第一戦 目には目を(3)
もう部員たちが全員来た。二十人ぐらいでホールの真ん中に置く大型のゲーム盤の側に立ってる。
彼らは見知らぬ人と違いがない人間たちで、一番目立つのは多分、あの隅に隠れて何処かを見据え、揃えた前髪をした黒いロングヘアーの少女だ。
「あら、またボードゲーム?つーまらないわ、何か面白いことがないの」
遠くからも聞こえる文句。世の人が彼女に愧じるような口吻。
「この部のものはアル・ティー・エスってわからないのかしら?さっさと寮へ帰った方がいいわ。本当にセンスのない連中ね」
RTS、リアルタイムストラテジーというゲームを指すはずだ。このRTSが流行ってない日本にこんな名詞を知ってる若い女性がいるなんて。まったくパヴァロッティがアマチュアバンドの曲を知ってるように驚かせる。
確かこの少女は宮部術美と呼ばれる。最初は口数が少ない女の子だと聞いたが、いつしかちょっと怪しくなってきて、一人で壁の隅に何かぶつぶつ呟くのが好きだそうだ。部に入ったのに、どんなイベントにも参加しないで冷淡な態度で傍観するんだ。
でも、性格からは理論的に人畜無害なタイプで、少なくとも非行など聞いたことない。長所については、多分あの端正な容貌と身体のみかもしれない。繊細な顔に不機嫌そうな表情をしていて、ちょっと勿体無いと思う。宮部はまだ一等兵だけど、ボディーラインはモデルに負けないくらい。目測によるとバストが85センチ以上で、ウエストとヒップが黄金比率である……悪いけど、僕は視力がいいだけさ。
「皆さん、ベースにお帰りなさい」
心地よい声が壁掛型スピーカーから聞こえてきた。芸音からの声だとすぐわかった。彼女は二階のバルコニーでマイクロフォンを通じて話してる。
「いつも通り顧問の先生が出席できませんけど、今回は新しいゲームを皆さんに試してもらいます。好意的に言っておきますが、盤上遊戯なんて価値がないって異議を受け入れなければ、元々予定のイベントはチェスです。ちなみに、あの異議ありの部員さんはすでに我が校に二度と現れなくなりましたよ」
恐らく思わず背筋を伸ばした人は僕だけじゃない——もしあの部員は入学資格が取り消されなければ、部に仕留められてしまった。ここは言論の自由がないのか。
確かに何度もこっちで盤上遊戯をしていて、毎回散々な目に遭ってしまった。間違いなく、僕がゲームに振り回される様子を楽しんで見たいから毎回将棋をするのに決めたわけだ。無名な部員よ、我々は貴方の犠牲を決して忘れない。
ホール中央の巨大なゲーム盤は、この頃に変化が起きる。
最先端の立体映像投影装置によって、ゲーム盤は最初の空白から大量の六角形の升目で組み立てられるマップに変わった。
マップの上には立体的な半透明の建物が若干あり、はっきり赤と青の陣営に分かれる。たくさんヘルメットをかぶる兵士は建物を中心に囲んで、足もとが別々に台に繋がってる。ぱっと見ると、大人のサイズをした大きい駒のようだ。
……結局また盤上遊戯じゃないか。あくまでもミニチュアゲームを立体映像にしただけだ。
「盤上ゲームはロジックや戦略思考など訓練の入門ということです。先日皆さんに将棋と碁をしてもらいました。本当の兵棋演習に触れる前に、今回はミニチュアゲームで最後の挑戦をしてもらいましょう。でもルールは普段とはちょっと違います」
ちょっと違うって?何だそれ?部員たちに順番に駒を指させるわけ?
「今日は一人の部員をスペシャル駒に担当させて、もう一人を指揮官にさせてもらいます」
まわりはひそひそと話していて、頭を壁につけてた宮部もゆっくりと体を立ち直した。
「赤側の指揮官は私が担当していて、スペシャル駒になる人も決めました。今は青側はまだ決めていません。自ら担当する勇者がいませんか」
と、次の場面を予測するのは簡単だ——全員が交互に顔を見合わせるばかりで問題を解決する人が現れない。
まあ、ボランティアが必要って場合では世界の誰でも早めに網にかかるやつが出るのを心待ちにしてるんだ……僕もそう思ってる。
「勇者がないなら、怯者は?」
……えっ?さっき芸音は何って言ったの?
まずい、僕の耳は間違いはしないから。昔先生が数学不合格者のリストを発表する時以外だ。
まだ抗議の声を上げる前に、室内にわたって視線が急に僕へ集まってきた。
「どうやら満場一致でしたね、先輩。スペシャル駒の重責をお願いしますね」
にこにこ笑ってる芸音が僕の方を見た。
正真正銘の可愛らしい笑顔である。
その言動は心にインパクトを与えてくるはずなのに、ただ今僕の両足がぶるぶる震えてる。
芸音よ!これは謀殺だ!普段の君はこんな人を陥れる娘じゃないんだ!
もしかしていつもの会話で芸音に好印象を与えたのか。長い目で見ればこれはいいことかもしれないけど、今の状況とは同列に論じることはできない——彼女は赤側のスペシャル駒が誰が担当するのか知ってるのに!