生への帰還
神之児戯ep86
「どういう事じゃ?」
琴葉は洞窟に向かって列をなす亡者たちを見ながら事態が理解できずに困惑する。
庵は洞窟の出口の上から火のついた流木を掲げながら亡者たちの様子を窺う。
亡者たちは流木の火に興味をなくし洞窟の出口まで来ると、そのまま倒れる様に海に飛び込んでいく。
その様子を確認した庵は火のついた流木を海に投げ捨て琴葉の近くまで戻る。
「おぬし、何をした?」
琴葉は戻ってきた庵を見て列をなす亡者と庵を交互に見ながら聞く。
「胎内巡りって知ってるか?」
「たいないめ……、なんじゃ?」
「胎内巡りだ」
神使の娘ならもしかしてと思ったが、やはり知らないか。
まあ、俺も土壇場になって思い出したんだがな。
「胎内巡りは暗い洞窟を母親の産道に見立てて洞窟を通ると新たに生まれ変わるという儀式だ……」
元の世界にあった儀式で観光名所になっていた。
元の世界では亡者は強い未練や欲望を持つと云われている。
音や光などに反応するのもその為だ。
生前の未練なのか、或いは亡者になった事で欲望だけが強く残ったのか。
どちらにしても生への強い執着があると思われる。
亡者が漁師を襲うのも生に執着があるからだろう。
生者の生気を求めるのは生き返りたい生まれ変わりたいという本能から。
母親の産道を連想させる洞窟に入った事でその執着や本能が満たされたのだろう。
庵は胎内巡りについて元の世界の事を省いて琴葉に説明した。
「じゃからといって、こんな単純な事で本能が満たされるのか?」
琴葉は庵の説明を聞いても理解できない様子だった。
「腹が減ったら食い物が欲しいだろ? そして腹がいっぱいになれば満たされる。食い物を欲するのは生きるための生物の本能だ」
「……ん〜」
琴葉は理解はできても納得が出来ないのか唸り声を上げながら考え込む。
最初の亡者が入ってから暫くすると亡者たちは庵や琴葉が近づいても全く反応せず大人しく洞窟へ歩を進めていく。
もしかしたら亡者たちには共通の意思の様なものがあるのかもしれない。
あの洞窟を通れば生まれ変われるという意思を共有し大人しく洞窟に向かっているようだ。
小屋の周りに亡者たちがいなくなったのを確認すると小屋の中に避難していた村人たちも恐る恐る小屋から出てくる。
「……終わったのか?」
「……急に静かになったぞ」
小屋から出てきた村人たちは状況を確認しながら辺りを見渡す。
「見てっ!」
小屋から出てきた女性が洞窟に向かって列をなす亡者たちに気づき指さしながら言う。
「いったい何が?」
村長は庵たちに近づき疑問を投げかけ、庵は村長にも胎内巡りについて説明する。
――――
「昔は修験者が洞窟を母体に見立て、そこを通り抜ける事で新しく生まれ変わる修行をすると聞いた事がありますが……」
村長は庵の説明を聞いて驚きながら感心する。
江戸時代に胎内巡りは、まだそこまで一般的ではなかったのか……、それとも都やこの漁村などでは風聞に差があるのか。
「……剛蔵」
声が聞こえ見ると昼間の老人が列をなす亡者の中に息子の姿を見つけ膝から崩れ落ちる。
その他にも列をなす亡者の中に夫や恋人の姿を見つけ泣き伏す村人がいた。
沈んだ死体はもう動き出す事はないだろう。
死体の回収や弔いは村人たちに任せよう。
亡者たちは外が明るくなる前には、すべて海に飛び込んでいった。
やがて外が白んでくると全ての終わりを告げていた。
夜が明け、朝になると庵たちは村長の家で依頼完了の報告をしていた。
「ありがとうございました」
村長は改めて庵たちに深く頭を下げた。
前話を投稿した日に気分が乗って一日で書き上げてしまった




