第一章)冒険者の日々⑥ 冒険者酒場〈暁の剣亭〉にて
「それじゃ、偶然の再会に」
「再会に」
冒険者酒場と呼ばれる、冒険者御用達の酒場にやってきた。
〈暁の剣亭〉と言えば、冒険者の間でもよく知られる名店で、格安といっても僕のような駆け出しからすれば、少しばかり冒険心が必要な店だ。
給仕の持ってきた素焼きのビアマグをガコンとぶつけて乾杯する。
グビリと一気に飲み干して満足の息を吐く。
ダージェはエール、僕は果実水だ。
他国では違うらしいのだが、この辺りでは最初の一杯は、激しく酒盃をぶつけてから一気に飲み干すというのがマナーになっている。
元々は、音による悪魔祓いが起源とも言われているが、今ではただの景気づけである。
「くぅ、喉が焼けるぜ」
「それは良かった。僕の果実水もスッキリとした味で美味しいです」
水が豊富なこの国では酒造りが盛んで、色々な酒が各地で作られている。
特にこの王都近郊ではエールの生産が盛んだ。
王都の東側では、麦芽の風味がずっしりと残る“深麦酒”。
西側では、苦味を抑えあえて軽めに仕上げた“清麦酒”を生産している。
ダージェが頼んだのは、清麦酒。
食前や食事中に飲み、一気に喉を潤す事に重きを置いたエールである。
僕の飲んでいる果実水は、水に数種の果物を砕いたものを放り込んだ味付きの水だ。
アルコールも飲めないわけではないが、純粋に苦手だったりする。
店によっては蜂蜜を入れたり果汁を搾ったりと味付けも様々なのだが、ここでは柑橘系の酸味が強く出ている。
アルコールが苦手な子供や女性向けの飲み物ではあるのだが、『お子ちゃまはミルクでも飲んでな』などというバカな煽りを入れる客などここにはいない。
特に冒険者は、強さに歳など関係ないということがよくある。
冒険者御用達のこの店で、そんな事を言えばどうなるかなど、常連こそよく知っているのだ。
「あいよ。〈おまかせ〉三人前ね」
ドンッとテーブルに置かれたのは、山のような肉。
しかも、部位も種類も様々な肉がこれでもかと盛られている。
この店の1番人気のメニューといえば、この〈おまかせ〉しかない。
冒険者ならば体力勝負だ。
だから、店の料理は肉、ただそれだけだ。
豚や牛だけでなく、魔猪や大熊、小型竜。
それぞれに適した調理法で焼く、揚げる、炙る。
そしてそれがドカーンと盛られるのがこの“おまかせ”というわけだ。
三人前なのは、ダージェが二人分以上は食える、と断言したからだ。
「お、今日はついてるな。誰か草原巨牛を持ってきたな。こいつは美味いんだ」
この店が冒険者御用達と呼ばれるのには訳がある。
酒の種類と肉の量、そして価格も一因ではあるのだが、もうひとつ、この店ならではのサービスがある。
それが、肉の持ち込みだ。
高級店に出入りできるような上位ランカーは別として、とにかく冒険者というのは金がない。
そこで、この店では冒険者が獲ってした獲物を持ち込むと、直接の買取こそしないが、それを調理して振舞ってくれる。
そのおかげで、ここではたまにこういう高級食材がでてくることがある。
獲物を捕らえるのも解体するのも冒険者ならばできるだろうが、それをうまく料理できるかと言えば甚だ疑問だ。
高級肉の魔獣をせっかく倒しても、それを当の冒険者が食べようと思えば、依頼報酬以上の値段となってしまう。
自分で焼くにしても、黒焦げの炭になってしまってはどうしようもない。
そこで、解体した肉をここに持ってくれば、こうして上等な料理にしてくれるのだからありがたいことだ。
「そういや、俺の名前は知っていたな」
出てきた料理の中から、骨付きの肉を取り出し、それを食いちぎりながらダージェが言う。
決して上品とはいえない食べ方と、彼の風体だけ見れば、山賊かなにかだと思えなくもない。
「はい、三年前に教えてもらいました。僕はエルゥ。歳は十三、Eランクです。改めて、あの時と今回もありがとうございました」
僕も肉の山の中から、手頃なサイズの肉を両手で持って頬張る。
何の肉かはわからないが、塩とスパイスを効かせて揚げてある。
かぶりつくと、まるで中に隠されていたかのように肉汁がドバりと溢れてくる。
強めの塩味にテラテラとした脂の甘み。
この一口だけでも、普段の食事からは考えられない満足さだ。
「ん、んぐ。っはぁ。よせよ、照れくさい。あれは、あの時に立ち上がったお前さんに感化されただけだよ。普段ならあんなのは見過ごしてるさ」
肉をばくりと口へ放り込んだかと思えば、ジョッキから無作法にビアマグへとエールを注ぎ、すかさずぐびぐびと喉から音を立てて流し込む。
ダージェの食べ方は、豪快だが実に美味しそうだ。
「知ってるだろうが、俺の名はダージェ。Dランク冒険者だ。歳はお前さんより三つ上だな」
ダージェの位階を聞いて驚く。
あれだけの強さを持っているのにDランクなのか。
三年前でさえ、Cランクの中でも高位の幻獣王討伐していたのだ。
少なくとも、あの時点でDランクだったはずだが、まだ昇級していなかったのたのか。
僕の思っているより、冒険者としての壁は高いのかもしれない。
「まあ、俺の話はいいんだ。それより、確かエルゥは司祭の息子じゃなかったか? この王都はあの村からは結構ある。なんだって冒険者なんかやってるんだ?」
当然、近況報告というか、こういう話題になるだろう。
「実は、あの時に村が魔物の氾濫に襲われていたんです。幻獣王に森の魔物たちが追われたみたいで。それで僕だけが生き残って、領主軍に保護されて王都の神殿に。それから去年、神殿から出て冒険者に登録したんです」
「マジか……。村のことは大変だったが、命があるだけでも不幸中の幸いだったな。そうか、村がひとつ消えて子供が一人だけ生き残ったって話はどこかで聞いたことがあったが、まさかエルゥの事だとはな」
本当にギリギリだった。
あの日森に入らなければ、森で幻獣王に会わなければ、そしてダージェに助けられなければ。
どこかひとつでも間違っていれば、あの日、僕は死んでいるはずだった。
今更、神様など信仰する義理もないが、あの日助かったことは、確かに奇跡のような偶然だった。
「ん? そういや、神殿から出てきたって言ったな。てことは、お前さん神官じゃないのか?」
実に痛いところを突いてきた。
本来、治癒魔法は魔法の中でも特別で、教会で教えを受けた神官でなければ使用できないのだ。
「僕は孤児として神殿に預けられだけで、正式に神官としての教えは受けていません。……一応隠しているんですけど、父の見よう見まねで、初級の治癒魔法だけ使えるんです」
「おぉ、マジか。そんなんで使えるもんなのかよ。いや、確かにそりゃ秘密にした方がいいよな」
この治癒魔法の独占こそが教会の権威を吊り上げているのだ。
正式に教会に属していない僕が使えるというのは、いかにも都合が悪い。
「そんなわけで、何とか“一年の壁”は、越えられそうです。二ヶ月後にはDランクですよ」
「なるほどな」
冒険者ギルドでは、冒険者をS~Eの六段階に位階を定めている。
依頼の達成やギルドへの貢献をポイント化し、そのポイントを元に位階が上がっていく。
但し、表向きに定められている累計ポイント以外にも、公表されていない裏の課題も設定されており、これをクリアしないと昇級はできない仕組みになっているのだ。
Dランクの昇格基準は、『冒険者資格をもったまま、一年生き残る』ことだ。
真っ当にしていれば、一年後には昇級できると取れるのだが、これが実は難しい。
Eランクでは、『月に三度の依頼達成』と『犯罪記録がない』ことが定められている。
討伐依頼を受注できないEランク冒険者は、普通に暮らしているだけでも、日々の生活だけで赤字なってしまう。
そこで何が起こるかといえば、焦って犯罪に手を染めたり、ろくな装備も用意できずに身の丈以上の依頼を受けて取り返しのつかない傷を負ったり、といったことになる。
冒険者の仕事とは、生活の最底辺の受け皿ではあるのだが、その受け皿に乗れる数は決して多くないのだ。
ダージェ自身も地方の村の生まれだったが、魔物に襲われて早くに両親が他界、生まれ持った体格の良さと珍しい黒髪がわざわいして、村では孤立していた。
そして出稼ぎの一団に同行して、王都で冒険者となり、今に至るらしい。
それからしばらくの間、お互いにこれまでこなしてきた依頼の話などを語った。
僕は僕で、それなりの苦労をしてきたのだが、先輩冒険者であるダージェの冒険譚は、やはり胸踊るものだ。
幻獣王もそうだが、Cランクのなかでも、上位に当たるいくつかの魔物は、場所によっては、地方の主と呼ばれるような大物である。
鎧大獣、大猿、石蛇鶏を討伐した話は、勉強になるだけでなく、一人の男子としても興味深かった。
いくらでも話を聞いていたかったが、肉もなくなり、お互いに二杯目のジョッキが空になった。
名残惜しいがそろそろお開き、と思っていた頃、ダージェがとんでもないことを提案してきたのだ。
「なあ。お前さえよければ、今度俺の依頼に着いてこないか? 当然、Cランクの大物狙いだ。もうすぐDランクに上がるっていうなら、先に経験しておくのも悪くないと思うんだが」
「え、えぇ!?」
Cランクといえば、幻獣王と同じ位階帯の魔物だ。
ずっと、単独でやっているダージェはともかく、僕にとっては、荷が重すぎる仕事だ。
だが、たしかにこの先、上を狙うのなら避けては通れない。
「で、でも、僕なんか一緒じゃ、足手まといに……」
「承知の上だ。Eランクにそこまで期待してねぇよ。それと、当然だが依頼報酬は山分けだ」
「いやいや、全然当然じゃないよ」
ダージェの申し出は、単純にありがたい。
Dランクとはいえ、何度もCランク討伐の経験のある先達に教導して貰っての依頼だ。
今後、自分だけで討伐依頼を受けることは無いだろうが、それでも生身でそれを経験できるのは、とてつもない財産となる。
本来ならば、山分けどころかこちらが護衛代を支払ってもいい案件だ。
そこまで考えて一つ気になったことがある。
多分、ダージェは、先程の魔法もどきをあてにしているのだろうが、あれは本当にまぐれだし、かなり負担も大きかった。
もう一度やろうとしてできる自信はない。
それに、もちろんダージェ相手ならばいくらでも魔法を使うつもりではあるが、根本的に僕の魔法は隠しておくべき力なのだ。
「それと勘違いするなよ。お前の魔法はあてにはしているが、それが理由でもない。そもそも外じゃ隠しておくべき魔法を理由に誘うほど俺も間抜けじゃない」
顔に出ていたのか、ダージェに先手を打たれてしまう。
本当に彼は無骨な見た目に反して優しい人だ。
結論はもう決まっているが、やはり彼ならば安心して任せられる。
「で?」
「はい、お願いします!」
※この世界での飲酒は、子供も含めて違法ではありません。水魔石による給水施設がない場所では、生水はそのまま飲むことが出来ず、水よりも安酒を飲むことが一般的です。
※最近の創作物では、異世界酒場では小さな木樽のジョッキというイメージがあるみたいですが、あれは創作らしいですね。いわゆる中世の酒場は素焼きのビアマグというか壺で飲んでいたらしいです。