。中庭には私とヘンゼルさん、そしてルーサンギーヌ様とアイル氏の4人になった。


「……続けろ。」

「はい。予言書は……正確には予言書では無いのです。『ルー様』と『ラム様』の人生が綴られた、言わば『神話』のようなもの。ラム様の最期、そしてルー様が神へ成り代わったきっかけ……そしてこれからの()()も綴られております。」

「……。我は、初代国王以外にラムの事もルーであった頃の話もした事はない。言ってみろ、何故、ラムが死んだか」

「ラム様は……旧き孤独の神・サンギーヌが、召されました──!」


 殺されるんじゃないか……!ぎゅっと目をつむり……ちらりとルーサンギーヌ様の方を見ると、片肘をついて頭を抱えていた。


「そうだ……。神の贄となったのだ。我の眼前で。……汝が本物の聖女だという事は信じよう。で、我を失意に至らせるための催しか?これは」


 言いながらティーカップを爪で弾く。


「いいえ!むしろこれは希望なんです!まだ解読中ですが……ラム様ともう一度会える方法があるかもしれないのです。」


 嘘ではない。ただ、ラム様が転生したプラムさんとヘンゼルさんが出会うことで破滅ルートへ入ってしまうのはヘンゼルさんの耳に入れない方が良い。そう思って情報を小出しにした。ルーサンギーヌ様は押し黙り、自身のこめかみをトントンと叩く。その音がやけに静かな世界に木霊する。この異質な静寂は人間如きが破ってはいけない、そんな雰囲気を醸し出していた。


「……小娘よ。」

「は、はい。」

「次に会う時は『かも』でも『できない』でもすまされない。自身の発言に責任はとれるか。」

「……はい!」

「宜しい。では茶会を続けよう。」


 え?もしかして……許された?緊張の糸が解れ、安堵に包まれた。ヘンゼルさんが他の人達を呼び戻してくれてお茶会の続きが始まった。


「安心せよ、小娘。我は今、非常に機嫌が良いのだ。」


 本当に……?先程の剣幕を見た後では乾いた笑いしか返すことができなかった。お茶のおかわりが欲しいわ。


「スミレ様!焼き立てのスコーンをお持ちしました!」

「シトロン!ああ、幸せの香りがするわ……」

「次のお茶はブールドロ産のりんごを使ったアップルティーでございます。スコーンにはクロテッドクリームと苺のジャムでお召し上がりください。」

「~~~!!!」


叫んではいけないけれど叫びたい衝動を押し殺し、カゴに入れられたたくさんのスコーンの中からひとつを手に取る。熱々のスコーンを上下半分に割れば、閉じ込められていた発酵バターの香りが蒸気と共に飛び出した。片方のスコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷりつけてかぶりつく。ざくっ、ふわっ。「この焼き立てでしか味わえない、二種類の食感。今私は、五感全部でスコーンを楽しんでいるの──。」


「……セブレ?」

「え?」

「いや……フッ、戯言だ。」


ルーサンギーヌ様が笑った……?隣のヘンゼルさんがアワアワしている。もしかして私……ああもう。眼の前のスコーンに集中しちゃお。かり。さふ。ざく。ふわ。


「時にルーサンギーヌ様。本日の主題ですが、聖女の顕現を祝したパレードを催したいと考えているのです。それと他国に発信も。」

「我に聞かぬとも勝手にしたら良い。今までそうしてきたではないか。」

「それは……この現状を変えたい、ので。」

「現状とは?」

「国民と神が無干渉を貫いている事です。私は、貴方とセブレ国王が創ったこの国を、貴方と共に歩みたい。」

「フウ……大方失墜した権力の回復に神の力を借りようなどと──」

「ヘンゼルさんはそんな事考えません!」

「スミレさん!?」


私はヘンゼルさんの頑張りを知っている。でも私にできることは少ないから、せめて伝えなきゃ。

「私……ここへ来てからまだ少ししか経っていないです。でも、ヘンゼルさんが私に居場所をくれて……ううん、私だけじゃない……国民全員の居場所を護ろうと寝る間も惜しんでお仕事しているんです!私が居る限り、この人を国外追放や処刑なんてさせませんから!」


私には、ヘンゼルさんが必要だって。


「──今日は、驚かされることばかりだ。王よ。」

「は。」

「我がいつお前を国外追放だの処刑だのしようと言った?」

「そ、れは……そのくらいされるかと、想像で……。」

「え?」

「ふむ。互いに思い違いをしていたのだろう。案ずるな。ヘクセンの王はお前しかいないだろう。今は。」

「は、はは……。ちょっと考えすぎだったかな……?」

「そもそも『粛清』ならすでに終わっている。同じ過ちを犯さない限りはお前をどうこうしようと思わぬ。」


……もしかして、私達が勝手にルーサンギーヌ様を恐れておっかなびっくりしてただけ……ってこと?


「お前には慈愛はあるがそれだけだ。王たるもの威厳を持て。」

「威厳……にございますか。私とは程遠い響きです。」

「もっと砕いて喋れと言っているんだ。共に歩むのだろう。」

「へ?」


 ルーサンギーヌ様が、ヘンゼルさんが謙るのを制した……?これは、『神様と仲良くなろう作戦』、大成功の予感です──!


「はい!じゃあルーサンギーヌ様は長いので、ルー様と呼んでも良いですか?」

「え!?待ってスミレさん、それはちょっと──」

「ふむ。我がまだ人間だった頃の名か。良いだろう。」


こういうのは、一回吹っ切れてしまえばあとは勢いで何とかなるものです!


 ◇◆◇


楽しくて美味しいお茶会はあっという間に過ぎ、ルーサンギーヌ様もお帰りになるお時間。ヘンゼルさんも、ルー様も、みんな笑顔だ。お茶会を開こうって、言ってよかった。美味しいサブレを作れるよう、頑張ってよかった。マナーをシトロンに教わって良かった。ルー様に私の気持ちを伝えられて良かった。良かったもおなかもいっぱいで、最高の一日だったな──。


「ヘンゼルよ。此度の茶会、実に有意義であった。」

「!──ええ!是非、パレードにもお越し下さい!国民の笑顔をお見せいたします!」

「では王よ。聖女よ。また」

「はい!ルー様!」

「はい、また……る、ル、ルー様……」


あのヘンゼルさんが照れていらっしゃる!?可愛らしいけれど目に毒ですーっ!



「『互いに思い違い』ですか。貴方も勘違いされていたのですかな?」

「黙れアイル。さっさと馬を走らせろ。」

「フフッ……はいはいかしこまりました。」


神を乗せた馬車は帰路につく。乗員は行きよりも少し重く、思い出のサブレを乗せて。

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