第一章)冒険者の日々② 採取依頼と特別な力
採取の目的地へは、ギルドが用意した巡回馬車が出ている。
今回のガケヤリタケのように、定期的な採取以来がある素材については、ギルドが採取地を既に確保している場合が多い。
素材や鉱石の類いの依頼は、冒険者としてもギルドとしても安定した収入源となる。
それを放っておけば失敗する確率が高い新人冒険者に丸投げするなど、ギルドからしてもリスクしかない。
そこで、いくつかの素材については、その採取地をギルドが管理し、本数は少ないが巡回馬車も出している。
「バルルルルン」
馬車といっても、引いているのは馬ではない。
走地竜という、牛ほどの大きさをしたトカゲ型の魔物だ。
温厚だが力が強く、最高速こそ馬には劣るが、こうしてゆっくり馬車を走らせるには問題ないし、何よりもたくさんの人や素材を積めるのだ。
余談だが、この走地竜。
討伐する際の魔物ランクはDランクなのだが、野生のものを捕獲しようと思うと、その難易度はCランク依頼相当になるらしい。
野生の走地竜を捕まえて自分の馬車を引かせることは、一流冒険者のステータスだと言われている。
目的地の崖へ到着し馬車を降りる。
鬱蒼とした林を抜けると急に視界が開け、岩場と切り立った崖が目の前に現れる。
「さて、と」
まずは周りを軽く偵察する。
身動きの取れない崖で魔物に襲われてはたまらない。
他にも注意することはある。
依頼を横取りする他の冒険者や盗賊にも注意は必要だし、崖へ降りるルートの選別も重要だ。
崖を覗いてみると、斜面に対してまるでヤスリのように逆だった赤いトゲが見える。
あれが目的のガケヤリタケだ。
上手い具合に取れ頃の株がいくつか群生している。
だが、そこまで行くルート取りが難しいのだ。
下手な道を選んで足を踏み外せば、危険は免れない。
半刻ほどウロウロし安全を確認して、基点となる岩場にロープをかける。
この崖にももう何度が来たことがある。
慣れた手つきで命綱のロープをかけ、サンダルを脱いで崖を降りていく。
この足場なら裸足の方が安全だ。
最初にここへ来た時にはロープなどなく、それこそ生身でこの崖を降りたものだ。
以来、ロープは必需品として常に持ち歩いている。
素材を縛ったり、体を固定したりとかなり便利なのだが、一度失敗しないとこういうことは分からない。
「あ、ラッキー」
崖を降りていると、岩陰にシロスズランが咲いていた。
正式名は、水晶釣鐘。
魔力を大量に含んだ魔草に分類される。
こいつは自分では動かないただの草と同じようなものだが、もっと魔力が高い有名な種類で言えば、動く樹や樹人などの魔物と同類にあたる。
ともかく、こいつは薬草としても魔法の触媒としても有用で、かなりの高値で売れるのだ。
採取素材について説明しておくと、冒険者に関わる採取物と言えば、大きく三つに分かれる。
ひとつは、通常の依頼による採取。
カウンターで依頼を受注し、品質や数量をクリアした上で取引される。
当然、報酬は依頼報酬のみで、買取金額はつかない。
ランクに応じたギルドポイントが付き、この累計でランクが上がっていくことになる。
もうひとつが、薬草採取。
これは常設依頼と呼ばれるもので、冒険者にとって必需品である回復薬の材料である数種類の薬草は、常に買い取りを行っている。
買取報酬はもちろんだが、少ないが一応ギルド貢献のポイントも付与される。
最後が、通常採取。
今回のシロスズランのように途中で採取した素材や、討伐依頼で倒した魔物の素材などを直接ギルドへ持ち込んで買い取りする方法だ。
ちなみに討伐依頼では、討伐そのものが依頼達成条件であり、素材の買取は別扱いとなる。
この場合は、買取報酬のみでギルドポイントは反映されない仕組みだ。
今回は、本来の採取依頼とは別に、他の採取物も買い取ってもらう算段だ。
腰袋から小さな袋を取り出し、シロスズランだけ別にしてそっと袋に入れた。
時と場合にもよるが、こうして特別な素材は別にして保管しておいた方が、何かと安心だ。
単純に汚れや臭いで買取価格が下がることもあるし、今回のガケヤリタケは、傘が固い。
もみくちゃにしてしまっては、そもそも買い取ってくれるかが怪しくなってしまう。
こういったことも、何度かの失敗を基にした経験である。
分けた小袋をしっかりと腰に括りつけ、そのまま崖を降りていき、目的のガケヤリタケを確保した。
ロープを頼りに崖を登り、幸いにも魔物や他の冒険者の妨害にも遭わずに採取が完了した。
「……、あれ?」
足元に違和感を感じて確認してみると、右のスネの辺りから血がうっすらと染みている。
座ってよく見てみれば、ズボンも裂けて、その下の肌がぱっくり割れている。
気が付かなかったが、恐らく崖のどこかでガケヤリタケに引っ掛けてしまったのだろう。
うーん、と一瞬考え、きょろきょろと辺りを見渡す。
念の為に確認したが、やはり周囲に人の気配は無い。
とりあえず傷自体は大きいものの、浅く切っただけで血の量も少ない。
放っておいてもすぐに治るだろうが、膿んできても怖いし、何よりもズボンがこれ以上汚れてしまうのも余計な出費だ。
破れた部分は縫えば直るが、血の汚れを落とすのは大変なのだ。
「魔力を捧げて……」
傷に手を当てて祈ると、手の周りが小さく光り出す。
魔法の発動による魔力の光、魔法光だ。
数秒の祈りを終えると、傷はきれいさっぱりと無くなっている。
これが、剣も使えない、体力だって人並みにしかない僕が、辛うじて冒険者をやってこれた理由だ。
本来は、教会に所属し聖典を学び、特殊な加護を与えられた僧侶や神官のみが扱える奇跡。
それが怪我や病気を治癒する魔法、“治癒魔法”だ。
治癒魔法は、他の四大精霊の力を基にした精霊魔法とは、基本となる術理が異なっている為、どれだけ優秀な魔法使いにも使うことが出来ない。
だからこそ、治癒魔法という奇跡を扱える教会はその権威を保ち、莫大な利益を集めているのだ。
だが、幼い頃から司祭に聖典を暗記させられ、わずかな期間とはいえ教会に預けられ、実際に治癒魔法を使用する場面を多く見てきたこともあり、なんと見様見真似で初歩の治癒魔法を使うことが出来てしまったのだ。
昔から物覚えは得意だと思っていたのだが、これだけはもう才能だったと思っていいだろう。
とはいえ、本来なら教会が独占しているはずの能力を、一介の冒険者が使えるというのは、かなりまずいだろう。
たとえ、使えるのが簡単な擦り傷をなおす程度の初級の魔法だけだとしても、教会に知られれば、目の敵にされるのは間違いない。
だから、このことだけは周りに知られないように十分注意を払ってきている。
ちなみに、冒険者の中にも治癒術士という職種持ちはいるのだが、基本的には全て教会からの派遣者である。
彼らは冒険者として活動はしているが、修行、または救済を名目として冒険者活動を行っており、その報酬は全て所属の神殿へと納められる。
彼らの収入は、教会からの給与のみとなるのだ。
稀に、教会から離脱した在野の治癒術士もいるにはいるのだが、そのほとんどは高位の冒険者パーティに所属して、教会からの干渉を受けないようにしている。
ともかく、一般的に治癒術士は希少職であり、多くの冒険者パーティからすれば、憧れの人材なのだ。
採取したガケヤリタケの大袋、シロスズランやそのほかの薬草を詰めた小袋、そしてロープを回収してリュックの荷物を詰め直す。
帰りもギルドの馬車を使うつもりだが、そこまで行くにも森の中を通らなければならない。
行きと違って帰りは採取物があるのだ。
それでも、最低限両手は使えるようにしておかないと、ただの森とはいえ危険がないわけではないのだから。
水筒に薬入れ、非常食。
他にも依頼に役立ちそうな小物をいくつか。
それを上手い具合に詰め直すと、なんとか収まってくれた。
「よし、と」
リュックを背負い、帰り道を歩き始める。
荷物はずっしりと重いが、この重さが今日の報酬なのだと思えば苦にならない。
というか、そう思わなければやっていられないのだが。
森をぬけてしばらく待っていると、ギルドの馬車がやってきた。
時間的にも、他の冒険者もそれぞれに依頼を達成した後の帰り道だ。
帰りの馬車では、馬車の後ろに、もう一台荷車が連結されていた。
大きな小型竜が三匹載せられており、乗客の誰かが狩ったものなのだろう。
討伐難易度としてはCランク相当の依頼だろう。
見れば、やたらにゆったりと席に座る一団がいる。
装備からしてDランク冒険者のパーティか。
討伐が上手くいっていい顔をしたいのだろう。
他にも、小さな包みを大事そうに抱えている少年。
それと、うなだれている四十代頃の小汚い男。
少年の方は、僕と同じEランクか。
採取か、配達か。
どちらにしても、そんな大事そうに荷物を抱えていては、ガラの悪いヤツらに襲ってくれと言っているようなものだ。
彼の幸運を祈る。
男の方は、どう見ても依頼に失敗したDランク冒険者だろう。
基本的には、Eランクで一年生き延びることができ、特に問題もなければ自然とDランクになる。
討伐依頼も受注できるようになり、何とか生活出来るようになるはずなのだが、それももちろん本人の技量次第だ。
装備を整えるどころか生活もままならないようだと、依頼もほとんど達成出来ていないのだろう。
遠からず、冒険者ですらない貧民街落ちとなる未来しか見えてこないが、冒険者とはそれすらも自由、自己責任なのだ。
どうにも乗り合わせたメンバーが悪いようで、色々と余計なことを考えてしまう。
モヤモヤとした気持ちを払い、無心となって馬車に揺られることにした。
後述することになりますが、この時点でのエルゥの装備は、
・布の服、上下
・木の板とヒモのサンダル
・木の盾と木の剣
・リュックやロープなど
・水筒
・傷薬、毒消し
中流以上の市民は布か木彫りの靴を履いていますが、下層市民や冒険者のほとんどは、裸足かサンダル、良くて木彫りの靴を履いています。