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大学構内の中庭で、僕は理沙を見つけた。
「理沙」
呼びかけると、こちらを振り向く。
フェミニンなファッションがよく似合う理沙は、本当にかわいい。
世界一、かわいい。
こんなにかわいい娘が僕の彼女だなんて、未だに現実とは思えない。
そう、理沙は僕の彼女なのだ。
それはまぎれもない現実。
初めて理沙を構内で見た時は、心臓が止まるかと思った。
あの時の衝撃は、今でも忘れない。
あれは1年前。
それからは毎日、彼女の姿を眼で追った。
とてもかわいい理沙は当然、人気者だった。
僕の周り以外も含めて、ライバルは大勢居た。
理沙への想いは日に日に募るけれど、見た目も運動神経も頭の良さも、どれも月並みな僕じゃ、彼女と付き合えるとは微塵も思えなかった。
半ば諦めかけていた、ある日。
僕の前を歩いていた理沙が、ハンカチを落とした。
気が付けば僕はそれを拾って。
とんでもなく震えた声で話しかけていた。
理沙は「ありがとう」と微笑んだ。
その頬が、ほんのり赤らむ。
僕の顔は、もっと真っ赤だったに違いない。
それから僕たちは挨拶を交わすようになり、あれよあれよという間に仲良くなっていった。
理沙への想いは、ものすごいスピードで膨れ上がった。
僕はとうとう我慢できなくなって。
2ヶ月前に告白した。
玉砕は覚悟していた。
ところが、結果は意外にも。
「和也くん」
理沙がニッコリ笑って、僕の名前を呼んだ。
ああ、それだけで幸せだ。
「ごめん。どうしても顔が見たくて」
「うん。いいよ」
理沙が頷く。
「私も逢いたかった」
そう言って、恥ずかしそうに下を向く。
かわいい。
かわいい、かわいい、かわいい!
かわいすぎる!
僕はニヤニヤするのを必死で堪えた。
しばらく、僕たちは他愛もない話をした。
それだけでも楽しい。
「あ。次の講義だよね?」
「うん」
理沙が頷いた。
寂しそうな顔。
僕だってそうだ。
許されるなら、ずっといっしょに居たい。
スマホでいつでも連絡は取れるけど、やっぱり直接逢うのが1番良いに決まってる。
「じゃあね」
「うん。また連絡するよ」
最後に微笑むと、理沙が背を向けた。
僕は、その後ろ姿をうっとりと見つめる。
「和也!」
元気の良い声がした。
僕は声の主が誰か、すぐに分かった。
高校の同級生、柚葉だ。
好きな音楽で意気投合して以来、ずっと良い友達でいる。
振り返ると案の定、柚葉が慌てた様子で走ってきた。
「和也! 和也!」
「そんな大きな声で呼ぶなよ。聞こえてる」
柚葉が両膝に両手を突いて、弾んだ息を整えた。
昔からボーイッシュで、まるで男友達みたいだ。
ようやく柚葉が身体を起こすと、ポニーテールが揺れた。
身長は僕より少し低い。
「ちょっと聞いてよ!」
「何だよ」
「あたし…見たのよ!」
「見た? 何を?」
「あれよ、あれ! 闇のナースよ!」
闇のナースの話は、僕も知っている。
最近、この辺りで夜になると出没するダーク系ナースの格好をした女性らしい。
僕は怪談好きの連中が新しく創造した都市伝説だと解釈していた。
別に何か直接的な悪さをしたとは聞かないので、夜に出歩く単なるコスプレイヤーという可能性もある。
どちらにしろ、僕には関係ない話だ。