前編
「おい、フラン、酒買ってこい!」
「お義父ちゃん。もう、お金ないよ」
「ああ、物乞いして買って来いや!」
「やだよ。恥ずかしいよ」
ガチャ!ガチャガチャ!
ここは、王都の貧民街、朝から食器が割れる音が響く。
良くある光景・・・だった。今までは、
「おら、おら、娼館で働ける年齢まで面倒見てやる!それまではお前は穀潰しよ!物乞いぐらいしろや」
その時、ガチャとドアを開く音がした。ノックもしないで、女子が入ってきたのだ。そのまま男の背後に立つ。
貧民街には場違いな紫のドレスに、黒髪、顔は美人だが、青い瞳がややつり上がり、怖い印象を与える。
彼女は、男に声を掛ける。
「ねえ」
男は彼女の声に振り向かずに、
「うっせー、今、取り込み中だ!」
と返した。ここは貧民街、どうせ、うるさいと苦情を言いにでも来たのだろう。「ほっとけ」と心の中でつぶやく
構わず拳をあげて、連れ子を殴ろうとする。
☆数十分後
バギ!ゴキ!ともう10分以上、肉を打ち付ける音が屋内に響き渡る。
「ヒィ、ヒィ、やめて、やめて、下さい!!!」
野太い男の悲鳴は隣の家まで聞こえてくるほど大きい。
だが、巻き添えを怖れて、誰も助けに来ない。
叩かれているのは少女の義父、
叩いているのは、女子が連れて来た護衛騎士たちである。
「腕の一本でも折ってやろうか?」
「ヒィ、おやめ下さい。俺が何かお貴族様に気の触ることをしましたか?」
「腕は止めなさい」
女子は止める。
「ダメよ。それをしたら、働けなくなるわ。こんなゴミを救貧院で治療したくありません。あそこは仕事中に怪我をした人を主に治療する神聖な場。
見せしめに、顔が倍ぐらいになるようにしなさい。布告を破ったバツよ」
「「「御意!」」」
「ヒィ、だから、俺が何をやったというのですか?何故、お貴族様がこんな貧民街に!」
「アホウ、貧民街の6歳以上の子供は、朝、昼と、テラコヤに出頭せよと王女殿下の命令だ」
「散々、吟遊詩人で流して周知させただろう?」
「子供をテラコヤに出頭させないで、物乞いをさせようとした・・・それは、反逆罪よ」
「王女殿下?ヒィィィィィィ、もしかして、暴虐王女エリザベス!」
「貴様、いうに事欠いて!」
バシ!ボキ!
・・・
一方、少女も怯えている。
助けてくれたのは理解出来るが、訓練された騎士による暴力は、貧民街のチンピラよりも数段迫力がある。
「ヒィ」
「ねえ、貴女はフラン・・よね。親が毒だから、ドングリ良い子孤児院に収容します。身の回りの準備をしなさい。45秒よ」
「ヒィ、今着ている服しかありません・・今、準備終わった・・です!」
「そ・・まあ、いいわ。馬車に乗りなさい」
表の馬車に乗るように促す。
しかし、その馬車を見て、フランは絶句した。
「ヒィ、馬車に狼の耳がついている!?・・まさか、(食べられるの?)」
「違うわ・・・犬の耳の飾りよ。犬馬車よ。スクール馬車・・まあ、いいわ。乗りなさい」
口さがないスラムの住民はささやく
ガヤガヤガヤ
「見ろ。暴虐王女だ」
「噂じゃ、高熱で2週間寝込んだ後、人格が豹変したっていうぞ」
「今までは、孤児院に慰問にくるくらいだったが、スラム街を引っ掻きまわす・・」
「まさか、あれじゃ」
「「「転生者!」」」
☆☆☆王都貧民街テラコヤベース
エリザベス王女は、新入りの子供達を集めて、訓示をする。
「いいこと、ここでは、午前中は勉強してもらうわよ。そして、お昼ご飯を食べて、午後から、運動をして、おやつを食べるまで、帰さないわよ。宿題を出すわ。宿題をやってこなかったら次の日はおやつ抜きよ。いいわね」
「ヒィ」
「グスン、グスン」
「エエ~~~~ン」
「まあ、いいわ。後はアメリア、お願いしますわ」
「王女殿下、畏まりました・・・は~~~い、良い子の皆、学力テストをやりますわ。教室に入って~」
・・・・
エリザベス王女殿下の子供達への干渉は留まることを知らなかった。
「あら、サム、全問不正解、勉強をする環境にいなかったのね」
「ヒィ、ごめんなさい!許して!何でもします」
「では、授業は別で、私が基礎から教えてあげるわ」
「ヒィ」
「ねえ、リリー、服が破れているわよ」
「ヒィ、申しわけございません!・・」
「貸しなさい。こう見えても貴族令嬢は刺繍が得意なのよ」
「ヒィ」
グゥ~~
「ねえ、トム、ちゃんと食べているの?」
「ヒィ、見苦しいお腹の音を聞かせて申訳ございません!」
「焼き菓子つくってあげるから、ここで食べて行きなさい。こう見えても貴族令嬢は、お菓子作は必須科目なのよ」
「ヒィ」
☆☆☆2年後、テラコヤベース
♪ポロンポロン♪ポロン♪
「ドラゴンが~西向きゃ、尾は東~~」
「さんはい!」
「「「ドラゴンが~西向きゃ、尾は東~~」」」
・・・
「女神教会に感謝します。ピアノを寄付して下さって、音楽教師の派遣まで、これで、音楽の授業が出来ますわ」
「とんでもございません。王女殿下の施策、感動しています」
「皆様のお力添えで、財団も出来ましたわ」
「ええ、しかし、理事は無理でも、せめて、名誉顧問でも引受けて下さい。善行を隠すのは美徳かもしれませんが、王女殿下の名で集まった寄付もございます」
「いいえ。私では相応しくないわ。私は・・いなくなりますからね」
「一体・・・・」
神父の言葉途中で、子供達がエリザベスに声を掛ける。
「エリザベス様~さようなら~」
「はい、さようなら」
「エリザベスお母さんさようなら・・・うわ」
「やーい、トム、お母さんだって!」
「「「アハハハハハ」」」
☆貴族学園
「あれ、飛び級で授業をほとんど取らなくてもよいのに、王女殿下が来られている。授業の日か?」
「まあ、貧民大好き・・変わった王女殿下」
「そうゆうワケではないみたいだぞ。むしろ嫌いみたいだ。正確には貧民の子供を、悪い大人にしないように尽力しているようだ」
エリザベスの施策は、賛否両論だ。
そして、学園の中庭では、賛成派の貴族の子弟達がバザーを行っていた。
エリザベスはそこに、まっすぐに向かう。
しかし、バザー会場では騒ぎが起きていた。
「あら~何?これ、三流品ばかりじゃない。オ~ホホホ、買って欲しければ、土下座しなさい。お父様に言って、金貨山ほどあげるわよ」
「「「オ~ホホホホホホ」」」
「おやめ下さい。王女殿下肝いりの事業ですよ」
「あら、私だって大公家の公女よ」
「ルイーザ・・・本当?約束よ」
「「「王女殿下!!」」」
「「おやめ下さい!」」
エリザベスは膝を地面につけた。
頭を下げようとしたが、
「ヒィ、狂っている。やっていられないわ。皆様、行きましょう!」
「「ルイーザ様!!」」
大公殿下の令嬢と取巻き達はスカートの裾を持ち上げるのも忘れて走って退場をした。
令嬢の内、何人かは転んでいる。
「「キャァ」」
「王女殿下、何もそこまで・・・」
「公女ルイーザは、やり過ぎたと反省するタイプよ。大公に言って財団に寄付をしてくれるでしょう」
「いえ、何故、そこまで子供達のために・・」
「フ、貧民の群を消すためよ。大人は手遅れよ。だから、子供達に希望を託すのよ」
「・・・・・え」
有志たちは分かったような分からないような顔になる。
「転移者は・・貧民の群が大好きなの。貧民に隠れて石を投げる腐った貴族よ・・」
「王女殿下・・詳しく教えて下さい」
その時、従者がエリザベスを呼びに来た。
「王女殿下、陛下がお呼びです。すぐに来るようにとのことです」
「そ、分かったわ・・・遂に来るのね」
・・・フ、ルイーザとは最後まで和解できなかったけど、これで、思い残すことはないわ。
今日、破滅がやって来る。
転移聖女がやって来る。
私は一度死んだ。死に戻りよ。