実直な幸せと刀
神之児戯ep89
いや、御前試合では俺も百合の打ち込みを捌き切るのがやっとで十分本気だった。
ここでそれを言ってもこの場を逃れるための言い訳だと信じてくれないかもしれないが。
刀に生きてきた者が自分より強いものに惹かれる理屈はわかる。
だが、夫婦になるなら、まずは相手の人間性だろ。
いや、この世界ではこれが常識か、強い男と結ばれ強い子を残す。感情よりも子供を設ける事が何よりも重要なのだろう。
「それで柊花さんが本妻で菫さんが権妻でよろしいでしょうか?」
「ああ、それで合ってる」
柊花と菫だけならそこは決めるつもりはなかったが百合が加わるとなればそこはきっちりしておくべきだろう。
「では、子作りはまず柊花さんに子供ができてからですね」
「……子づ……」
百合の言葉に菫はぼそっと呟きながら、柊花は無言で顔を真っ赤にして俯く。
「夫婦となり子供を設けて育てるのが女の務めであり、幸せではありませんか」
この世界ではそれが当たり前なのかもしれないがあまりにも真っ直ぐすぎる。
この世界の価値観が間違ってるとは言わないが……。
「百合、幸せの価値観は人それぞれだ。勿論、子供を設ける事は幸せだと思うが、それだけが幸せじゃない」
「それはどういう……」
「それを今この場で説明しても理解はできないだろう。一緒に暮らしながら理解していけばいい」
実際、説明して理解できる事じゃないからな、一緒に生活していく中で実感してもらうしかない。
家に向かおうと城の中を移動中に武道場の傍を通ると人の声と木刀を打ち合う音が聞こえてくる。
「……あちらは?」
「……武道場だ」
百合の問いに守岡が答える。
「少し見学させていただいても?」
「……構わない」
百合に聞かれた守岡が桜姫を見ると、桜姫は無言で頷き返し、それを確認した守岡が再び答える。
「庵殿、もう一度立ち合っていただけませんか?」
そういう百合は先程までと違いなんだか嬉しそうだ。
庵はどうしたものかと桜姫の顔色を窺う。
「……どうぞご自由に」
桜姫は半ば呆れた様に答える。
百合と挨拶を交わすまでのこの一ヶ月間、退治依頼をいくつかこなし、その分、魂を吸収して身体能力も向上している。
御前試合の時よりは有利に立てると思うが。
百合は壁に掛けられた木刀の中から一本を手に取り感触を確かめるように素振りをしてみせる。
本当に刀が好きなのか、その顔はどこかあどけない少女のように見えた。
御前試合で立ち合って分かった百合の恐ろしさは見切りの凄さだ。
たぶん、目がすごく良いのだろう。
相手の体の動きから瞬時に刀の軌道を見切り合わせてくる。
その為に周りの人間には百合が動いた後に相手がわざとそこに打ち込んでいるように見えてしまう。
「では、僭越ながら私が立会人を務めよう」
そう言うと桜姫の後ろに控えていた守岡が前に出てくる。
庵も壁に掛けられた木刀の中から一本を手に取るとお互いに距離を取り向き合う。
いつの間にか武道場にいた者たちも桜姫と守岡が連れて来た者たちの勝負を見届けようと端に寄って黙って固唾を飲んでいた。
「では、始め!」
守岡の開始の合図を聞くや否や百合は予備動作もなく庵との距離を詰め横薙ぎを打ち込んでくる。
だが、庵はそれを間一髪の所で後方に下がって避ける。
「ははっ!」
百合は避けられた事が嬉しかったのか笑い声が漏れる。
あぶねぇ、まさか開始と共に間髪入れずに打ち込んでくるとは……。
庵は平静を装いつつも内心慌てていた。
百合はすかさず距離を詰めると庵の顔に向かって突きを繰り出す。
庵は顔をずらして木刀で百合の突きの軌道を右側に逸らす。
百合は型にはめた考え方をして、それを信じて疑わない性格




