第四戦 プランB(7)
しばらく黙り込んで、縦のように横のように、自分の頭を揺する芸音。
「そうかもしれませんね……でも誠も先輩も認めてくれないみたいで、それで私は……」
「君の思う通りにすればいい、他人の目なんて気にしなくていい。これはまさに自分を貫くってことだ」
「でも先輩たちが認めた私がいなくなってしまうのが怖いです。そして先輩たちもこんな私の振る舞いを受け入れられないし──」
ポンッ。僕が両手を芸音の肩に置くと、その声が急に止まった。
「柳下に変装しなかったら、恐らく僕はこのまま一生マジで怯者にしかならないと思った。試してみなきゃ分からないものだ。髪を括って他の身分を作るのも構わない。それを否認すれば却って自分を混乱させちゃうし。そもそも君髪を括るのは初めてじゃないし、どうしていきなりこんな質問するの」
「……先輩、私何をしても、まだ私は昔のままの私って信じてくれますか」
「君の状況はもうわかったから、信じるよ」
「もしも誠でさえも信じてくれなかったら、先輩はまだこの私は昔のままの私って信じてくれますか」
「え?柳下のほうが僕なんかよりもっと君のことを信じてるじゃないか。まあいずれにせよ、黒羽さんは黒羽さんだ」
そっと少し震えて、最後何歩も後退りして体をこちらの手から離した芸音。
「それなら安心です。先輩を選んだのはやはり正しかったようですね。私の責任もちょっとは軽くなるでしょう」
やや寂しげだけど、芸音の微笑みはやっと口元に戻ってきた。
喜びというより、なんかほっとしたような感じだった。どうも娘が喋ってくれた目的は心配事を打ち明けることだったようだ。
芸音が少しでも気分を晴らせたのかわからないが、ちょっとだけでも晴らせてたら柳下に頼まれたことを実現したと言えるだろう。
「先輩お菓子を食べませんか」
ポケットから缶を取り出し、芸音がたくさんの色鮮やかなお菓子を手にした。好意を示すために、僕は一つ選んで口に投げ込んだ。なかなか甘い。
「ところで、どうして先輩がここに来たんですか」
「あっ、ね、眠れないから、ちょっとぶらぶらしようかなと……」
「まさか誠を覗き見しようとして来たんですか」
「いやいや!自分の命を粗末にするわけないだろう」
「じゃ私の覗き見っていうわけですね」
「ち、違うよ……」
「ふふ、先輩がここだけ選んで覗き見しようとしないと思います、下に女子部屋もありますからね。ただあそこに監視カメラがあるので、さすが先輩でも軽挙妄動しないんでしょう」
まったく行動してないよ。芸音がそんなことを言うなんてマジで気に入らない。まあ、実は考えたことあるけど。
「誠はオフィスにいませんよ。彼の寝室の在り所を知っているのは彼のみです。先輩をがっかりさせるかもしれないと思いますが」
男同士二人きりで同じ寝室にいて何しようとするのか想像できない。まだ芸音はカレを使うなんて、何だか気持ちが悪い感じがする。
「そういえば、最近先輩は宮部さんと色々話し合ったようですね。その爆発事件の調査は今どうなったのか教えてくれましたか」
「何も言ってくれなかったよ。というか、こんな調査は勝手にもらしたりしないと思うけど」
「じゃヘプタ・エックスのことは?」
「……………………ヘプタ・エックス?なにそれ?」
ゆっくり首を下げて、何かを計算してるように指で頬を叩いてる芸音。
「どうやら、先輩は誘導尋問を避けるのが悪くないようですね。しかしその警戒心はまだまだ足りないですね」
「な……何を言ってるの」
相手がヘプタ・エックスっていう単語を吐いた時から現れてきた不安は、体内に次第に強くなる脈拍音と混合してて胸を苦しめる圧力になった。
おかしい、どうして視界が益々曇ってきたんだ。両足もしっかり立つ力さえも──
──!
まさか……睡眠薬?
しまった、きっとさっきのお菓子だ。
「本当に申し訳ありません。先輩は私を監視するために来たのを知っていますから、これ以上介入させません」
「くっ、黒羽さん……」
「任務のために、今回の試運転のチャンスを逸することはできません、たとえ誠でも私を止められないのです」
声は完全に起伏のないほど無感情で、ひいては人の息が感じられない、宛も機械から出てきたようだ。
芸音、一体何を言ってるんだ。
地面にぶつかる激痛が体に伝わってきて、視野はただ芸音のくつしか残さない、さらにまだ縮小し続けていく。
足音が耳元に止まって、多分相手が僕の前に来ただろう。もう彼女の意図を判断する能力も失ってしまった。
「もし先輩が約束を守る人なら……」
意識が残ってる最後の一秒、芸音の声は漸次周りからフェードアウトした。




