疑惑
神之児戯ep72
翌日。
守岡が庵の家を訪れていた。
「珍しい、というか家まで来るのは初めてですね。どうしたんですか?」
「突然すまんな」
居間で庵が守岡と話していると、お盆にお茶を乗せた柊花が入ってくる。
「どうぞ」
守岡は自分の前にお茶を出す柊花に軽く頭を下げる。
「……先日の御前試合に関してなんだが」
まあ、今訪ねてくるならそれしかないだろう。
「ええ」
「……実は上様が庵殿と百合殿の一騎当千の強さを見て末恐ろしいと不安を抱いたらしいのだ」
成る程、試合が終わったら吉宗が足早に試合場を出ていったと思っていたが、そういう事だったか。
確かに、あんな人間離れした力を見たら恐ろしくもなるか。
まさか自分が他人から恐れられる事になるとは考えもしなかったが。
余り本気を出しても余計な厄介事に巻き込まれかねないと、そんな事ばかり心配していたが、それもあったか。
「無論、庵殿がそんな人間ではない事はわかっている。これでも人を見る目はあるつもりだ」
まあ、町奉行なんてやっていれば人を見る目は嫌でも身につくだろう。
「上様も人を見る目はあると思うのだが、自身を取り巻く環境のせいか、どうしても疑心暗鬼にならざるを得ないのだ」
「つまり、俺が謀反を起こさない確証が欲しいと?」
「端的に言えばそういう事だ」
……う〜ん、一度吉宗とは本音で話し合う必要があるか。
「上様と話す事は出来ますか?」
「ああ、こちらもそのつもりで迎えに来た」
どうやら守岡もそのつもりだったようだ、話が早い。
庵と守岡は城に到着すると桜姫と合流し、御殿の謁見の間へ行くと吉宗は以前の様に上座と下座を隔てる段差に腰掛けていた。
庵が頭を下げながら謁見の間に入ると吉宗は庵の顔を見て緊張と戸惑いが入り混じった表情をしながら立ち上がる。
「……上様」
何も言わない吉宗を見て守岡が声を掛ける。
「……あ、ああ、面を上げよ」
「はっ」
ああ、駄目だなこれは、完全に怖がられてる。
「……はあ」
庵が吉宗の態度を見て溜め息を漏らすと吉宗はその溜め息にびくっと反応する。
「……上様」
「な、なんだ⁉」
庵に呼ばれて慌てる吉宗の態度を見て庵の背後で守岡が頭を抱える。
「本日は色々と本音で話し合うために来ました」
「そ、そうか……」
吉宗は返事をすると上座に用意された座布団に座り、桜姫は上座の端に、守岡は下座中央脇に座ったので庵は吉宗の向かいの下座中央に座る。
「ごほん、それで話とは?」
「まず俺は基本的に悠々自適な生活を送りたいと思っています」
本当は悠々自適な異世界生活だが、異世界とつけても混乱させるだけだからな。
「悠々自適……、確か最近流行りだした言葉だな、世間の出世争いや人間関係から身を引いて隠居生活を楽しみたいという意味だったか?」
最近? こっちではそういう設定なのか? それとも元々江戸時代から使われだした言葉なのか?
「隠居生活は違いますが出世争いや人間関係についてはそうですね。上様や桜姫様や守岡殿とは良い関係を築けてると思ってます。でも、これから先もそうとは限りません」
庵の話を聞いていると吉宗の表情はいつもの表情に戻っていく。
「特にこれ以上出世すれば嫌でも気を使う相手は増えていくでしょう」
庵は心底面倒そうな顔をして不快感を顕にする。
「……つまり金や権力は要らないと?」
「まあ、金はあるに越した事はないですが、それによって厄介事に巻き込まれるなら生活できるだけの金があればいいので」
「成る程……」
吉宗は緊張で強張っていた身体から力を抜くと安心した様にほっと溜め息を漏らす。
悠々自適という言葉は正確な記録はないがだいたい江戸時代から使われ始めたそうな




