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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
10/39

10:狼と和解せよ①

「日時は2週間後で確定、カトラリーは全て新品を用意。」

「閣下、ブティック・ドラジェからドレスが届きました。」

「直ぐにスミレ様の部屋まで運びなさい。」


 サブレの試作品でティータイムをしてから数日後、城内は来るお茶会に向けて日に日に忙しくなっていた。かくいう私も礼儀作法の指導に言葉遣いの授業を受け、空き時間にはサブレを焼いていてへとへと。今日一日はつかの間の休息日という事で、ヘンゼルさんの執務室にお邪魔していた。


「うぅー…………ん……。」


 ヘンゼルさんは唸っていた。理由は『神様への招待状』。城中お茶会の準備一色の中、未だ招待状を送れないでいる。


「今回のお茶会、主題は『聖女の顕現』なんだけど、それを手紙で伝えてしまったらはいそうですか、で来てくれない可能性がある……じゃあ『大事なお話があるので登城ください』……?『ついでにお茶でも如何でしょう』……ふ、不自然すぎる。今までは向こうに伺えばそれでよかったから、招待なんて……どうしたら……。」

「もっと、お友達になりたいことを全面に出してみたらどうですか?」

「ええっ……大丈夫かな……今までが今までだったし……。」


 今までといえば、以前話していた新年のご挨拶と誕生日のお祝いの事か。かなり距離を置いている相手に、急に馴れ馴れしくしたら不快にさせちゃうかもしれない。ヘンゼルさんはそれを危惧しているんだろう。


「ところでなんですが、ルーサンギーヌ様をお城に呼ぶのはいつぶりなんでしょう?」

「えっ!どうかな……僕が子供の頃にそんな催しがあった覚えはないし……。先々代とか、もしかしたら更に前の代かもしれない。」

「じゃあ余計言いづらいかも……。」

「うん。本当に……貴族や皇族はね、思っている事をあけすけに言わないんだよ。行動に意趣を含ませたり、皮肉だったり、とにかく遠回しだったり……僕はそれがとても面倒だし失礼だと思っているんだけれど……。はあ、とことん国王に向いてないんだ、僕は……。」


 しまった。ヘンゼルさんを自暴自棄に陥らせてしまった。「行き詰まったときは、甘いものです。」私は最近猛練習中のサブレを一枚手に取り、ヘンゼルさんに差し出した。差し出して、手渡すつもりだった。


「──あむっ。」

「!?」


 それがどういうことか、差し出したそれを直接口で受け取るものだから驚いて言葉を失う。


「なっ……」

「うん、どんどん上達しているね。ルーサンギーヌ様にもはやく食べてもらいたいな……そうだ!是非召し上がっていただきたいものがございます……っと。」


 思い返せば不意に頭を撫でられた事もあったし……薄々気づいてはいたけれど、この人……天然だ──!


「はぁ……何とか書けた──いや、もう少し綺麗に清書しようか?うん。そうしよう。」


 彼は私の心内などつゆ知らず、新しい紙を取り出して再び執筆し始めた。羽ペンをサラサラと踊らせ、満足そうな笑みを浮かべる。封筒に蝋を垂らしたら、王家の紋章が入った印を押して封をする。


「あとはこれを届けるだけ……だけど、不安だな……。読んでくださるか、そもそも受け取ってくださるか。」

「お手紙は誰かに届けてもらうんですか?」

「いいや。自分で行くよ。使いを送ればいいんじゃないかって思われるかもしれないけど、相手は神様だからね。」 

「じゃあ私も行って良いですか?神様のお屋敷。」

「え?それは良いけれど、本当に手紙を渡すだけだよ?……いや待てよ。……やっぱり一緒に来てもらえないかな?()()()()相手に一人じゃ心細いから。」


 あの執事?神様にも執事がいるんだ。


「ちょっと……いや大分、癖の強い人でね。アーブルも忙しいだろうし、スミレさんが一緒に居てくれたら心強いよ。」

「そうしたら、お出かけの準備をしてきますね。」

「僕も着替えと馬車の手配が終わったら城門で待ってるから。」


 シトロンを呼んで急ぎで着替えやらお化粧をしてもらい、足早に城門へ向かう。


「馬車に乗るのは初めて?」

「初めてです……よいしょ、ありがとうございます。」


 ヘンゼルさんの手を取って馬車に乗り込む。エスコート?というやつだって教わった事がある。初めて座る馬車の椅子は普段王城で使わせてもらってる椅子と比べたら大分硬いけれど、これ以上を求めたら贅沢だよね。


「出してくれ。」

「はっ。」


 馬車係に命じるとすぐに城門が開けられ馬車が出発した。向かうはヘクセンの大森林、ルーサンギーヌ邸。その場所は王都から見て北西、馬車であれば2時間とかからない程近くに位置するらしい。


「お茶会の準備は順調かい?」

「なんとか……礼儀作法は難しいです。」

「スミレさんならきっと大丈夫。頑張って。」

「ありがとうございます……。そうだ、ルーサンギーヌ様にも執事がいるんですか?」

「ああ……丁度先代国王への粛清が始まった頃かな。いつのまにか、ルーサンギーヌ様の傍にはその人がついていたんだ。出自も不明だけどルーサンギーヌ様が決めたことだから、特に口出しをした事は無いよ。」

「へぇ……」


 話している内に森へ入るための門まで到着した。ここから先は徒歩で行く手筈だ。この門に鍵がかかっている事は無く門番も存在しない。実質ただの扉状態だとか。扉の先からは森だがそれなりに整備されていて、もっと獣道を想像していた私は肩透かしを食らった。数分ほど歩くとレンガ造りの垣根が見えてきた。あの垣根の向こうにルーサンギーヌ邸があるというが、それはとてつもない広さで入口から邸宅が見えない程であった。


「これはこれは。臆病で有名な国王様ではございませんか。女性を侍らせて、一体どのようなご要件で?」


 頭上から聞こえてきた声の主は、仮面をつけた執事風の男性だった。いつの間にそこにいたのだろう?垣根に腰掛けて足を組んでいる姿は、とても国王であるヘンゼルさんに対する態度では無い。


「お久しぶりです、アイル殿。」

「ええ、ええ。あまりに久しいので礼節を忘れてしまいました。とんだご無礼をお許し下さい。」


 アイル、と呼ばれた男性の皮肉交じりの謝罪と飄々とした態度が正直気にくわない。ぞんざいに扱われる事が当たり前かのように、顔色一つ変えないヘンゼルさんがなんだか不憫だ。


「ルーサンギーヌ様へ、お手紙を届けに参りました。」

「はあ。使用人に任せればいいものを、一介の国王がわざわざ。それだから舐められるのですよ、私に。失礼ですが中身は読ませていただきます。(あるじ)が読むに値しなければ、そのまま突き返しますので。」


 主、というのはルーサンギーヌ様の事だろう。どうして神様はこの人を雇っているんだろう。そしてヘンゼルさんは、どうしてこの人の横柄さに寛容なんだろう。


「──ふむ。どういった風の吹き回しで?」

「登城いただく程の事態であると保障します。どうか、ルーサンギーヌ様にお目通しを。」

「……わかりました。しばしお待ちを。主なら、直ぐにお決めになられるでしょう。」


 そう言って柵の向こう側へと消えていった。5分も経たない内に戻るやいなや「──残念ですが。」との言葉と共に招待状を返された。肩を落としかけた瞬間、招待状の最下部に『承知した』と走り書きが足されていた事に気がついた。


「フフッ……分かりづらいんだよ、君は。」

「ああ……そのままお気づきにならなければ私の仕事が増えずに済みましたのに。そうそう……主が気にしていましたよ。国王の隣りにいる女性について──」

「わ、私は──!」


 言いかけた私をヘンゼルさんが手で制する。「それはまた、お茶でも飲みながら。」アイル氏が含み笑いをしながら頷くと、『お帰りください』と言わんばかりに王城の方角へ手を伸ばす。最後まで意地悪なのはいけ好かないけれど……兎にも角にも、私達は第一の目標・『神様を王城にお招きする』を達成したのだ!「では、当日は宜しく頼んだよ。」応えるようにお辞儀をしたアイル氏を背に、帰路についた。


「ありがとう、スミレさん。」

「え?何がですか?私は本当に居ただけなんですが……。」

「居てくれただけでも心強かったよ。あの人はルーサンギーヌ様以上に腹の底が見えないからね。」

「あっ、そのアイル……さんの態度は、酷かったと思います!ヘンゼルさんは王様なんですよ!」

「うんでもまあ……僕は気にしていないし、仮にもルーサンギーヌ様が傍に置いている人だから。」

「じゃあ私が代わりに怒ります!ぷん」

「──ははっ!」


 頬を膨らませた私を見て笑うヘンゼルさんの顔を見ていたら、恥ずかしさが勝ってしまい怒りは何処かへ行ってしまった。


 ◇◆◇


 そしてやってきたお茶会当日。私、いや、城内の人達全員が早くから起きて慌ただしく準備に勤しんでいる。私は朝から入浴して丹念に磨かれ、オーダーメイドのドレスを身にまとった。


「このドレス、とっても素敵……!」


 ブティック・ドラジェのマダム・アンジェリカが私用にデザインしたドレスは、レースやフリルがあるが華美すぎず、ところどころに布で作られた花が飾られている。ベースがピンク色で、まるで私が花になったようでとても気に入った。


「ええ、とてもお似合いでございます。」


 シトロンを始め、お付きのメイドさん達がドレスを褒めてくれている。準備ができたら、あとは会場で神様を待つだけだ。今日は晴れたので中庭が一望できるガゼボでのティータイムだ。


「おはようございます、ヘンゼルさん!今日はよろしくおねがいしま──きゃあーっ!」

「スミレさん!?どうしたの!?」


 ガゼボのテーブルにはレースのテーブルクロスがかけられ、銀食器が太陽に反射して煌めいている。ケーキスタンドには様々なサンドイッチやケーキ、私が一昨日から用意したサブレも用意してある。夢に描いたような、完璧なアフターヌーンティーがそこに存在していた。その感動が、雄叫びとして外に漏れてしまったのだ。


「今日が私の命日……。」

「まだ始まってもないよ、しっかり!」


 可愛らしい椅子に座った瞬間、シトロンが早足でやってきた。


「ルーサンギーヌ様がお見えになられました──!」


 ヘンゼルさんの顔つきが『王様』へと変わる。

 さあ、行こう。お茶会(たたかい)の幕が上がる──。

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