第四戦 プランB(6)
芸音が何か言おうとしてるのを知ってる、だが何処から始めるのかわからなかった。
この娘は人格障害があるって柳下はそう言ってたが、今芸音の状況は人格障害など簡単に解釈できるわけじゃないと思う。
「実はそんなに髪を括ることが好きではありません、でも括らないと──」
「頭が痛くなるとか?」
「え?どうして先輩が……」
「なんか、最近君はある特別な病気に困らせられてるって」
見透かせない気持ちがため息と共に流れてきて、視線を隣の床に逸らしていく芸音。
「……誠が教えてたんですか」
「うん、でもただ君のことが心配で──」
「いいえ、ただよかったと思うだけです」
「え?どうして」
「誠は自分が信じてる人だけに心配事を伝えますから。これは誠が先輩のことを認め始めたということですね」
うーむ、あんな人に認められるなんて、いいことというか悪いことというかわからないなぁ。ちょっと喜ぶべきかな。
「誠は、考えすぎですね……健診で何も異常がないってお医者さんは言ってましたのに。この状況は本当に病気ではありません」
「以前の出来事とかでこうなるのか。例えば頭をぶつけたりなど」
「外傷が原因ではなく……これは……」
自分の手を見てから、そっと拳を握った芸音。
「たくさん誠とかかわることで、自分を変えようと思っていますから」
「じゃその過程の中に何か問題が出てきたってことなの」
「先輩、何があったか聞きませんね……」
「それは君と柳下の秘密だろう、まだ知る資格がないと思う。たとえ君はそうと思わなくても、恐らく柳下は認めないし、さらに君のことを叱りかねない。だから聞かない」
何かがその大きい目の中に揺れ動いてた、彼女の魂とも言えるかもしれない。
「……先輩は本当にお人好しという本質を貫いていますね」
「はは、この性格は直せないんだよ。生まれつきのせいにするしかできないかな」
「では、先輩は何も聞かないのは誠のためですか、あるいは私のためですか」
考えたこともなかった質問に、自分のシンキングがぐっと凍結されてしまった。
柳下のプライバシーを守ろうとするか。それとも芸音が柳下に叱られるのを心配してるのか?
従来こんな質問を聞いてくれる人がいなかった。どうして芸音はこう聞いたんだろう。
「それは……」
「ちょっと先輩を困らせてしまったらしいですね、すみません」
「いや、一瞬どう答えたらいいかわからなかっただけ、こんな質問はあまりされなかったから」
「先輩は私が変な質問をしたのを暗示してるのですか」
「いやいやいや!要するに──」
「ふふ、先輩の本音は時々自分に恥をかかせるのですね。本当に羨ましいです」
「えっ?」
「憂いがなく自分を貫くことができるのは、私のような真の自分さえもわからない人には体得できないものです」
何一つサインもないものの、芸音が益々落ち込んでいくのははっきり感じられてしまった。
再び、外にシャボン玉を吹き始めた娘。しかし相手の気持ちを反映するように、シャボン玉がちょっとくるっと回っただけで床に落ちていった。
「どんでもいいじゃないか」
芸音がゆっくり頭を上げ、耳を傾けてくれるようだ。
「髪を括るか括らないかどっちでも君ならば、心配なんて要らないじゃないか。君は本当の自分を表現するチャンスが欠けてるだけだ。僕も柳下の身分のもとで偽装できるから宮部を詰問する勇気が出るんだ。こう言ったらちょっと肝っ玉が小さいって感じるかもしれないけど、せめて自分の潜在的な一面が引き出せた。これで良いと思ってるよ」
「そうですか。でも先輩はあの髪を括った私がとても怖いようですね」
「そ、それは……」
「最初私がこうなるのを知らなかったでしょう。わかっていますよ、ただちょっと納得できない部分があるんです」
前髪がはらりと自分の両目を覆った芸音。バルコニーの手すりの影がちょうど二人の間に来て、僕たちを両側に切り離した。
「誠はともかく、先輩も髪を括った私を嫌います。もう誰が私の味方なのかわからなくなりました」
芸音に何かあったんだろう、だがもしこれは彼女の真心だったら、僕は実はまったく本当の芸音を理解してないっていうことだ。
普段明るい顔の下にこんな悲しい思いを隠してるなんて……どうして相手は急に……
……待って、まさか芸音が教えたいのは──
「君、あの髪を括った君は本当の君だと思ってるの」




