1:書斎と私①
創作欲が溢れて小説を書き始めました。文字書きは素人ですがよろしくお願いします。
異世界トリップものです。
グルメのタグを付けるか迷う程度の食事描写がありますが、メインは恋愛です。
初日は3話投稿予定です。(1回目)
埃と紙の匂いが鼻をくすぐる。
いつの間にか机に伏して寝ていたらしい私を起こしたのは、古い本特有の匂いだった。
自分が寝ていたアンティーク調のテーブルにはインクと羽根ペン、今座っている椅子以外には二人掛けくらいのふかふかそうなソファ。本棚には六法全書かと思うくらいには分厚い本が所狭しと並んでいる。恐らくここは誰かの書斎なのだろう。それもとびきりお洒落さんな。
――はて。私は何故、自分の知らない場所で寝ていたのだろう。眠りに落ちる前の事を思い出そうとしても、記憶がすっぽり抜けているようだった。記憶喪失……?でも自分の事はちゃんと覚えている。
性は香坂名はすみれ。
成績は中の中で趣味はSNSと美味しいもの巡り。最近お腹のお肉と体重が気になる以外は、いたって普通な高校3年生。この間行ったお店の期間限定ドーナツ、美味しかったなぁ……。味までちゃんと覚えてる。スマートフォンでその時の写真を見ようと制服のポケットを探る。が、何も無い。スマートフォンどころか通学鞄、普段持ち歩くものも何もかも見当たらない。盗まれた……?いや、知らないところで目覚めて荷物も何も無いこの状況……もしかするとこれって誘拐なのでは!?寝ぼけて呑気に構えていたが、自分の置かれた状況は明らかに異質だった。
狭い部屋を見渡して、まず窓が無い事に気がついた。次に扉。木の彫りや取っ手の装飾まで洒落ていて、写真映えしそうだなあと余計な思考が邪魔をするが、とりあえず開けようとする。が、鍵がかかっているようでガチャガチャと音を鳴らすだけ。他に出入りできそうなところは無い。この時点で少しパニックになった私は無我夢中でドアを叩いて、いるかも分からない外の人物に向かって叫んだ。
「誰か!誰か居ませんか!?」
すると何を言っているか分からないが、誰かが話し合っている様子が伺えた。
それから少し間を開けて、
「誰か、居るのか!?」
若い男性の声が聴こえた。まるで私が居る方が異常であるかのような口ぶりに違和感を覚えたが、それどころではない。
「います!この部屋に閉じこめられてます!助けて下さい!」
「……分かった!暫し待ってくれないか!」
よかった、少なくともここから出る事はできそうだ。
待つこと数分、足音と金属が触れ合うガシャガシャとした音が聞こえてきた。
「今解錠するが、そちらから開けてはならない。」
「へ?は、はい。」
カチャリ。待ちわびた音だ。
逸る気持ちを抑えて扉が開くのを待つ。数人が話し合う声が聞こえ、ようやくそれが開かれ――
カシャン!
「……へ?」
開かれた瞬間、眼前に向けられたのは切先。それが槍だという事に気がつくまで一拍、それを構えているのは鎧兵だと気づいたのはもう一拍置いてからだった。反射的に両腕を上げるのと同時にふにゃりふにゃりと膝から崩れ落ちた。
「殿下、若い女性が一人。他にはおりません。」
「……君、どうやってここに入ったんだ?」
「は、入ったも何も、気がついたらここにいて……あの、貴方達が閉じ込めたんじゃ?」
「貴様、殿下に向かって何て口の利き方だ。」
鍵を開けた男性に放った言葉がどうやらまずかったらしく、鎧兵さんが槍を首筋に近付ける。殿下と呼ばれた緑髪の男性は私より2~3歳位年上かな?と思うくらいには若く、眼鏡をしているのが特徴的だった。殿下なんて肩書と釣り合わないなあ。……殿下?…………鎧兵?
「あの、ここって日本ですよね?」
「ニホン?聞いたこと無い地名だが……隣国にそのような地はあるか?」
「私の知る限りでは存在しません。それより殿下、お耳に入れたい事が――」
日本を知らない国は世界にどのくらいあるのだろう。此処は何処?そんな殿下が話を振ったのは初老の男性で、好青年に謙るちぐはぐが何とも不思議だった。
「……。僕も丁度考えていたところなんだ。失礼、そちらに入らせてもらうよ。」
殿下が書斎に入る際に鎧兵さんを下がらせるよう指示してくれたおかげで、冷えた肝がやっと暖まった。殿下と、側にいた男性の二人が入って内側から鍵をかけた。
「怖がらせてしまったね……どうか許して欲しい。この書斎は王家と、王家に許された者にしか入ることは許されていないんだ。それがどうしてか君が入っていて、助けを求めているものだから驚いてしまって、それで兵を呼んだんだ。」
「いえ、私も突然の事で混乱してしまって、お騒がせしました……。」
私が謝罪のお辞儀をすると、彼は慌てて制止しようと私の前にしゃがんだ。
「いや、謝る必要は無いから、どうか顔を上げてくれないか!」
「すみませんでした……えっと──」
「ああ、紹介が遅れたね。僕はこのヘクセン王国の国王、ヘンゼル・フォン・ヘクセン。君の名を聞かせてもらえないだろうか?」
「国王様……私はすみれです。香坂すみれ……と、申します。」
「スミレ、可愛らしい響きだね。僕の事はヘンゼルと。」
突然の『可愛らしい』という言葉に驚いて耳たぶが熱くなるのを感じた。お世辞だろうけれど、日本人は……少なくとも私は、甘い言葉に不慣れなのだ。……そして、ここが日本では無い事が確定してしまった。経緯はどうあれ知らない土地で身一つ、これからどうすれば良いのだろう。と、考えを巡らせていると、沈黙してしまった私の顔をきょとんとした顔で覗き込むヘンゼルさんと目があった。
「で、ではヘンゼル様とお呼びします。国王様なので。」
「いや、もっと砕けた呼び方で構わないよ。恐らく僕等の立場は対等だからね。」
「え?」
「スミレ、君がいた世界に、ヘクセンという国はあったかい?」
「……いえ……聞いたこと無いです。」
「アーブル、例の本を。」
「承知いたしました。」
アーブル、と呼ばれた男性は本棚にある大量の本の内の一冊を取り出し私に見せてくれた。
「お待たせいたしました、スミレ様。私は殿下の補佐を務めますアーブル・ドゥ・アマンドと申します。こちらの書物は我が国が生まれてからの出来事が事細かに記録された歴史書、その中の一冊でございます。このページを御覧ください。」
どれ、と本を見てみると内容より先にまず驚いたのが、知らない文字を読めることだった。目に入った文字が日本語に変換されて頭の中に入ってくるような感覚だ。同時に異国人と同じ言語で話し合えることにも気がついた。そして書かれていた事はこうだ。
「『破滅の兆しあれど案ずることなかれ。異界より現れし聖女が救済へ導くであろう……』」
「我が国に伝わる伝承で、歴代で最高と謳われた預言者の言葉です。」
「あの、失礼ですが……予言って全部インチキですよね?」
「なるほど、君はそう思うんだね。この世界では稀に予知夢を見る者が産まれるんだ。能力は大小様々だけどね。つまり予言が全て偽物とは限らないんだよ。」
「じゃあ、異界って……」
「僕達は互いの国を知らない。少なくとも同じ大陸には無いだろう。それなのに君は突然現れた。転移魔術は座標が無いと構築できないのにね。」
「転移魔術!?そんな事ができるんですか!?」
「……ふむ、君の世界では不可能なんだね。」
「あ……。」
「僕は、『異界より現れし聖女』は君の事だと思っているよ。この国を救う人物という事であれば、皇族と同じ待遇を約束しよう。周りの者達に知らしめるためにも、どうかヘンゼルと。」
「で……ではヘンゼルさん、と呼ばせてください。私の国では異性を名前で呼ぶのは少し……恥ずかしい事なのです。」
「それは失礼。では、僕もスミレさんと。そうだ、聖女の件なんだけれど──」
「す、すみません!その件ですが、とりあえず考える時間をください。今日のところはお暇させていただきたく……」
「え?」
「え??」
「君、自分の世界に帰れるの?」
「え?」
「え???」
「……貴方達の言う異界?を行き来する魔法かなにか、あるんですよね?」
「え?」
「え????」
コントのような掛け合いだった。これが喜劇なら笑えるが、現実であれば出るのは冷や汗だ。
「……聞いたことある?」
「……ございませんね。」
「私、もしかして……元の世界に帰れないんですか?」
辿り着いた事実にショックで頭が真っ白になってしまった。帰れないということは家族やクラスメイト、SNSで知り合った友達とも二度と会えないという訳で。私の大好物、近所のパティスリーの「ミルフィーユ」も二度と食べられないという訳で……。状況を整理していく内に涙目になった私を見かねたのかヘンゼルさんが駆け寄る。片膝立ちになったヘンゼルさんを見たアーブルさんがヘンゼルさんよりも深いお辞儀をする姿勢をとった。
「申し訳ない。君の事情や意思を無視して話を進めてしまった。元の世界に帰れる方法を探すから、それまでどうかこの城にいてくれないだろうか。」
「あ、あの、立ってください!王様がそんな、私なんかに頭を下げるなんて……」
「なんかではない。君は救国の聖女で、今この国に最も必要な人物なんだ。でもその事に気が行き過ぎて、君が一人の人間だということを忘れていたよ。」
「その……救国とは言いますが、私に何ができるのか検討もつかないんです。」
ヘンゼルさんと話している内に、ふと思い出した。ゲームやファンタジー小説の中に入ってしまい、原作と現代の知識を活かして奔走する、そんな物語があった事を。しかし私はこの世界のような作品は知らないし、長けた専門知識を持っている訳でもない。例えば私の好物の一つであるチョコレート。それをカカオから作ってくださいと言われても、インターネットの力を借りねば何一つ分からない。
「貴方達の言う『聖女』が私だと決まっていない以上、此処でお世話になる訳にはいかないと思うんです。」
「そんなことはない。異界の者がこの国の、しかも書斎に現れただなんて前代未聞だ。きっと何かがあるはずなんだ……。でないとこの国の民が──」
「殿下、スミレ様も突然の事で困惑しておいでです。案内は私がいたしますので、少しお休みください。」
「……藁にも縋る思いとは、このようなことを言うんだな。君が不安になるのも無理は無い。だから約束しよう。もし君が聖女でなかったとしても、君を見捨てたりはしないと。」
そう言い切った彼の眼差しは強く、年若くとも王なんだと改めて実感した。それと同時に、彼等が置かれている状況が私とは比べ物にならないくらい深刻なのでは……。そんな予感を思わせた。『誠実』という言葉をそのまま人の形にしたようなヘンゼルさんの印象はとても好感が持てるし、帰れない以上自分にできることはしてみたい。調べていく内に戻る方法が見つかるかもしれないし。
「アーブルさん……この国について、世界について……教えて下さい。」
「スミレ様……ありがとうございます。」
二人は体を震わせながら深々と頭を下げた。
「それにしても凄い量の本……これが全部歴史書なんですか?」
「いえ。使用を禁じられた魔術の本であるとか……例えばこれは『予言書』であると古くから言い伝えられておりますが、誰も読むことができないのです。」
そう言ってアーブルさんが手に取った本は、真っ赤なレザーに金色の箔押しが施された豪華な装丁の本だ。あれ?題名が日本語で書かれている……
「『血塗られた狼と贄の羊』ですか。なんだか小説みたいな本ですね。」
「「え」」
二人が同時に発声し、視線を交わす。一瞬時が止まったようにしん……と静まり返ったと思えば、
「君、これが読めるんだね!?」
ヘンゼルさんが目を見開いて食い気味に詰め寄る。強引に手渡された本をはらり、とめくると、そこには確かに日本語の小説が手書きで記されていた。誰も読めない文字というのは我が母国語、日本語で間違いないらしい。『予言書』ってまさか、『原作』の事……!?原作小説が、原作の中にあるだなんて──しかしこの手書きの文字が丸っこくてなんとも可愛らしい。著者は女性かな……あれ?何だかこの文章、比較的新しく書かれたように……というより、古くに書かれたものには思えないのだけれど。
「スミレさん!何が書いてあるか、翻訳してくれないかい!」
ぼんやり考えていたところをヘンゼルさんが急かす。どうしよう。『貴方達の世界は物語で、これはその原本です!』なんて言いたくはない。二人には悪いけれど、少し時間稼ぎさせてもらおう。
「あの、実はこの世界の専門用語?らしき単語が多くて……その部分が分からないのです。書かれている人物の名前も、私にはピンとこなくて……」
「なるほど、翻訳にはある程度の知識が必要という事ですか。でしたら私が授業をいたします。そういえば我が国の現状などもお伝えしていませんでしたね。今から……は大変でしょうから、明日からにしましょう。」
「ありがとうございます。正直に言いますと、色々あってヘトヘトなんです。」
へへ、と苦笑いして何とか誤魔化した。誤魔化せた……のかな?
「この国が好きになってくれるよう、僕も頑張るから……よろしくね、スミレさん。」
「はい、よろしくお願いします……。」
「スミレ様、ご夕食のリクエストはございますか?」
「あっ!私、美味しいものが大好きなんです!この国の名物料理を知りたいです!」
「であれば厨房に伝えなければ。ヘクセン料理のフルコースを、と。」
こうして今後の方針を決めた私達は、始まりの書斎を後にしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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