終戦 男らしさっていうのは(10)
細い甘い声が視線を体の隣に引くと、髪を自然に解いた芸音が真ん丸い目を見開き無表情にふーっとため息をついた。
この娘がなかなか帰って来ないかと思ったら、まさかずっとどこかで隠れて僕と柳下のことを見てたのか。
「黒羽さん、さっきのは見たよな。一体どこか間違えたのか僕は?」
「先輩はとぼけているのですか、それとも天然なのですか?心配ですね」
「何か起こったかさえもわからないのにとぼけるなんて……っていうか、君たちは退校したんじゃないの?どうして君荷物がないの」
「Rに騙されたんだと思いますが、ただ誠と今度の休みを利用してどこかへ数日遊びに行く予定だけでしたが」
ちくしょう!あの優しい仮面を被った鉄爪の嘘つき!
「どうやら私も先輩を助けられません。これは直感を発動するだけで救えるものではありませんから」
「直感はただ局部的に身体組織を回復させるだけだ。ところでそんなの誰が──」
──こんなの誰が教えたの?
──お袋。
記憶を封印する封緘紙が、目の前の娘の姿で一瞬欠片になった。
言ってたっけ?彼女が『遺伝物質』ってキーワードを言ってたよな?誰かチェックしてくれ!
バカな、髪色がさっぱり違うし、顔立ちとか声質なども言うまでもない。この娘はイメージの中にアノヒトと少しも似てない上、ましてや片思いもしたことがあるのに……
……俺の……こんなに……わけがないだろ。
「キ……キミ、君は……君は……」
娘がさっそく掌を上げてこちらに向き、言い続けないでくださいって示そうとしているらしい。平静な顔に眉を微々と揚げて、その眼差しは咎めの鋭い光りが溢れ、反発させない勢いが宿る。
──まだ許してないから、勝手に呼ばないで。
多分そうだろう。また『暫く私に話しかけないで』など意味も含まれるかも。
彼女のことを『黒羽さん』って呼び続ける方が、今たった一つのコミュニケーション方式になるかもしれない。僕のことを許す前に。
頭にまだたくさん事柄が発酵してるところに、芸音が手を下げた。
「とにかく、誠に付き添いに行くので、お先に失礼します」
「まっ、待って!この手紙を君に渡すってRに言われたんだけど」
とうにしわくちゃになった封筒を渡した後、芸音の視線がざっと手紙に目を通してから首を振った。
「これは先輩に読んでもらった方がいいと思います。さようなら」
おい、手紙を押し付けて一人で離れていかないでよ……待て!まだどういうことか何も説明してくれな──
──芸音が勝手に立ち去り、口が半開きの僕を残して行った。
駅にすっかり僕一人しかいない。さっきの駅員さんもどこか行っちゃったのかもわからないんだ。
「……だからこの手紙は一体何なんだ?」
手紙を広げると、まるでプリンターで印刷したようなきちんと整った筆跡がたちまち目の前に現れた。
親愛なるラインへ
戦略型自走式基地計画により製品の開発が成功だと聞き、本当にうれしく思います。おめでとうとの一言を言わせていただきます。そして、再び友人の犠牲にお悔やみを申し上げます。優しい方でしたね。
さて、その二人の娘の状況はどうでしたか?貴女の許で、きっと安定した環境で成長できるだろうと信じています。
尚、先日そちらのご要望に応え、近日中秘密兵器をお送りします。その生まれつきの誠実さ及び特殊な直感能力により、必ずお力になると思います。ただし、彼の男らしさや訓練の足りなさは問題になるので、その点に関しては気に留めてください。
追伸
彼が戦略社を選ばなかったら、必ず編入させてください──どんな犠牲を払っても。
手紙の宛名の『ライン』は、Rの本名かもしれない。
その下にある筆に勢いがあるサインについては、はっきりイニシャルを見なくても筆跡からもうダレだかわかる。
なんと初っ端にこの学校に転校してきてから今までのあらゆる出来事は、裏で操る黒幕がいたとはな。
アウテック学院、R、芸音と芸音の後見人の間に、ある見えない糸がすべてを繋げた。もっと可笑しいのは、僕が自らその糸で織る厳重な包囲網に飛び込むなんて。
黄昏のオレンジ色が体をまとった。
手紙を丸く握りぎゅっと手にして、この歪んだ顔を太陽に向け歯をむき出してる。
お袋!これはあなたが下した試練なのか!




