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小料理屋はなむらの愛しき日々  作者: 山いい奈
3章 遅れてきた反抗期
17/24

第7話 家族のだんらん

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 1週間が経ち、また金曜日がやって来た。9月も終盤になり、だいぶん秋の気配が見えて来た様な気がする。相変わらず湿度は高めを保っているのだが、少しずつ涼しさが顔を出して来ただろうか。


 陽が落ちれば気温も下がる様になって来て、幾分過ごしやすくなって来た。


 金曜日は雪子(ゆきこ)さんが来店される予定の曜日だが、世羅(せら)ちゃんの反抗期が続く限りは、雪子さんが家を空けるのは難しいかも知れない。


 案の定、雪子さんはいつもの口開けごろには姿を見せなかった。代わりでは無いが、やはりいつもその時間に現れる高牧(たかまき)さんがカウンタの奥を陣取っている。


 ところが18時になるころ、店の電話が鳴った。茉莉奈(まりな)は急いで受話器を上げる。


「はい、「小料理屋 はなむら」でございます」


 お相手が聞き取りやすい様に、落ち着いた声で出る。すると掛けて来たのは雪子さんだった。


「茉莉奈ちゃん急でごめんやで。19時ごろに4人、行けるやろか。カウンタでもええんやけど」


 茉莉奈は考えるより前に店内を見渡し、席を確認する。幸いにもまだ小上がりが空いていた。


「小上がりやったら大丈夫ですよ」


 言うと、雪子さんは「ああ、良かったわぁ」と安堵(あんど)した声を出した。


「ほな申し訳無いけど、よろしゅう頼むわね」


「はい。お待ちしてますね」


 通話を切り、茉莉奈は『予約席』のプレートを小上がりに置いて、香澄(かすみ)に伝える。


「ん、分かった。雪子さんが4人で来られるっちゅうことは、もしかしたらご家族やろうか」


 そうかも知れない。だとしたら世羅ちゃんの反抗期はどうなったのか。気になるところである。


 その時引き戸が開いて、顔を出したのは尾形(おがた)さんだった。いつもより少し遅い時間だ。


「尾形さん、いらっしゃいませ」


「こんばんは。小上がり行ける?」


「申し訳ありません。予約が入っておりまして」


 茉莉奈が言って頭を下げると、尾形さんは「あー」と顔をしかめる。今はテーブル席も埋まっている。尾形さんはいつもご友人と一緒で、小上がりを希望されるのだ。


「カウンタでしたらご案内できますが」


 尾形さんが伴って来たご友人はおふたりだった。カウンタが途中で直角に折れているので、そこだと3人でもお話していただけると思うのだが。


「ん、やったらカウンタでもええわ」


「ありがとうございます」


 茉莉奈はほっとして、ご案内しつつカウンタの椅子を引いた。




 19時近くなるころ、からからと小さな音を立てて引き戸が開かれる。


「いらっしゃいませ」


 反射的に振り向いた茉莉奈の目に入ったのは、にこにこと笑顔の雪子さんだった。


「雪子さん、いらっしゃい」


「茉莉奈ちゃん、突然無理言うてごめんやで」


「とんでも無いですよ。どうぞ」


 茉莉奈が小上がりを(てのひら)で示すと、雪子さんが、続いてご機嫌そうな世羅ちゃん、そして壮年のふくよかな男性が遠慮がちに、同じ年頃の痩躯(そうく)の女性が堂々と入って来られた。


 世羅ちゃんがおられるということは、香澄の言う通り雪子さんの息子さんご家族なのだろう。


 4人は小上がりに上がり、奥に雪子さんと女性、手前に世羅ちゃんと男性が腰を下ろした。さっそく飲み物のおしながきを眺めている。


 茉莉奈はさっそく人数の倍のおしぼりをお持ちした。


「あら、ひとり2枚?」


 小さく驚く女性に、雪子さんが「1枚はね」と説明をする。


「へぇ、嬉しい気遣いやね。助かるわ」


 女性はさっそく気持ち良さそうに首筋を拭った。雪子さんと世羅ちゃんも汗を拭い、男性も(ひたい)を押さえた。


「お飲物どうしましょう。少し後でお伺いしましょうか?」


「そうやね」


「では決まったらお呼びください」


 茉莉奈が小上がりを離れると、カウンタの高牧さんからお声が掛かる。行くと手には空のビールジョッキが握られていた。


寒梅(かんばい)(さい)ちょうだい。冷酒でな」


 「越乃寒梅(こしのかんばい) 純米吟醸 灑」は、新潟県の石本(いしもと)酒造が造る日本酒だ。すっきりとした飲み口ながら米の旨みを感じさせ、繊細さも感じさせる逸品である。


「はい。お待ちくださいね」


 茉莉奈は飲み物カウンタでぽってりとしたグラスを出し、越乃寒梅灑を注ぐ。とくとくと透明感のある液体が満たされ、ふわりと独特の甘い香りが上がる。


 冷酒は熱燗(あつかん)より香りの上がり方が穏やかだ。だが閉じ込めていた栓を開け、空気に当ててあげると芳醇(ほうじゅん)な香りが漂うのだ。


 茉莉奈はつい顔を綻ばす。成人を迎えて4年、茉莉奈もそれなりにお酒を(たしな)む。まだ味が分かるだなんて生意気なことは言えないが、美味しいか好みでは無いかぐらいは分かる。翌日が定休日の営業終わりには、香澄とふたりで少しばかり飲み交わすこともあるのだ。


「はーい、お待たせしました」


 高牧さんに越乃寒梅灑をお運びすると、高牧さんは礼を言い、「茉莉奈ちゃん」とそっと声を潜める。


「あれ、雪子さんの息子さん家族やろ?」


「きっと」


「良かったなぁ。世羅ちゃん嬉しそうや」


 視線を動かすと、世羅ちゃんの横顔は笑っていた。楽しそうに横の男性とメニューを見ている。


「そうですね。ほんまに」


 反抗期は終わったのだろうか。だとしたら結構短期間だっただろう。だが反抗期の期間は人それぞれだから、早くてもきっとおかしく無いのだ。


 世羅ちゃんがまたご家族と笑って楽しめる様になったのなら、それが何よりだ。


 すると小上がりの女性、おそらくお嫁さんのさつきさんが「すいませーん」と(りん)とした声を張り上げた。


「はーい!」


 茉莉奈も負けず劣らず元気な声で返事をした。小上がりに向かい、置いてあった伝票を持ち上げる。


「お決まりですか?」


「私、佐藤(さとう)のお湯割りもらうわ。黒い方」


 「黒麹(くろこうじ)仕込 佐藤」は鹿児島県にある佐藤酒造が造る芋焼酎である。黒麹仕込みのため力強さを感じられ、さつまいもコガネセンガンの香ばしさと甘さを兼ね備えている。口当たりが滑らかな一品だ。


「私は生ビールで」


「僕は酎ハイのカルピスください」


「私はコーラください」


 息子さんは甘党なのだろうか。炭酸好きの世羅ちゃんもきっと甘党だろうから、味覚はお父さん似なのかも知れない。


「はい。お待ちくださいね」


 茉莉奈は手早く伝票にご注文の品を書き、その欄を千切(ちぎ)って飲み物カウンタへと急ぐ。ふたつのタンブラーに氷を詰め、ひとつはコカ・コーラを注ぎ、ひとつはキンミヤ焼酎とカルピスの原液、そして炭酸水を入れてステア。


 お湯割り用の陶器製カップに佐藤のお湯割りを作り、最後に泡が生命の生ビールを作る。


 「キンミヤ焼酎」は正式名称を「亀甲宮(きっこーみや)焼酎」と言い、酎ハイのベースとして広く愛されている甲類(こうるい)焼酎だ。三重県の宮崎本店で造られている。癖が少なく割り材の風味を邪魔しないので、ベースにぴったりなのだ。


 全てをトレイに乗せ、速やかに小上がりにお運びした。


「お待たせしました。佐藤黒のお湯割り、酎ハイカルピス、生ビール、コカ・コーラです」


 手早くそれぞれの前に置くと、さっそく乾杯すると思いきや手にすることも無く、雪子さんが「茉莉奈ちゃん」と笑顔を向けて来る。


「気付いてるやろうけど、うちの息子の克人(かつと)と、お嫁さんのさつきさんや」


 雪子さんが紹介してくれたおふたりが、ぺこりと頭を下げた。


湯ノ原(ゆのはら)の嫁のさつきです。この度は義母(はは)と世羅がこちらにほんまにお世話になったそうで、ありがとうございました。ぜひお礼が言いたくて、家族で押し掛けてしまいました」


「湯ノ原の息子の克人です。ほんまにありがとうございました」


 克人さんも言い、あらためて深く頭を下げてくださる。茉莉奈は慌てて両手を振った。


女将(おかみ)の娘の花村(はなむら)茉莉奈です。とんでもありません。私たちは何も。でも解決されたのなら良かったです」


 すると世羅ちゃんが「それがですねぇ」と苦笑いを浮かべる。


「先週ここでお話さしてもろうて、私も開き直ったろと思ったんです。私が反抗期になったところで家族は壊れへん、そう思うことができたんで。そしたら母が、お母さんが凄っごい好戦的になってて」


 世羅ちゃんはさつきさんを見て、おかしそうに笑った。


「ほんまに喧嘩(けんか)したろ、かかってこい、ってなってるお母さん見たら、なんや馬鹿馬鹿しくなって」


 屈託(くったく)の無い明るい口調だった。なるほど、互いに開き直った結果、終結してしまったと言うわけか。


 これはおそらく気が強いだろうおふたりで、世羅ちゃんがもう大学生だったからということもあって、他のご家族に当てはまるものでは無いのだろうが、それが道筋になったのなら何よりだと茉莉奈は思う。


 もしかしたらなのだが、反抗期を迎えているお子さん相手には、親御さん特有の一種の上から目線では無く、同じ目線で接するのが良いのでは無いだろうか。反抗期を迎えた覚えが無く、親になったことすら無い茉莉奈の想像なのだが。


悠介(ゆうすけ)には効かへんかったんやけどね。もう毎日大喧嘩や。声が枯れたわ」


 悠介さんは確か上のお子さん、お孫さんだった。男の子の反抗期とは、それはもう凄そうだ。


「良かったねぇ、世羅ちゃん。雪子さんもお父さまとお母さまも、ほんまに良かったです」


「ほんまに。最初はどうなることかと思ったけど、どうにか短期間で落ち着いてくれて良かったわ」


 さつきさんが安心した様な顔をすると、正面で克人さんも「そうだねぇ」とのんびり頷いた。


「後で女将さんにも、えっと、高牧さんやっけ、いつもお義母さんがお世話になってるって言う常連さん、その方にもお礼がしたいんやけど」


「もうそんな、ほんま気にせんとってください。あ、でも高牧さんはカウンタの奥におられますよ。いつもゆっくりされてるんで、いつでもお声掛けしていただいて大丈夫かと。高牧さんも喜ばはると思いますよ」


「ほなさっそく」


 さつきさんが腰を浮かすと、雪子さんが「まぁまぁ」となだめる。


「まずは乾杯しようや。せっかくの生ビールの泡が消えてしまうわ」


「あ、大変や」


 さつきさんは座り直すと、生ビールのジョッキを掲げた。


「ほな、世羅の反抗期終了を祈って!」


「ちょ、お母さん、大きな声で言わんといて! 恥ずかしい!」


 世羅ちゃんが真っ赤な顔で慌てるが、さつきさんはまったく気にすることも無く「かんぱーい!」と威勢の良い声を上げた。


「ふふ、乾杯」


「はは。乾杯」


「か、乾杯」


 一家は軽くグラスを重ねると一口、いや、さつきさんに限ってはごっごっごっと喉を鳴らす。


「っはぁー! やっぱりビール美味しい!」


 さつきさんが豪快に息を吐くと、克人さんが羨ましそうに目を細めた。


「とりあえず生って、やっぱりええなぁ。僕はビール苦手やもんなぁ」


「カツくんは甘党やもんな。世羅もやし。私の味方はお義母さんだけや」


「なんで敵対することになってんの」


 そんな(なご)やかな会話が始まったので、茉莉奈はそっとその場を離れた。




 雪子さんたちは様々な料理を頼まれ、どんどん平らげて行く。今日はご年配の雪子さんから若い世羅ちゃんまで一緒なので、さっぱりしたお惣菜から揚げ物までバラエティ豊かだ。もちろん茉莉奈特製おこんだてもご注文くださった。


 今日は海老(えび)とアボカドのバジルタルタルだ。ハーブであるバジルは年中収穫できるものではあるのだが、旬はこの時季なのだ。


 バジルの葉と松の実、アンチョビとにんにくをすり鉢ですり潰し、オリーブオイルで伸ばして作ったバジルソースに、角切りにしたアボカドと海老を和える。


 松の実の香ばしさとアンチョビの塩分、にんにくのコクがバジルの新鮮な爽やかさを生かしている。そこに森のバターとも言われるねっとりと濃厚なアボカドと、ぷりっと茹でて磯の甘さを蓄えた海老が加わるのだ。アボカドのしつこさが抑えられ、味わいもアップする。海老とバジルの相性も抜群である。


 全てを混ぜるとアボカドの角が崩れてバジルソースに馴染む。それがソースにとろみを生み出し、海老やアボカドとしっかり絡むのだ。


「ほんまにどれも美味しいわねぇ」


「せやろ。私も先週ほんまにびっくりしたもん。お祖母(ばあ)ちゃん(ずる)いわ、ひとり占めして」


「何言うてんの」


「それにここの味、お祖母ちゃんが作ってくれるご飯と似てへん?」


 世羅ちゃんのせりふに、雪子さんが「あらまぁ」と目を丸くする。


「ここのお料理と、私の素人(しろうと)料理一緒にしたらあかんよ」


「でも僕も、似てるっていうか、方向性が一緒なんかなぁって」


「確かに。お義母さんのご飯みたいに、こう、優しい味って言うか」


「そうそう。僕にとってはお袋の味なんやけどね」


「あら、ちゃうのよ」


 雪子さんの言葉に、克人さんは「え?」とぽかんとする。


「お出汁(だし)の効いた優しい味。私ら年寄りや女性の好みやけど、若い男の子向けや無いやろ。せやからあんたが家を出るまでは、それなりに濃いめの味付けを心掛けとったんよ」


「そうなん?」


「そう。お父さんが高血圧やったから、あんたのだけ小分けにして味足してね。洗いもん増えて面倒やったわぁ」


「それは、なんかごめん」


「でも今はもう身体にも薄味がええやろうし、ここに勤めてる時に(まかな)い食べさしてもろうて、やっぱりお出汁の味が美味しいなぁってなったんよ」


「うん。僕もその方が嬉しいわ」


「味覚が大人になったってことやね。でもビールは飲めんか」


「それは勘弁したって。会社の飲み会でも良うからかわれんねん」


 湯ノ原さんご一家は、お家でもこうしてほのぼのとした掛け合いをしているのだろう。本当に仲の良いご家族で微笑ましい。茉莉奈はつい口角を上げてしまう。


 そんなご家庭でも、反抗期は(ほころ)びを生んでしまう。お子さんの成長に必要なものとは言え、親御さんの心労もお子さんの葛藤(かっとう)も辛いものだろう。


 だがきっと、それまでに築いた家族の絆というものが、それを乗り越えるために大切なものなのだ。きっとお子さんは悪態を吐きながら、苦しみながらも自分の親なら大丈夫だと甘えているのだ。


 世羅ちゃんはご両親に嫌な思いをさせたり、嫌われたりすることで苦悩していたが、それは世羅ちゃんの優しさから来ていたものなのだと思う。


 さつきさんに似て言いたいことを言う、そんな気の強さもあるのだろうが、それと心根の優しさは別物だ。


 穏やかな雪子さんと克人さん、ちゃきちゃきのさつきさんに見守られ、これから世羅ちゃんは素敵な大人になって行くのだろう。


「茉莉奈さーん、追加お願いしまーす!」


 溌剌(はつらつ)と手を上げる世羅ちゃんに、茉莉奈は「はーい!」と威勢良く返事をした。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

3章これにて終了です。

次章もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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