95・人
その夜。男にとっては永遠にも思える長い一夜だった。
いつ再びの攻撃を仕掛けてくるわからぬ緊張に屋敷中の人間が怯えるなか、男は一人玄関前に居座り丘の下で陣を張る解放軍を見張り続けた。
フーコーもアーキーも傷つき今は戦うことができない。唯一の戦力であるユンカには、エリヤとモモナを守って貰わなければならない。いざとなれば、せめて二人だけでも助けて貰わなければ。
男は自分が昼の戦で傷一つおわず、守られる立場でいることが何よりも苦しかった。そして今も、もし何か起きてもそれをひとときも阻む力を持ち合わせないことが苦しかった。
無力さの中でせめて皆が休めるよう歩哨を買って出て、寒空の下一人長い夜を過ごした。
冷たい空気に洗われた透き通る夜空を見上げながら、丘を吹き下ろす一陣の風が巻き起こす波のような梢枝のうねりが弧を描いて眼下に広がっていく様子を眺めながら、男は目に映っているはずのその景色の美しさに気づくこともなく、影のようにうずくまるボロ布の集団の寝姿とその合間にポツポツと夜通し燃え続けるいくつかの焚火を見ながら様々なことを考えた。
父のこと、亡くした妻のこと、ヨフカのこと、エリヤのこと、モモナのこと。
そして己のことについても考えた。
もしここで全てが奴らに奪われても後悔しないだろう、という思いが男にはあった。少なくとも私は全力を尽くした。家族を守るため、家を守るため、奴隷たちを守るため。
全てが自分の利益のために行われているように奴らは言うが、この土地に我ら一族がいなければ他の貴族がすぐに入り込み、そしてこの土地のものたちに縁もゆかりもないその貴族は私とは比べ物にならない過酷さでこの土地から全ての収穫を奪い取るだろう。
人は土地に根付くものだ、と父がよく言っていた。
人は己を土地に根付かせ、同じ土地に根付く人と人だけが真に目的を通わせられる。よそ者は土地を利用し、奪い、あるいは無視し、汚す。いかに人が移動の自由を手に入れても、いかに人が根無草たる生活、日々の労働とやらにかりそめの充足を見出して気軽に暮らす生き様を選べるようになっても、人は土地に根付く。
そして、その土地の貴族とは、決して我ら一族だけのものではなく、この土地を代表するものであると言うことを奴らはわかっていない。
解放されて奴隷はどこへ行けというのか?他人に強制的に与えられた自由とは、帰属社会からの追放と変わらないではないか?
農業も今は非常に激しい競争の世界で、仮に個々にこの土地を分割して分け与えられて、そのうちの何人が一人の力でまともに作物から生活の糧を得ることができるであろう。そしてそうやって分割された結果、必ず生まれる個で生きる力のない弱者は、隣にすむ考えのない小さな強者に食い物にされることになるだろう。
それは考えうる最悪の悲劇を生む。きっと責任もプライドもない小賢しく金をかせぐ力だけを持った吐き気のするような性格の持ち主がやがて土地の全てを支配し、土地に生きるという価値を理解しないまま何もかもを、ここに生きる人々の繋がりや誇りや根付くことの価値やさらに大きな共同としての意識のようなものを粉々に破壊するだろう。
奴らの自由とはその程度のものにすぎん。
あるいは奴隷解放軍とやらが私に変わってここを支配することになるか?自由という名目だけ与え、共同作業という上部を取り繕い、利益の公平なる分配のために一時的にと偽って解放された人々の収穫物をかき集めて、そしてそれを一部の支配者が自分の私腹を肥やすために使うことになるのだろうか?
いずれにせよ、ここが今よりよくなることなど、彼らの力ではありえない。
本当にここを変えるのであればヨフカのような人間と、この土地から自然に生まれた何者かが手を組んで、そしてきっと私の想像もしない形の人の絆を作り出して初めて、何かが変わっていくのだろう。
膝掛けの下に入れた、冷え切って氷のようになった手をこすり合わせる。腰から下は感覚すらない。だが男はそうやって身を痛みにさらしながら、微かな慰めを感じていた。戦うことは大変だが、戦えないことはもっと辛い。そしてこうして自分をいじめることは、心を苛む罪悪感を沈めてくれる。ほんの少しだが。
だが、ヨフカは死んだ。
白い息を吐いて男は眉を曇らせる。
正しい人間は殺される。それは昔からの理だ。この世の中に生きていられるのはエゴを剥き出し他人を押しのける厚顔で薄情な利己主義者だけだ。
自分より他人のことを優先したり、実現しない正義を清い手段で行ったり、皆が目をつぶる矛盾を暴くものは皆殺される。
そして、真に理想的で公平で美しい理念は、存在すら許されない。
だがそれが自然だ。
なぜなら、人間が生き物だからだ。動物だからだ。地球という残酷な弱肉強食の世界に生まれた、無慈悲で薄情な母から生まれた知性だからだ。子供である生命に殺し合いをさせて優れた物だけを選び生存させる、大いなる母たるこの星の精神から生まれた生き物だからだ。
だから、ヨフカが死んだのは必然だ。
それにあいつは人を見ていなかった。理想といえば聞こえはいいが、目の前の存在ではなくどこか別の世界にいる誰かをそこに投影していた。獣を人にしようとしていた。
いや、人を『人』だと思っていた、とでも言おうか。
人はただの人でしかないということを忘れて、まるで理想を実現できる力を持った何か特別な存在、あいつが心に思い描く存在、イデアとしての『人』であるかのように扱ってしまった。
それでは世界は変わらない。
そして男は草歩のことをふと思う。
無口で頑固で、甘ったれで情に流されやすい性質の、悲しげな目をしながら他人への思いやりを忘れず、それでいて己の意思を貫き通すタフさもある小さな子供。だがあの子は底知れぬところがある。
男にとっては、自分の人生感では図れぬ存在だった。
あの子はどこに帰属しているわけでもないのに揺らぐことのない自己を持っている。しかしその自己は単なる自分本意な個を優先させる旅人風の気質とは異なる。
一体何がそうさせるのか?
人は土地に根差すという価値観では測れない。またロマのような流浪の民や放浪者、武芸者などの一芸に身を投じる世捨て人でもない。俯瞰して世を見る仙人、識者でもなければ日々の楽しみに身をやつす快楽主義者、あるいは逆に世をはかなむ厭世詩人でももちろんない。
行動原理は自己本意でありながらその根底が他者への気遣いで、人に対する公平で平等な価値観と揺らがぬ距離感を持ち合わせ、私にとっては歴然と存在を感じる身分の差や立場の差をむしろ存在しないかのように普遍的な態度で人と向かい合う。
それは理想の実現ではない。
あくまで自然な行動で、あの子にとっては呼吸をするのと同じくらい当たり前に、人が人と向かい合う正しいスタンスを知っているのだ。
一体どこでそれを教わった?
そしてあの子は奴隷解放軍をも引かせるだけの説得力を持ち合わせている。きっと汚いこともできる度量があるのだろう。
柔らかそうな黒髪の、黒い目をした薄い顔立ちの子供。切れ長の目に浮かぶ神秘的とも言える情念。その底の優しさ。
もし、人間が土地ではなく『人間存在』に根差すことがありうれば、ああいうことになるのだろうか。と、ふと男は思う。
だがそれはこの世界に生きる男にはあまりにも荒唐無稽で理解不能の考えだった。人が人に根差す?それは血族や民を超えて?そして土地や家族を守るためでなく、彼の根差す人の尊厳を守るために戦う?
そんなバカな。
男は首を振って笑う。いつの間にか、男の左手から太陽が登ってきていた。考えに没頭するあまり、時が立つのを忘れていたようだ。
気づけば丘の下の焚火が消え、白い煙が熾からたなびいている。そしてそれを囲んで居座っていた黒い影が消えていた。
家を取り囲むように広がっていたはずの奴隷解放軍の姿はすでになかった。
男は安堵と、あの子供のしでかしたことだという妙な確信を抱きながら、寒さも忘れてしばし景色を眺めていた。そしてようやく、この土地の美しさ、飴色の光に照らされた大地の荒涼としながらも何者からも自由な美しさを感じることができた。




