1話「憎悪」
……お久しぶりです。怠慢人間のズーマです。
この作品の世界線はカノエヴォとは違う世界線です。
仮に同じ用語が出てきても、区別する可能性があります。
ぼちぼちカノエヴォもマオムスも続きを更新しようと思います。
※この作品には差別的な要素が含まれますが、肯定的な意見は込めておりません。あくまでフィクション世界のものですのでご注意ください。
では、お楽しみください
随分と懐かしい友人が訪ねて来た。昔ちょっとした仕事で組んで友人の誓いをして以来、会う機会も減っていたのだが、俺と違って随分と出世したようだった。
「……本当は、元気そうだな、で始めたかったんだがな……」
俺の様子を見るなり、そう言った。
「……久しぶりだな、ギムル。そう言うお前は元気そうだな」
ギムル・アルベッド。宮殿に仕えるかなり良いご身分の人間。本来俺みたいな労働階級の者とは話す機会が非常に少ないはずだが、かつて国王軍の武器製作に関わった際に出会った。
歳は40を超えているがその容姿は無駄に老けることなく、大人の男性らしい余裕を見せていた。きっとこれからも全盛期は更新し続けられるだろう。
……それに比べて俺は……。
「かの天才鍛冶師が……よくもまあここまで落ちぶれたモンだな」
「盛者必衰、ってヤツだろ……」
「……さっき街の出店を見てきたが、品物は悪くなかったぞ。確かに庶民には少し高値かもしれないが……お前の資産なら、不便なく健康に暮らせるだろ?」
「……理由がないんだよ」
「……と言うと?」
「健康に生きる理由がないんだ。尽くす誰かも失って……生きる希望とかそういうのがな」
「……例の件は聞いている。あれは同情に値する……が、お前にとってコレは有効かもな」
そう言うと彼は胸元から羊皮紙を取り出して俺に差し出した。かなりの高級品だ。
「……200万は下らないかもな」
「別に売らねぇよ……」
「見ての通り、国王陛下がお呼びだ。悪いが勅令だ、拒む権利はない」
「……コレが生きる理由になるって?」
「それはお前次第だろ?」
ギムルに連れられて、派手な馬車に乗って宮殿へと向かう。国王からの使者が徒歩で王都の端まで来るまい。仮にも王都、道は舗装されているが糞尿で汚いのはどこも変わらないし。
肘を付きながら車窓から王都の変貌ぶりを眺める。
「中心部はえらく発展したんだな」
「……10年も経てばそりゃな」
「…………」
「……奴隷商売だろうな」
何も聞かなくても、一瞥しただけで彼は俺が眺める物を的確に見当てた。存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだ。
「……宮殿にはいるのか?」
「いないね。一部の貴族の買い物さ。国王ごっこでもやりたいんだろ、現実も知らずに」
「……アイツら人間じゃねぇな」
「? ……あぁ、亜人専門の店なんだろ」
「……違ぇよ」
「?」
「俺が言ったのは奴隷商人がだ」
「……へぇ……」
彼の反応を見るに、俺の方が少数派なのだろう。
「腹が減ったな。食いたい物とかあるか?」
「……あいつらの作ったシチュー……だな」
「…………」
「着いたぞ。粗相のない様にな」
「好き好んでする馬鹿は呼ばれねぇよ」
少し派手さが謙虚になった気がする宮殿はあいも変わらずとても広く複雑な構造で、更に同じような装飾のせいで同じ場所を何度も通った様な感覚に陥る。ギムルから離れたら即迷走案件だ。
使用人達も俺達……いや、ギムルが通る度に頭を下げる。奴隷はいないって言われたが、出身が違うだけで彼女らも根本は変わらない。そうやって教育される家系なんだろう。本来俺とは目も合わせない様な家系の。
結局、どの階級に産まれようがそれぞれの生き方の難しさがある。そういうもんだろ。
「もうすぐ着くから言っておくが……国王陛下は俺達が友人関係にあることは知らない。あくまでお前は国王陛下にお呼ばれして来た庶民、俺は連れてきた使者だ。それ以上の関係はないって体でいくぞ」
「了解しました。ギムル様」
「……気持ち悪いな」
「同感です」
俺はてっきり、豪華絢爛な客間にでも行くのかと思っていたが、連れられて来たのはどうやら少し簡素なパーティ会場らしかった。いくつか豪華な料理が並べられる。シチューは無い様だが。
「そっちの椅子に座って待ってろ。食事には手を出すな。そして俺は手助けできない。くれぐれも……」
「はいはい分かっております、ご心配なく。ギムル様」
「…………」
少し不機嫌そうに、彼は背筋を伸ばして壁のそばに立った。楽な体勢にならないとこに育ちの良さが垣間見える。
(腹減ったな……)
「待たせたな、アルゲティよ」
「いえ、お会いできて光栄です、国王陛下」
紅色と金色で彩られた豪華なマント。純金の王冠。立派に蓄えた髭に歳を重ねた身体。確か70近くか。
昔の様な見るだけで殺せそうな威圧感はもうない。
俺の対面、いかにも玉座といった豪華な椅子に腰掛ける。だが偉っそうに振る舞わない点は好感が持てる。人の上に立つ器ってのはこういう人間を形容するのだろう。
……こう考える俺の方が頭が高いと反省する。
「今日呼ばれた理由をギムルから聞いているか?」
「いいえ。ただ、私が生きる理由になるかも、と」
「そうか。単刀直入に言うと……蛇帝の討伐を依頼したい」
「は?」
思わず素のリアクションをしてしまった。慌てて口元を抑える。ギムルが怒るぞ〜、これ……。
「はぁっはっは!!! そんなに気を遣わんでも気にしないさ!!! 飯も自由に食ってよい。……ふぅ……久々にこんなに笑ったわ……」
どうやら良かったらしい。
……蛇帝。魔王も同じ存在。蛇の姿をした怪物で、どこか別の大陸から多くの部下と未知の病原体を連れてやって来た。その能力の全貌は未知だが……少なくとも、今まで殺せた者がいないというのが現状だ。この大陸の端の端……。ここから歩いて3年はかかる場所に拠点を構えて住んでいるらしい。故にこれらが正しい情報なのかどうかは簡単に判別できない。恐らく憶測が多いだろう。
「そ、それで……蛇帝の討伐というのは?」
「文字通りの意味だ。お主なら問題ないと判断した。それをこなす因縁があるのも事実、それは儂も同じだ」
「……王妃の件……ですか……」
「あぁ。お主と儂は蛇帝を深く恨んでおる、違うか?」
「……違いません。それに恨むだけなら簡単です。ですが蛇帝の討伐となれば話は別でしょう」
「そうだな、倒すべきは他にもいる」
「……四肢……」
「その通り」
四肢とは、蛇帝軍の4人の最高幹部のこと。文字通り蛇の神帝である蛇帝の四肢の様な存在だ。蛇帝に及ばずと言えどもかなり厄介で強い。
蛇帝の討伐という依頼には実質蛇帝軍そのものの討伐が含まれている。
「……人選は?」
「全任する。人数も自由に決めてよいが、大きく金は割けないことは理解してくれ。特に宛がないなら、ここの者を抜擢しても構わん」
自由。故に厄介。
「報酬は?」
「……もしも、1人だけ死者を蘇生できる方法があるとしたら、お主はそれを望むか?」
「……死者の蘇生……?」
「仮定の話だ。1人だけなのだから、迂闊に試せはしない」
……もしそれができれば、アイツらが生き返る可能性があるんだよな……。
亡くした最愛の妻子の記憶が脳内に再生される。経つ日の数だけ夢に見た、あの日の続きの物語。存在しえない現在。
「……どうする?」
「……望みません。彼女らを失ったことだけが現実です」
それを受け入れる他ない。1人だけ生き返らせて喜ぶなんて愚行は俺自身が受け入れられない。
「……そうか。なら別の物を用意しようか。……それで出発の時期だが……早いに越したことはない。できれば1週間以内には」
「1週間……」
仲間や道具は道中でも確保できるだろうが、初めから1人は心もとない。時間に余裕はない。
「猶予がないのも悪いと思っておる。だが野放しにしておくのが良くないのはお主も分かるだろう。それで……依頼を受けてくれるか?」
ここで断ることもできる。拒んだとして……被害が増える可能性もある……かもな。手の届く者の見殺しは俺が俺自身を許せない愚行に入る。
……それを分かったうえで頼まれてる。まったく、卑怯なやり口だ。
「私が拒めない様に誘導してませんでしたか? いずれにせよ、受けますが」
いつまでも落ちぶれてるワケにはいかない。キッカケは巡って来た。俺が定める人生だ、抗う他ない。
「そうだな、少し誘導していた。だが、決断してくれたのはお主自身だ。感謝を」
そう言って彼は握手を求めて手を差し出してきた。
「……折角ですが、それは戻って来てからでよろしいでしょうか。必ず戻って来ますので」
「期待しているぞ。……ギムル」
「はい」
「送ってやれ。彼も道中で用ができるだろう。だが客人なんだ、最後まできちんと付き添って……」
「失礼ですが国王陛下、その必要には及びません。自分の足で帰ります」
「……あれからちっとも変わらないな……」
「……失礼しました」
深く頭を下げて、失礼のないように去ろうとする。
「アルゲティ」
「いかがなさいましたか」
「食べていかないのか?」
俺がまともに生活していないのバレたな。ギムルも複雑な表情してる。
「……でしたら、ありがたくいただきます」
アルゲティの去った部屋。料理が全て片付けられても、国王陛下はお部屋にお戻りにならなかった。
「……ギムルよ」
「はい」
「儂は……間違ったことをしてしまった様だ」
「……そうでしょうか?」
「あぁ。彼の過去を知っておきながら……。悪いことをしたな……。……一つ、用事を頼まれてくれんか? 明日は休んでも構わん」
「はあ……。どのようなご用事でしょう」
「――」
「分かりました」
確かにそのことについては、俺も心配していた。
数時間後、俺は余り物の入った容器を入れた袋を片手に、宮殿から脱出した。自力で出ようとしたことを深く後悔して、何とか宮殿迷路から出れた。一部の宮殿の人間は俺みたいな並の身分の者を嫌う性質がある。故に道を教えてくれない。ギムルとかは除いて、基本的に貴族は嫌いだ。
「……とりあえず、換金するか……」
例の200万する羊皮紙。懐に入れたままだ。ギムルは嘘をつくが、それは方便として使う。だからこれは価値がある。心配しなくても大丈夫だ。
「これダメだな」
「え?」
換金所に行ったが、見られるなり断られた。ザッと見ただけで、価値の判断になると思えない。
「はは〜ん、さてはそうやって安く買い取って高く売り飛ばして、サギろうとしてるな? 俺は騙されないぞ?」
「この羊皮紙自体の価値は高いが、他人宛の手紙を買い取るバカがどこにいるんだよ」
「あ……」
あっさり論破されて、固まってしまった。余裕雀々だっただけに、恥ずかしい。蒸発して消えたい。
「……その腰の代物は?」
「これか? ……自作だよ。鍛冶師やってたんだ」
腰に着けていたナイフを放り渡した。ちなみに宮殿内では回収されていた。
「…………」
こっちは興味津々で、瞬きもせず鑑定している。ご丁寧に手袋まで着けて。
でも俺の作品としてはそこまで良い代物では無かった様な気が。多分31本の指にも入らないヤツだぞ。
「A.W.ってもしかして……アルゲティ・ワイルド?」
「そうだけど……」
「マジかよ……。おい皆、見てみろ!!! かの天才鍛冶師、アルゲティ・ワイルドさんが自作のナイフを持って鑑定に来てくださったぞ!!!」
彼がそう言った途端、視線が共感性羞恥から驚異と感動に変わった。思わず涙を浮かべる者もいるくらい。ある種の技術者として誇らしいね。
「……ちなみに買い取ったらいくらになりそうだ?」
「そ、そうだな……。商品そのものの価値はまぁ置いといて、名前の付加価値で500万は値がつくだろ」
「思ってたより良いな。でもそれ結構粗悪品の部類な」
「見れば分かるさ……でも技術が凄いのはそれ以上に分かってる……。それにこんな装飾、出来るやつそうそういないだろ……。逆に何でできたんだ……」
「見る目があるな。それは飾り物としての価値を求めて研究した品だ、実用性は低いし完璧じゃない。詳細は企業秘密だがちょっとだけ教えるとだな……」
それから1時間は話を聞かされた。彼だけじゃない、その場にいたほとんどの面々から。嬉しいが大変だった。それに俺は引退した身だし。
結局350万で売り飛ばした。惜しまれる中、通りを抜けて帰路を辿る。まだ家には遠いけど。
目的の羊皮紙が売れなくて残念だ。
「……まぁ蛇帝討伐、つっても簡単には信じないだろうし、少しは信用の材料にしてもらえるかもな……」
そうだ、これは高価な宝物じゃない。単なる仲間集めの信用の道具だ、だから気にするな、アルゲティ。
「何やってんだか……」
そして無意識のうちに足が止まった。
例の亜人専門の奴隷商店。路地裏に階段があり、半地下の構造になっている。ザッと見た感じ、種族も性別も様々。若い者が多い気がする。正直胸糞悪いが、ダメ元で仲間を募ろう。ある種の社会見学でもある。
中に入ったらとても暗く、門番が鍵の閉まった扉を守っていて気軽には帰れない。そして彼らを封じるのは鋼鉄の檻だけじゃない。首輪に腕輪、足輪、時に轡まで。本来整えれば綺麗なはずの毛並みも薄汚れている。皆一様に痩せこけて、目からは希望が失せている。
それに臭い。何の臭いかは……説明したくない。とにかく衛生的にかなり悪い。まだ通りの方が低頻度な掃除があるだけマシだ。空気も澱んで、最悪だ。
……この国での亜人の扱いはかなり酷いと俺は思う。だがそう思うのは少数派。仮に国王に解決を提言しても何の意味も成さない。まるで虫歯の様に、表面上の解決は、裏側の悪化を孕む可能性がある。下手に手を打つのはよそう。そうして歴史は変わらないのだ。
「相場はいくらだ?」
「……若いのと希少種は高い。特に女は。種族ごとの相場はこの通りだ。勝手に選んで、連れて来い。女はその場で汚すなよ」
恐らく店主であろう人間は雑にそう言って、錆びた鍵とオイルランプ、相場表を渡した。もし逃がしたり逃げ出したりすれば、門番によって即殺されるだろう。
纏うのは男も女も変わらず粗悪な布。薄いから透けて見えるし、温まるには明らかに小さい。必要最低限のサイズも守れておらず、大事な所が大抵見える。隠す気はもう無いらしい。生きた屍だ。
同情に値するが、全員は救えない。
1つ1つの檻の中を、入念に見てみる。特に目を引く様な者は……
「…………」
いた。10代の少女。と言っても、同じ年代の5人ほどの少女が入っている。その檻の中に入って見てみる。入り口で「何か」を踏んで滑りかけたのは秘密。言わなくても、それが何かは分かる。嫌な感触だったさ。
「…………」
相手もじっと俺を見つめる。暗いからでもあるだろう、無表情で警戒しており、目にハイライトが無い。逃げる気力も希望もないらしい。まだ若いのに。
だが何か変だ。そしてすぐに察せた。
……蛇の獣人はいない。何故なら彼らは蛇帝がこの大陸にやって来た頃、狂乱のとばっちりを受けて絶滅したから。本来の蛇の獣人と蛇帝は別物なのに。それなら彼女は……
「蛇と人間のハーフ……」
彼女は軽く頷いた。
伸びた髪で隠れてはいるが……その下、右眼周辺には鱗がある。顔の他の所は全て人肌。瞳は縦に真っ直ぐ。蛇の獣人なら皮膚の全てが鱗だと聞いた。彼女はハーフなのだ。それも……
蛇帝、魔王の娘。
「……!!」
そして点と点だった要素が嫌な繋がり方をした。
国王が蛇帝を恨み、王妃が絡むストーリー。実際に被害にあっていない国王自ら討伐を依頼した理由。俺がいなくてもその依頼はいずれ成立したのだ。
「王妃は蛇帝との娘を孕んだ……」
少女は口を閉じたまま頷いた。
人間が蛇との子供を孕む何て奇怪な話があるのか。目の前にその2種族間の娘がいるんだから無理に納得せざるを得ないが……。
「……王妃が亡くなったのは単なる事故や王族によるものじゃなく……蛇帝による殺害だとしたら? だったら何故わざわざ人間との関係を……?」
無意識に少女に訊ねていた様で、多少困惑した様子で俺を見ている。
「私に聞かれても、知らないとしか言えません……」
少し大人びていて、弱った声。いや、こんな環境で衰弱しない方がどうかしてる。
「……君、今日から俺の奴隷な」
「へ?」
ハーフは混じった種族の希少価値によって値段が異なる、といくつかの種族の例と共に相場表に載っている。流石に蛇と人間のハーフは書いていない。
直接聞くか。
「2番の檻に入ってる、混血の……蛇と人間との娘。あの娘はいくらだ?」
「あぁ……アレか……。まさか買う気でいるのか?」
「まるで売れると思ってなかった、って言い草だな」
「……先に言っとくが、よく考えた方が良い。いっつも無表情だし、気味悪ぃんだよ」
「……で、いくら?」
「……1800。これが下限だ」
きっと単位は万バレットだろう。
……相場表と比較しても、決して高くない。相場の平均が2300ぐらいだから寧ろ安い。勿論手持ちにはないが、家に帰れば十分にある。往復して帰るならとっくに陽が沈むだろう。
「なら2300で買う。ひとまず金を取りに帰りたい……徒歩だから2時間後ぐらいか。担保はコレな」
ナイフを売った金、350万と余り物の袋を置いて俺は戻って来ることを許された。
2300万バレットともなれば、かなり多くなる。量の確認もあって、結局戻れたのは3時間後だった。
「遅せぇよ。バックれたかと思った」
「悪かったな……ほれ、きっちり2300だ。確認するか?」
「……終わるまで帰れると思うなよ」
仕方なく、近くの椅子に腰掛けた。これはまだ綺麗な方だ。
「……俺が外道なのは認めるさ。だが俺に言わせりゃ、お前も結構ネジ外れてるからな」
2300枚の紙幣を地道に数えながら店主は語り始めた。すぐには終わりそうにない。暇だし契約書を書きながら話に付き合うことにした。
「そう思うか?」
「あぁ。労働階級の人間が、地道に稼いだ大金を気味悪い亜人の女一人のために注ぎ込むか、普通? しかも値段を吊り上げてまで」
「……言われてみれば確かにネジ外れてるな」
「身なりは労働者なのに金は持ってるし……何か事情があるんだろうが……。一体何者だ?」
「階級は労働階級だ。それは間違いない……が、前に一度だけ国王関連の仕事を受け持ったのさ。それで収入が右肩上がりで増えて……数年前に引退して、それからずっと財産持ちの無職だけどな」
「元職人ってワケか……。国王のコネを持ってる職人なんて、かなりレアだろ?」
「そうなのかもな。俺の場合、師匠の頃から関係があったんだ。それがそのまま受け継がれたってワケ」
「ほぉん……。……ほい、確認完了だ」
「どうだった?」
「2300万、確かに頂戴した。ほれ、連れて帰って良いぞ」
担保と少女を連れて、路地裏に出た。流石に今の状態で表に出るワケにはいかない。
相変わらず布一枚。この様子じゃ風呂には入れてないだろうな。それは俺も変わらないけど。
「……ご主人様は……」
「……さっきは体裁上、奴隷って言った。が、そう思わなくていいから。寧ろ、丁寧に扱わないでくれ」
「……では、何とお呼びすれば?」
そういえば自己紹介がまだだった。
「名前はアルゲティ・ワイルド。職業は無職、前は鍛冶師、そしてこれからは国王勅令の勇者って感じ。齢は41。王都の端で一人暮らし。よろしくな」
「……フィーコスです。アルゲティさんの推測は当たっていました。父は蛇帝、母はこの国の王妃で私は蛇帝の次女です。姉と妹とは面識がありません。母は違うので血の繋がりはないです。職業は奴隷です……いえ、でした。特に得意な事も能力もないです。歳は17です」
……一周回って清々しいまでの自己紹介の暗さ。
……アイツが生きてたら、今頃17歳か。自然と亡くなった娘と重ね合わせて見てしまう。
「……詳しい家庭の事情を聞く気はないが……。なぁフィーコス、君の名付け親は誰だ?」
「えっと……父が付けてくれました。お前によく合った名前だ、と」
「はぁ〜ん……。じゃあさ……」
「はい」
「ぶっちゃけ蛇帝のこと、嫌い?」
「……好き嫌いを感じるほど、関係は深くありません。正直、赤の他人と変わりません。お前は一族の穢れだ、縁を断ちたいと言って5歳の時に売られましたし」
「そっかぁ……。俺は大嫌いだけどな」
これは妻子の件だけではなく、フィーコスの件でも。
……フィーコスってのは無花果のことだろう。よく合っている、って言い草からして「咲かない花」と皮肉っているのだろう。実の娘に付ける名前に。
……偽善ともとれる。だが、一人の親として強い怒りを覚えた。かつての俺と同じく、彼女は家族を知らないで生きている。
「……さっき国王勅令の勇者、って言いましたよね? もしかしてその勅令って……」
「蛇帝を討伐せよ、だってさ」
「……それを拒みはしませんが……。……ん? もしかして私、巻き込まれてます?」
「初めから巻き込んでます」
「…………」
「まぁ巻き込んだのは悪いと思ってる。今ならまだ辞めるって言われても文句言えないさ」
「……辞めはしません……。ですけど、戦力の期待だけはしないでください。何事にも全力で従いますが」
「なるほど、了解。それで……これからどうする?」
「……と言いますと?」
「風呂入ったり、服揃えたり、飯食ったり……。そんな感じの」
「いえ、私はこのままでも……」
「…………」
俺が彼女を性的にどうこうすることは今後ないと言い切れる。だがそうでない輩がいるのも当然のこと。そうさせる魅力が今の彼女にはある、というのが本音だ。
服とさえ言えないボロ布1枚。以上。隠すべき箇所も隠せていないし、初夏と言えども夜は流石に冷えるだろう。何より彼女のことを思って、こんな服装で生活して欲しくない。叶うなら過去を忘れて普通の女の子としての生活を送らせてやりたい。
「誰がどう言おうが、関係ない。今日中にさっきの3つは必ずやり遂げるぞ」
「…………」
「どした?」
「……複雑な気持ちです。申し訳なさと嬉しさと言葉にできない感情が複雑に混じり合って……」
思えば12年間はここで過ごしてたんだよな……。そりゃあ感情の表現が乏しいはずだ。
「じゃあ嬉しいと思ってくれてる、って解釈するよ」
「……2つ教えてください」
「何?」
「何故私を選んだのか、そして私がこの感情を抱いた時に言うべきことを……」
「そこに君がいたから。出逢いってのはいつも運命だろ? それから……嬉しさを感じたらひとまずありがとうって言ってくれよ。俺はそれで十分さ」
「……ありがとうございます」
まだ微笑みに過ぎないが、初めて素直に喜びの表情を表してくれただけでもとても嬉しかった。
「さて、ひとまずどうするか……」
いつまでも人目を忍んで路地裏にいるワケにもいかない。服を買いに行くにはそれを避けられない。かと言って俺だけ行くのもなぁ……。
彼女がどんな立場なのか、世間一般の方々は見ただけでは分からない。俺が身寄りのない少女を襲っているとも解釈できるっちゃできる。
俺は上着を羽織っているだけだし……。これを渡したら上裸だしなぁ……。
「……お前ら、こんな所で何してんだ?」
「ギムル!?」
いつの間にか私服姿のギムルが背後にいた。俺も初めて見たが、誰もこの服装で宮殿仕えの貴族だとは思うまい。徒歩で来た様子。完全にプライベートだ。
話しかけた時は少し呆れた様な、けれども冷たくはない表情だったが、俺の反応に驚いた様子。
「おう……。久しぶりに友達と呑もうと思って向かってたんだが……。邪魔したらしいな」
「ちょ、ちょっと待て!」
その場から立ち去ろうとしたギムルを呼び止める。
「……お前さっき「奴隷商人は人間じゃねぇ」って言ってたよな? 何でその数時間後にその店の前で、奴隷の少女と2人きりなんだよ……」
少し怒ったような、呆れた様な声。これは完全に軽蔑されている。
「彼女は……」
……何と説明すれば良いのだろう。正体を正直に言ってしまうべきか。そもそも関係性は?
「彼女は、俺の最初の仲間だ。ほら、蛇帝を討伐するための……」
「……それで「あの日」の続きを始めたい、ってか?」
「それは……」
「……その様子だと図星だな……。……俺だけじゃない、国王陛下も心配して、深く反省していらしたぞ」
「へ……?」
「曰く「個人的な恨みを晴らす為、彼の過去から憎悪を誘導して、心の傷を深く抉ってしまった……。儂は彼の想いが自分と同じだと解釈したが、彼は現実を受け入れようとしていた。彼が受諾したのは本心だろうが、それでも後悔しておる……」だそうだ。……お前、本当は蛇帝を殺したいとまでは思ってなかったろ?」
「……そうだな。あの日から、蛇帝に屈服し、全てを諦めることを許す自分がいたかもしれない……」
「……固執しすぎるなよ? 過去は過去、今は今、だ」
「そうだな……。ありがとうな、ギムル。こんな俺のこと、心配してくれて」
「感謝ぐらい、わざわざされなくても心配してやるさ。俺達は今も友達だろ?」
……どうやら、旧友と思っていたのは俺だけだったらしい。俺達は現在進行形で……いや、未来永劫親友なのだ。
「そうだな」
「はは……反応の多様性に欠けてるよ……」
「……蚊帳の外にして悪かったな、フィーコス」
「いえ、問題ありません」
「……さて、アルゲティ。誤解を解こうか。彼女は?」
「フィーコスといいます。ここで売られていたところ、先程アルゲティさんに買われて、半ば無理矢理蛇帝討伐の仲間になりました。彼は良い人です。それから……蛇帝とこの国の王妃とのハーフです」
「は……?」
ここまでギムルが驚愕した瞬間を俺は知らない。
「言っちゃったよ……」
「……えっと……? この方は……?」
「……今は私服姿だが、ギムルは宮殿に仕える貴族だ。つまり、君の母親にも仕えたってこと」
「……さっき言ったのは事実なのかい?」
「はい、間違いないです」
そう言って彼女は前髪を上げて右眼を、蛇の鱗があるそれを晒した。瞬きしない金色の右眼。それを見ると彼は膝から崩れ落ちた。
「そうか……。そうなのか……」
「……彼女は蛇帝討伐に反対していない。きちんと協力してくれると言質を取っている。味方だよ」
「そりゃあそうだろ……自分で蛇帝討伐の仲間って言ったんだから……。それでも、存在しない否定の材料を探したいんだ……」
王妃には一度だけ会ったことがあるが、とても蛇帝と関係を持つ様な人柄には見えなかった。それをより深く知っているギムルだからこそ、受け入れ難いのだろう。
フィーコスの顔立ちの良さも王妃を彷彿とさせる。それが否定を更に邪魔している。……ここまで無表情になったことはなさそうだけど。
「……国王陛下は王妃が彼女を孕んだことを?」
「知らないだろうな……。王妃が蛇帝に殺されたことを恨んでいるんだから。……彼女の為を思うなら、伝えない方が良いと思うぞ……。にしてもマジか……」
「……そんなに大変な事……なんですか……?」
「……蛇帝による被害者数は、『蛇帝の領域』が定まってなお、治まるところを知らない」
「スネーク……ヘヴン?」
「蛇帝の国だと思えばいい。ここから歩いて3年はかかるな。俺達の最終目的地」
「はあ……。それで……」
「そんな怪物……いや、神に近い存在が、一国の王妃と関係を結んだって事実だけで、この国に戦争を吹っかけられても文句は言えない。それ以上の危機の可能性も決して否めない。その位には、君の存在は危ないんだ」
「そうなんですか……」
彼女としては、ただ生まれてきただけ。否定こそされないものの、いつされてもおかしくない。
「……約束してくれ。君の正体を、迂闊にバラさないこと。そして必ず、蛇帝を殺すことを」
「……分かりました」
「さぁて、寄り道ばっかりしたが……今夜は呑もうぜ!」
「おっと、忘れてた……。彼女は見ての通りの格好だから、服の調達と風呂に入ろうと思ってたんだが……」
「そうなのか? ……もし宛がないんだったら、俺の家に行くか? ちょっと離れてるけど」
行ったことはないが、仮にも上級貴族の家。宮殿ほどではないだろうが、立派な邸宅に違いない。
いくら友達の家と言えど、初めてな分、宮殿よりもかなり気が引ける。
「……良いのか?」
「あぁ、良いよ。俺が主人だから文句言わせないさ」
改めて、とんでもないコネクションを持っていることを自覚した。
……お久しぶりです。
この作品はカノエヴォと違うテイストの作品世界への挑戦という形で生まれたモノです。
まずはアルゲティとフィーコスの設定資料を作っておいたのでどうぞ。
名前:アルゲティ・ワイルド
名前の由来:ヘルクレス座のα星「ラス・アルゲティ」から。ワイルドは「野生、自然のままに」から。
性別:男
種族:人間。母親は他国からの移民なのでハーフ
身長・体重:183cm・80kg。体脂肪率が低い
年齢:41
誕生日:11月6日
能力:鍛冶師としての才能
言語:人間語(万国共通)
一人称・二人称:俺・君、お前
職業・所属階級:国王直属の勇者・労働者(の中でも上澄みの存在だった)
髪:黒髪。短髪
肌:少し焼けた健康的な肌。シワは少なく、まだ若々しい。所々に火の粉による火傷の痕が
眼:青い虹彩
口:白い歯がよく似合う
装飾品:結婚指輪。自作。妻とお揃い
食事:バランスを意識する様になった
好きな物事:亡くした妻子、仲間達、友達。子供。懐かれ易く、昔は近所の子供達の世話をしていた
嫌いな物事:蛇帝
名前:フィーコス
名前の由来:イチジクの学名(Ficus carica)
性別:女
種族:蛇帝と人間のハーフ
身長・体重:167cm・54kg(うち尾が5kg)
スリーサイズ:TB83 UB70 W60 H84(※適当に決めた数値。当てにならない)
年齢:17
誕生日:2月22日
能力:不明
言語:人間語(万国共通)、蛇語
一人称・二人称:私・〇〇さん、あなた
職業・所属階級:勇者の連れ・亜人
髪:焦げ茶色。ロング
肌:必要最低限しか陽に当たっていなかったのでかなり色白。体毛は薄い。右眼周辺のみ青みがかった銀色の蛇の鱗。定期的に脱皮する
尾:総排出口から後ろは尾。自由に動かせる。地味に一番筋力があり、かなり力が強い。鱗があり、脱皮する
四肢:ある
眼:金色の虹彩。日中の瞳孔は縦。右眼に瞼がない。右眼は普段、髪で隠れがち。右眼で見ている物は表面温度が何となく分かる。ハイライトがないので不気味さを加速させている。視力は少し悪い
鼻:舌を出さなくても人間よりもよく効く
耳:ある。ちゃんと聞こえてる
口:見た目以上に開く。顎の骨は外せず、また丸呑みはしない。犬歯の代わりに細長い牙があるがフィーコスは無毒
舌:別れてない
食事:代謝は人間なので1日2食食べる。キャパシティは無尽蔵
体温:人並み。恒温
全身骨格:頭と尾以外は普通の人間のそれらしいが、確認する方法がない
その他人間との身体の違い:総排出口がある。子宮がない
好きな物事:水。泳ぎは得意
嫌いな物事:騒音。陽キャのウザ絡み
……です。
さて、この世界観の説明をしましょうか。
舞台について……
出発地となる国の名前はジェバル王国。場所はリトロン大陸。世界に存在する全5大陸の中で最も広大で人口が多い。地理的に孤立しており、独自の進化を遂げた生物種が棲息している。実質的に人間が頂点に立っていたが、蛇帝がやって来た地域、『蛇帝の領域』では人間と蛇の亜人は絶滅している。『蛇帝の領域』を除けば52の国で構成されている。発展の程度はそれぞれで、国々を纏める組織(地球でいう国連にあたる組織)は存在しない。言語は訛りがあるが、人間語で統一されている。
ジェバル王国の階級制度について……
国王>>>上級貴族(ギムル等。国王の血縁を排出する家系)>>中級貴族>下級貴族>>上級労働者(アルゲティ等。国王とのコネがある)>労働者>その他の人間>>亜人
ジェバル王国王都の衛生環境について……
中心部に近付くにかけて綺麗になる。水道設備は国王や上級貴族の特権。アルゲティの住む王都の端では道の端に側溝があり、そこに糞尿は溜められ、たまに掃除される。感染症の温床だが、ある程度免疫がある。
ジェバル王国のその他について……
1円=100バレット。バレットの紙幣は1000、5000、10000。
高級羊皮紙=2万円、アルゲティのナイフ=3万5千円、フィーコス=23万円
食事は1日に2食。昼は食べない。それでも贅沢と捉える者もいる。
科学はまだまだこれから。
時代設定は中世ヨーロッパを参考にして、多少都合よく変更している。
はい。ひとまず以上です。
……前回から大変更新が遅れました。申し訳ございません。これからも自身にできるペースで進めていきたいので永らくお付き合いください。
ズーマ




