第一章)冒険者の日々① 三年後。王都・エルディアン
「……う、うぅん」
久々に昔の夢を見て最悪の目覚めとなったが、天気は快晴。
小さな窓を開ければ裏庭の木の枝で、小鳥が羽を休めてさえずっている。
ここは、ベルオーネ王国の王都、エルディアン。
その平民区画の西端にある安宿、“緑楓館”である。
あれから三年。
今は、この宿を拠点として王都で冒険者としてなんとか暮らしている。
あの村の惨劇の後、魔物の氾濫を治めた王国軍によって僕は保護され、司祭の息子という立場もあって王都の神殿へと預けられた。
だが、神殿の孤児院とは、年に数千と出る孤児たちが行き着く場所であり、けして楽な生活が用意されている訳では無い。
身も蓋もない言い方をすれば、教会に勤める僧侶たちの奴隷である。
そして、ある程度成長すれば、卒業という名の放逐が待っている。
基本的には、教会への寄付が多い商家や貴族たちへ、奉公に出る。
すなわち売られるのだ。
そういった事情を既に司祭から聞いていたこともあり、教会から脱走して冒険者に登録。
名もエルードからエルゥと変えた。
そして今に至る、という訳だ。
「さて、と」
うだっていても仕方ないので、裏手の井戸で顔を洗って、とっととギルドへ行くことにする。
宿を出ると、道の側溝でもこもこと動いているものが目に止まる。
粘魔がせっせとゴミを食べているところだった。
王都では、道の清掃や排水溝の整備に特別に飼育した粘魔を使っている。
おかげでこんな地域でも、通りは綺麗に保たれている。
粘魔は雑食性というより、肉も骨も、時間さえあれば木も鉄も食べてしまう。
それでいてFランクと分類されるほどに危険性が少ない。
その性質に目をつけ街の廃棄物を食べさせて手なずけたところ、こうして街の清掃番となったというわけだ。
街の外で出会えば討伐対象となる魔物なのだが、こうして街の中では共存できているというのも不思議なものだ。
この辺りは、王都でも端の端。
身分も稼ぎも低い下層の市民の住む場所であり、大きな通りですら砂利の舗装もされていない。
木で造られた二階建ての建物が多く、まだ閉まっている店も多いが、あちらこちらでいい匂いがする。
朝一番早いのはパン屋だと言われているが、負けないくらい早いのがあちこちにある安宿だ。
僕のように、朝早くからギルドに駆け込んだり迷宮アタックをかけたりする駆け出しの冒険者のために朝食やら弁当を準備するためだ。
生憎と僕の泊まっている緑楓館では、頼めば作ってくれるが、朝食のサービスはやっていない。
ぐぅ、と腹を鳴らせてみても、先立つものもないのだ。
交差点にある公共の水汲み場で腹をふくらませてギルドへと向かう。
低ランクの冒険者にとって、命懸けの真剣勝負とは、森や山ではなく、この朝のギルドでのことである。
「うわぁ、もういるかぁ」
これでもかなり早くでてきたのだが、既にギルドの前には数組の冒険者たちが待ち構えている。
ギルドの開店にはまだ半刻ほどもあるはずだが、皆ご苦労な事だ。
かく言う自分も、そのうちの一人なのだが。
冒険者は、高位から順にSからEの6ランクに分けられている。
それぞれに同ランクの魔物討伐や依頼難易度を達成出来ると判断されたことになるが、僕の冒険者ランクはEランク。
すなわち、冒険者の中でも最底辺の実力ということだ。
位階〈魔物/冒険者ランク〉
・Sランク〈神話級/伝説級〉
……人類が国の枠を超えて対応するべき相手。魔王や一部の高位魔族が対象。
・Aランク〈災害級/英雄級〉
……国が全軍で対応すべき相手。数千人相当。
・Bランク〈高位級/高位〉
……兵士数百人(一大隊)相当。
・Cランク〈上位級/一流〉
……兵士三十人(一中隊)相当。
・Dランク〈低級/普通〉
……兵士五人(一部隊)相当。
・Eランク〈危険級/新人〉
……訓練された兵士一人相当。
・Fランク〈無害/─〉
……一般的には粘魔のことを指す。一般人でも対応可能。該当の冒険者ランクはなし。
とまあ、分類されているのだが、実際の冒険者の実力は、その1ランク下程度と言われている。
実際、僕が厳しい訓練を詰んだ兵士と戦えるわけもないというものだ。
ともかく、ギルドの開店と同時に依頼を確保しなくてはならない。
原則として冒険者の依頼は、高ランク高難易度のものは破格の報酬がつき、低ランクのものは雀の涙というのが通例だ。
当然、Eランクが受注できる依頼など、たかがしれている。
一応、自分のランクよりもひとつ上の依頼まで受注できるのだが、報酬のいい討伐系の依頼は、Dランク以上からしか受注できないと決まっている。
そうなると、報酬の低いEランクの依頼の中から、少しでも割のいいものを死に物狂いで確保しなければ、その日の食い扶持すら稼ぐことが出来ないという訳だ。
やがて、ギルド前の人混みが増え、大柄な大人たちにもみくちゃにされそうになった頃、ギルドの門が開かれた。
わっ、と冒険者たちがなだれ込み、依頼掲示板の前に走り寄る。
掲示板には、ランクごとに何十枚もの依頼が羊皮紙に書かれて貼り付けられている。
冒険者の波に呑まれながら、目だけを左右に行き来する。
討伐系は無理。
作業系もいっぱしに稼げるようなものは体力的に無理。
狙うは高配当の採取系、一択。
アレは遠い。
コレも無理。
こっちは……いや安すぎる。
これはそもそも今の時期じゃない。
他の冒険者だって当然のように死にものぐるいだ。
目をつけた良さそうな依頼はあっという間に剥がされる。
やっとのことで、そこそこの依頼を剥がすことが出来た。
そうして人混みから出てようやく一息つける。
冒険者だなんていっても、要は体のいい小間使いだ。
幼い頃に夢見た冒険譚など、ひと握りの高ランク冒険者にしか縁がない。
元々、冒険者というのは、文字通りに“冒険をする者”だったそうだ。
未開の地を分け入り、そこで交易品ができて町ができる。
現存する王家のいくつかも、元をたどればそういった冒険者だったらしい。
だが、多くの土地が開発され、住みやすい場所はとうに国となった。
未だ眠る天然資源を求める冒険者もいるにはいるが、ほとんどは冒険をやめてこうして安い報酬で命をすり減らしているというわけだ。
そうは言っても、とにかく働く仕事がない連中の受け皿となっている面も否定できない。
僕自身もその口なのだが、こうして冒険者ギルドに登録さえすれば、少なくともその日一食を食べる程度の仕事は用意されている。
冒険者となるのも簡単だ。
冒険者ギルドが冒険者登録する最低基準は、〈立って歩けて、名前がある〉ことだ。
要は字も書けない子供だろうと、杖がないと歩けない老人でも冒険者にはなれるのだ。
依頼をこなすことができるかは、本人の能力次第だが。
改めて掲示板を見てるが、やはりもう残っているのは、ろくでもないものがほとんどだ。
E)皿洗い:日当3000G
E)倉庫の掃除:2500G
安宿での食事が500G程度なのを考えれば、一日かけてなんとか赤字にならずに済むか、というレベルだ。
さらに中には、完全にアウトという依頼まで紛れている。
E)作業補助:日当5万G。食事付き
これについては、報酬どころか生きて帰ってこれれば儲けもの、といった所だろう。
明らかに違法な仕事に関する何かだ。
だが、様子を見ていると、いかにも冒険者登録を終えたばかりのような子どもが、その依頼の前で固まっている。
汚れた服に裸足。
完全に町の孤児か、貧しい村から口減らしに出てきたのだろう。
文字も読めないのだろうが、50,000という数字は分かるはずだ。
そっちじゃない、そのすぐ下にましな依頼が貼られているぞ、と心の中で願う。
他人の依頼には口出しをしない、というのも冒険者の大切なルール。
どれほど安全に見える依頼だって、ひとつ間違えれば命を失う。
薦めたはずの依頼で失敗する可能性もあるのだ。
他人の命を背負うつもりがないのなら、口出しをすべきではない。
「んんっ」
ただ、多少の咳払いくらいは、大目に見てもらえるだろう。
さて、肝心の自分の依頼は、と、
E)ガケヤリタケの採取:6000G
先程の皿洗いと比べてもまあまあな報酬だ。
ガケヤリタケ、正式名・崖槍茸は、険しい崖にしか生えない茸で、歯ごたえとかすかな甘みが特徴の食材だ。
日当たりのいい岩場に自生し、崖に対して逆立つトゲのように生えるキノコで、生の状態の傘は驚く程に固い。
崖を転がり落ちた獲物をヤスリのようにズタズタに引き裂き養分とする、まあまあにえぐいやつだ。
困難という程でもないが、採取する場所が危険なので比較的高値で買い取ってもらえる。
採取ポイントさえ知っていれば、かなり美味しい仕事だ。
さらに、道中で買取対象の薬草などを摘んでいけば、副収入としても文句ない。
ちなみにこういった素材の採取場所や採取のコツは、ギルドのカウンターで有料だがアドバイスをくれる。
だが、それとほとんど同じことが、ギルド横の資料館で無料で閲覧出来ることを知っているものは少ない。
残念ながら冒険者というものは、自ら勉強するのも嫌いなら、教えてもらうのも嫌いという人間が多い。
結果、低ランクの依頼ほど、失敗率が高いというわけだ。
「はい、依頼を受け付けました。行ってらっしゃい」
剥がした羊皮紙をカウンターのギルド員に渡し、受注の登録をする。
先程の子ども冒険者が5万Gの依頼と違う羊皮紙を剥がしたのを横目に見てギルドを後にした。