第四戦 プランB(10)
幽暗がホールの天井に盤踞し、廊下から出た僅かな明かりが必要な照明を与える。
ホールの一番向こうに、一つの巨大なメタルドアがある。主な入り口として使われてるから、柳下はそのドアから駆け出したのに違いない。
追いかけようか。しかし僕は彼女の行くところに心当りがないし、それにけっこう時間も経っている……
お袋、もしあなたなら、どうする?
「あれ?まだ休みに行ってなかったのか、君」
聞いたことある声が僕を引き付けて振り返ると──さっき宮部に指図された男子部員がいた。
「いや、ただ勝手にぶらぶらしたりしてるだけ。どうせ休む気分に全然なれないし……」
「そりゃそうだな。今警報の音がこんなにうるさくて、確かに眠られないだろうな」
相手が少し僕の言葉を勘違いしてたようだけど、説明するのをやめた。
「えっ?宮部さんは?見てないよね」
「あっ、もう救援を求めに行ったんだよ」
「そう?じゃ何でこっちを通り過ぎるのが見えなかったの。ただ一つの出口だぞ、ここは」
もし宮部が映画の中のエージェントのような腕前を持つのを彼に説明したら、多分またたくさん時間を無駄にすることになるだろう。
「そういえば、さっき柳下さんがここから駆け出す時、まるで化け物のようだったな。部員らが引き止めても止められなかったよ」
「それも当然だろう。部長だから、それにあの人の責任感はかなり強いし」
「そりゃそうだな。男は女を一人にさせるなんて、まったく男らしくないもんな。まして黒羽さんは柳下さんの彼女だしね」
「なんかすっかり考え方が──」
──助けを求める女の子を一人で行かせちゃいけないよ、男らしくないからね。
「どうした?何で急に生気のない目をしてるの」
「……いや、ちょっと何か思い出しただけ」
「そうか。俺また向こうに行かなきゃ、じゃな」
「向こうって?」
「女子部屋だよ。一人一人おとなしく部屋にいろって言い付けなきゃ。君も宮部さんが言ったのを聞いただろう」
「彼女らを集めてベースから離れないでって公布すればいいと思うが。一人一人言うのは大変じゃない」
「駄目だよ!はいと言ったからには果たさなきゃ、でないと約束を守る人になれないじゃないか。そもそも……」
──もし先輩が約束を守る人なら、アクションを起こして。
「……だから信用ってのは大切だぞ。おい、聞いてる」
「あの、部員さん、助けに感謝する、忘れないよ」
「何だよ……おい!待って!まだ話が終わってないよ──」
人様の言葉を聞き終えないのはとても失礼だけど、相手にお礼をいったから構わないはずだ。
お袋と芸音の声が次々とメモリーの金庫から現れ、すでに探し物を取り戻した。
あの時、その違和感は一体何だったのかわかった──あくまで柳下は一人の女性だっていう事実を僕は疎かにしてしまった。
僕を起こした時のあんな声、あんな表情、人が助けを求めても行き詰まってしまった時の自然反応だ。
元々柳下は助けを求めてたのに、僕は少しも心を動かさなかったんだ。
さらに女一人で走り去るのを平然と見て、全然行動しなかった。
相手が性同一性障害があるっていう推測をかたく信じすぎたせいで、こんな可笑しい過ちを犯してしまったのだ。
有頂天に相手にお袋の養子だって教えてあげたものの、相手にお袋の養子としてすべきアクションをしてやれなかった。
今に至るまで、僕の男らしさはこれっぽっちも向上してない上に、却って退化してるとも言える。
お袋の顔に泥を塗ると言うより、むしろ僕がお袋の名誉を床に捨てて踏み付けしてしまったと言った方がいい。
「あった、ここだ」
廊下の奥に走って行った。ここは部員らの下駄箱を置く部屋である。
微かな灯火により、僕は自分の下駄箱を見つけて、扉を引き開ける。
「やっぱり……」
学校から出発する前に、下駄箱の中にまだコレラの物が入ってなかった。
下駄箱にある物をそっと撫でて、もう自分は何をすべきかがわかった。
だから娘が動くのを頼んできた、理由はこれだなぁ。
どうやら芸音が何をしようとしてても、この前約束したことを果たさなければいけない。
すべてを逆転する契機が、まだすっかり消えてないかもしれないからだ。
僕らの部長を連れ戻さなきゃ──プランBを起動するタイムだ。




