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「ね…ホントに居たでしょ?」
柚葉が引きつった顔で口を開く。
「ああ…すごかったな…」
喉がカラカラで、声が上擦った。
「怖すぎるよ…もうあそこは通るのやめよう」
「そうだな」
僕は駅まで柚葉を送ると1人で、来た道を戻った。
柚葉の言う通り、帰りは別の道を使おうかとも思った。
でも、何だかそれは理不尽な気がしてくる。
大の大人がこんなことで怖がるなんて、恥ずかしくないだろうか?
だいたい、さっきは確かにすごい威圧感はあったけれど結局、何もされなかった。
そうだよ、ただの女の子じゃないか。
僕はそう自分を鼓舞して、トンネルの前に立った。
「あれ?」
闇のナースが居ない。
どこかへ行ってしまったみたいだ。
少々、拍子抜けして、トンネルに入った。
丁度、半分ほどまで進んだところで、突然。
「キャハハハハハ!」
けたたましい笑い声と同時に、腰の辺りに何かがぶつかった。
予期しない事態で、両手両膝を地面に突いてしまう。
驚きから抜け出せないうちに、今度は脇腹に衝撃が走った。
肋骨をえぐられて、肺から全ての空気が一気に出る。
度重なる奇襲に、僕は仰向けに倒れて動けなくなった。
すぐ傍に誰かが立って、見下ろしている。
闇ナースだ!
真上の電灯が切れかけていて、顔がよく見えないけれど、間違いなく闇のナースが僕を見下ろしていた。
さっきは確かに居なかったのに、いつの間にか戻ってきたのだ。
薄闇の中、ギラギラする片眼が僕をにらんでくる。
僕は後ろに退がろうとした。
立ち上がって、早く逃げないと!
その時。
闇ナースの右手にギラリと何かが煌めいた。
それは大きめのナイフだった。
尖った切っ先が僕に向いている。
「動いたら刺すわよ」
落ち着いた低い声。
闇ナースが僕に顔を近付けた。
白キャップに黒髪のツインテール。
肌が抜けるように白い。
右眼には眼帯。
左眼は黒く縁取られて、頬に向け、涙のような線が垂れている。
カラーコンタクトをしているのか、瞳が青い。
口紅はまるで、血のような赤。
あまりの恐怖に、僕は声すら出せなくなった。
「ふざけるな」
闇ナースが吐き捨てる。
僕が黙っていると、もう一度「ふざけるな」と言った。
「何故よ?」
「え?」
ようやく、声が出せた。
でも、彼女が何を言ってるのか分からない。
「え? じゃないぃぃぃ!」
急に大声を出した闇ナースが、ナイフをグッと突き出す。
間近に突きつけられた僕は、恐ろしさに全身が震えた。
「約束…」
「………」
「約束したじゃない…」
「約束…?」
僕は混乱した。
意味が分からない。
そもそも、闇ナースが意味のあることを話すのかも分からない。
「もう忘れたの?」
彼女の頬がビクビクッと痙攣する。
「ただの友達って言ったのに…もう逢わないって約束したのに…」
いったい、何のことなのか…分からない…分からない…。
僕は戸惑った。
この娘は完全に頭がおかしいに違いない。
「和くんを信じてたのに」
勝手に信じられても困る。
意味が分からな…和くん?
今、和くんって言わなかったか?
僕は闇ナースの顔をまじまじと見た。
まさか…そんな、まさか…。
「平気で…裏切るんだね」
嘘だ。
そんなはずない。
違う、違う!
よく見ろ!
全然、似てない…似てない…。
「キャハハハハハハハ!」
突然、闇ナースが、けたたましく笑った。
背筋が凍るような笑顔。
笑いが収まると、恐ろしく冷たい眼差しで僕を見つめた。
「でも、もうどうでもいい。ねえ、和くん」
違う…絶対に違う…服を変えて…メイクを変えて…喋り方を変えて…ああ…そんな…そんな!
「私が人生で一番やばい女だよね?」
闇ナースが僕のシャツをずり上げ、肌に直接、左手を置いた。
腰の上に跨がって、右手のナイフを振り上げる。
「やめろ、理沙!」
僕は絶叫した。
「地雷は踏んだ方が悪いのよ!」
チカチカと点滅する電灯の光を反射した、キラキラ光るナイフが、まるでスローモーションのようにゆっくりと、僕の上に振り下ろされた。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝でございます( ゜Д゜)ゞ
ご協力いただきましたユデンさん、ホントにありがとうございました( ☆∀☆)