8・決闘スタート!明らかになるピーグイの能力とは!?
持ち時間は10分切れ負け、手番は神様が草歩を先手ときめ、決闘がスタートした。
さっきのように一手30秒を提案したのだが、ピーグイは10分切れ負けを提案し、「神のサイコロ」によってピーグイの案が採用された。
持ち時間についてはこうなるのか、草歩は経験を積んでゆく。
サイコロで選択されると、一手10秒や三分切れ負けのような短い時間や、逆に時間無制限のような提案をされてしまって、作戦的に不利になることもあるわけだ。
次は『宣誓』の前に決めておいたほうがだろう。
さっきのおじさんの『時鎖減殺』だったら、ここで短い時間を提案し一気に作戦がちも狙えるだろう。
と、言うことは、もしかしたらピーグイの『能力』も時間責めに関するものか?
しかしわからない状態で考えすぎるのは集中力の妨げになる。
草歩は飛車先の歩をついて戦法を『居飛車』に決める。飛車を動かさず、基本的にはその筋に置いて戦うことだ。
角道を開けるピーグイに対して、草歩は合わせず、角の交換はしないで進める。
交換しても持ち駒として簡単には使えない以上(能力をなるべく見せたくないので)、まだ角を失いたくない。さっきのおじさんの作戦を借りて、棒銀に進めてゆく。
持ち駒が使えないこの『皇棋』では、ダイナミックな乱戦には本当に『読む』力が必要になる。『読む』とは、将棋の先がどうなるかを考えることを言う。皇棋では大きくコマを動かして守りが薄くなったり、相手に大駒を飛び込まれたりしたときに持ち駒を打って弾くことができない。
なので草歩としては、自分の力量では読み切れない激しい展開にはせず、守りを固めて着実に攻めていきたいところだ。
飛車の筋から銀で突進する作戦を『棒銀』というが、草歩はその戦法ですすんでゆく。
相手も飛車を使ってくるが、そこは自陣に低く構えて受け止める。
そして、角の頭に銀を飛び込ませ守りの金と相打ちにし、飛車を成り込むことができた。これで有利だ!
相手は王を逃してきたが、ここで角道をあける。角と角が睨み合うが、相手が草歩の角を取れば、こちらも取り返し、その後桂馬を取りながら飛車を突っ込むことができる。そうすればもう敵陣は崩壊だ。
いつの間にか、草歩たちのテーブルを取り囲む見物人が増えていた。盤面は見えないはずだが、草歩がピョンを助けようと奴隷商人に挑むというバカをやっているので皆気になったのかもしれない。
子供たちもいるし、レストランのおじさん、おばさんも見ている。見物人たちはお酒を持って、この戦いをツマミ代わりにのんでいるようだ。中には老人もいて、草歩はその人がちょっと気にかかった。
顔を赤くして、大きな徳利から杯に注いで飲んでいる、一見ただの酔っ払いのお爺さんのようだ。でもその髭の長いエルフのような尖った耳をした老人の目は、他の人とは違う、全てを見通すような鋭さがある。
ピーグイは草歩の攻めを焦りもせずちょび髭を撫でながら、
「ほうほう。なかなかいい手ですね。やられヴァした。では」
といって『能力』発動のためにつぶやいた。
「『輪廻転生』」
どんな能力だ?でもここまで有利になれば。
と、なんと盤面が戻ってゆく。草歩が飛車を成り込む直前、手数にして5手、局面は戻されていた。
「こ、これは?」
草歩はさすがに動揺する。見れば、草歩が作戦を考えるために消費した時間は戻っていない。ピーグイは今までほとんど時間を使わずに進めていたので、これでは完全に不利じゃないか。
「さあ、ではあなたの手に備えさせてもらいますよ」
と、棒銀に備え王で守る手をピーグイは指した。
うう、と草歩は唸る。
これは『待った』じゃないか!
自分もコンピュータ相手に指す時はたまにやってしまっていた。父さんには「待った」はダメだ、と言われているが、コンピュータなら自分より強いし構わないだろう、と自分が不利になった時はその直前までもどして戦ったりしたものだ。
相手の狙いがわからない、読めないからやられてしまうが、待ったをすれば力の差の程度によってはひっくり返すことができる。なにしろこの先どこに攻めてくるかわかるのだから。
草歩は焦りながら指し進める。作戦に完全に対応されてしまった。もう一度かんがえないと。
でも。
と、タイムカウンターを見る。ピーグイに比べて倍もつかってしまった。切れ負けだから、時間がなくなってしまったらそれで負けだ。
草歩はピーグイの使った『輪廻転生』の説明を読む。一度使った以上、何かこちらに有利になる条件があるはずだが。
それを見て草歩はハッとする。
*『輪廻転生』は一度プレイヤーが発動すると、相手プレイヤーにその権利が移る。相手プレイヤーが発動すれば、プレイヤーはもう一度使う権利を得られる*
つまり、今は自分にもこの能力を使える権利があるってことか。
草歩は拳を握る。時間がなくて対応しきれず、ピーグイのコマが次第に草歩の陣地に侵入し始めていた。今、これを発動すればこの「馬」を作られる前に戻せる。
でも。
「待った」の誘惑に、草歩は葛藤していた。
ピーグイはそれを見て胸の内で笑う。ヴァかなヴォうずだ。悩め悩め。
ピンクのだらけた頬に蛇のような笑みを浮かべる。
昔はピーグイも『皇棋』の棋士としてレベルを上げ、まっとうに力をつけてこの世界の成功者、尊敬される棋士になることを夢見ていた。しかし、自分のこの能力は、どこかで自分の成長を妨げた。失敗してももう一度やり直せる、そう言う考えがピーグイの読みの精度を甘くさせ、集中力を鈍らせるのだ。
なんでこんな能力なんだ。『皇棋』の神を何度呪ったかしれない。もっと戦闘向きの能力だったり、切れ味鋭い展開に持ち込める能力だったら、それを磨いて強くなれたのに。
自分自身に裏切られた思いが消えず、いつしかピーグイはまっとうに勝つことを諦めた。
弱いやつに勝てばいい。それでも勝ちには変わりないんだから。そして、そんな自分の変化に合わせるように世界も変わり、卑怯な自分の存在が許されるようになった。
真剣に『皇棋』に取り組んでるような、純粋で真っ直ぐなガキほど戦いやすい。
ちょうど目の前にいるこんなヴォうずみたいに。
「待った」をすることに嫌悪を覚えるような真っ白な子供の心を、誘惑にまけ「待った」を使わせて自己嫌悪に陥らせるのが最高に快感だ。結局こいつも使うのだ、俺の能力を。負けそうになれば、「今のなし!」と見栄もプライドもなく叫ぶのだ。
そうして俺のように一生、自分に裏切られた人生を送るがいい。
悩むだけでこのヴォうずの指し手は鈍る。戦う前からヴォれさまの勝ちは決まっていた。こんな奴隷のガキを助けたいと思うような人生の綺麗な部分しかしらないガキに、傷つき苦しみ己を見放して、生きるためになりふりかまわぬ境地に到達したヴォれを倒せるはずがないのだ。
草歩は焦っていた。しかし決断がくだせない。
もう時間がない。勝つために、「待った」するなら今しかない。でも。