表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/97

79・平等

 平然と見合いながらオークスとヨフカは、お互いに取った腕を押さえつけ、取られた腕を引き剥がそうと無言のうちに争っている。


 「お前の奥さんにな、我らの崇高なる意思を理解して欲しかっただけだよ、ヨフカ。あまりに理解を示してくれないので少々荒っぽくなってしまったことは認める。だが君にはわかるだろう?私がどんなにか身分について虐げられながら生きてきたか。それを認めてもらうことだけが私の生きている証であるということを」


 オークスの言葉にヨフカが返す。二人とも低く抑えながらも力みが入ったうなる様な声で。


 「わかっているさ。だがその思いは相手に強要するものではないだろう?それでは何も変わらない。正しい理念は正しい手法で行われねばならないんだ。何度も伝えただろう、僕たちが真にやるべきことは何かを。人を変えるためにはね、オークス」


 そしてヨフカのどこまでも澄み切った哀れみの瞳がオークスの闇を刺す。


 「思いやりによるしかないんだよ。まず相手に自分を認めて貰わなければいけない。それで初めて人はこちらの話を聞いてくれる。それは脅迫や暴力であってはならないんだ、絶対に。それでは人の心は得られない。君には僕の思いは通じていると思っていたんだが、足りなかったみたいだね」


 悲しそうなヨフカの顔がオークスの罪悪感を刺激するが、それは今日ここに来るときにもう気にしないと決めたことだ。


 「思いやりね。すまなかったなヨフカ。そろそろ手を、離してくれないか?」

 「いや、だめだなオークス。君が妻にしたことを許すわけにはいかない。このまま罰を受けてもらう」


 「本気なのか?」

 オークスはジャケットのポケットに手をいれて拗ねた態度を取り繕い、こびる様な顔を作ってヨフカに笑いかける。


 「我々は仲間じゃないか。一度の過ちだ、見過ごしてはくれないか?」


 「仲間さ。だがそれとこれとは話が違う。許されないことというのは歴然と存在するんだ、君も大人ならわかるだろう」


 「罰か。まさか、貴族たちによってなされるあの統治裁判所につれてゆくのか?平民の私がどのような扱いを受けるかわかっていて」


 「それだけのことを君はしたんだ。罪を償って、その時はまた仲間として迎えよう」


 揺るぎのないヨフカの態度。眩しいほどに煌く正義の男。俺もこいつのこういうところに惚れたんだ。この貴族も平民もない人間として公平な視線に。


 「ああそうか。ヨフカ、君はいつでも正しいよ。わかった、君に従おう。自分がしでかした罰を受け入れる。でも最後に一度だけお願いだ」


 オークスはできるだけ真っ直ぐに相手を見つめる。このお人好しで信じやすい、馬鹿力の男を騙すのは簡単だ。


 「なんだ?」

 ほら。ヨフカの目はすぐに柔らかさを取り戻した。


 オークスはわざと陽気に鷹揚に、ポケットから出した掴まれていない方の腕を、ゆるく拳をにぎったまま広げる。自分のしたことを反省しながらも、平静に振る舞おうと必死な悲しい男に見えるように。


 「最後に友として抱擁をしてくれはしないか?そうしたら私はプライドを保って償いに向かえる。誇り高きヨフカの友人として」


 自分の目に涙が浮かぶのをオークスは感じた。意外だったが、これは本心だったのかもしれない。今夜最後に俺は、ヨフカの友としていたいのだ。眩しすぎるこの男の。


 「ああ。もちろんだ」

 ヨフカも腕を広げ、オークスを受け入れようと待ち構える。


 オークスはヨフカに体を寄せ腕を背中に回す。そして抱き寄せた。ヨフカの腕も自分の背中に置かれる。決して情熱的ではないが、礼を失わない優しさと強さが感じられる。


 涙が溢れて流れ出す。鼻がつまりすすり上げるオークス。俺は泣いているのか?

 そうか、俺はこいつのことが好きだったんだ。本当に。


 「ヨフカ、さようならだ」

 「オークス、また会えるさ」


 「いや」


 オークスはヨフカ背中に回した手を開く。ジャケットのポケットから出した手を。そこには壁掛けから取った金色のナイフがあった。


 「お別れだ」


 ヨフカの背に、オークスはナイフを突き立てる。職人の手で極限まで鋭くとがれたその貴重な刃は、象牙の柄の根元まで簡単に突き刺さる。まるでバターにでも刺すかのように、ヨフカの筋肉質な背にするりと滑り込む。


 「ああ」

 その光景を、エリヤはスローモーションのように見た。違和感か痛みか、反射的にオークスを突き飛ばしたヨフカが捻る様に歪める体から、見慣れた美しい鳥の模様が施された象牙が飛び出している。それが羽ばたきでもするかのようにゆっくりと、エリヤの目に虹色の残像を残して不規則に動く。


 「ヨフカ!!これは貴様の起こしたことだ!!貴様自身が!!」


 歪んだチューブを通ったかのように低く引き伸ばされた、本人の心のように醜い声でオークスが叫んでいるのが聞こえる。


 「決して手の届かぬ理想を俺の前にチラつかせ、夢の様な考えを吹き込んで自由と権利について目覚めさせ、その上恵まれた自分自身をこうなれるとでもいうように俺の前にひけらかし続けたお前がな!!


 俺はお前のようになれると信じていた、いつかお前と同じような公平で純粋な態度が取れると思っていた、学んで実践し理想を追えば、お前のような恵まれた男になれると信じていた!!


 だがな、ヨフカ!!お前は自分が恵まれすぎていると言うことを知らなかった。自分が光り輝く生まれと育ちと富によって形作られた特別な存在だとしらなかった。わかるかヨフカ!!」


 オークスは叫び、上半身を硬ばらせる。ゆっくりと、ゴム風船が破裂するようにオークスの服がはじげ飛んでいく。下から現れるのは剛毛に覆われた小山のような筋肉の塊だ。いまや上部だけ取り繕った人間らしさをかなぐり捨てて、牙を剥き出し自らの獣性を誇る一匹の野獣と化したオークスが咆哮する。


 「人は自分でしかいられない!!!」


 涙を撒き散らしながら爪を立ててヨフカに襲いかかりながら獣が喚いている。


 「俺は決して貴様のようになれないと、思い知らされるだけなんだよおおお!!!お前が俺に笑うたびに、お前が俺を励ますたびに、お前が理想を口にするたびに、俺は惨めな自分を思い知らされる!!!労働者と貴族が対等になれるだと!!??生まれも育ちも関係がない世界を作るだと!!??すべての人間は公平だ、だと!!!!」


 背にナイフを突き刺したまま、しかしヨフカもオークスの攻撃をしのぎ反撃に向かう。自分がこの男を止めねばならないという決死の思いが、命の最後の炎を煽るかのように。


 獣の拳が、泣きじゃくる子供のようにヨフカに振り下ろされる。

 「嘘をつくな!!!!


 俺はどこまで行っても貧しく醜い平民の男だ!!!卑しく汚らわしいと蔑まれる奴隷の子孫だ!!!わかるか!!!お前はお前の妻さえ説得できないのに!!!!!そんな理想を俺に押し付けて!!!それは残酷な人形遊びと変わらん!!!貴族が奴隷に衣装を着せて社交界を連れ回す忌むべき出し物と変わらん!!!!


 いや、人間的理想を植え付けただけお前の方が何倍も残酷だぞヨフカ!!!!だから死ね!!!死んでその罪を償え!!!


 俺はお前のようにはなれないと思い知らされるのはもうたくさんだったんだ!!!だから今日、俺は決めた!!!!本当に俺が『人』になれるのか確かめようと!!!だがみろ!!お前の醜悪な心根を持った妻を!!!!美しい顔をしながらも平然と相手を下げすむ汚らわしい女を!!!


 俺はお前と同じになりたかった!!!!ただそれだけだ!!!」


 エリヤの耳に肉が肉を打つ打撃音に混じって、ねじれた雄叫びが聞こえている。意味をなさない獣の叫びが。


 再び組み合ったオークスを、ヨフカがねじ伏せようと試みる。オークスはじっと友を見つめ、涙を流し続けている。


 「だが無理だ、ヨフカ。世間はお前のような人間ばかりじゃない。俺もこの女も、お前のように清らかには生きられない。


 きっと何も変わらん。この世界も人間も永遠に。人は人を蔑み見下し妬み嫉みこびへつらい続ける。だからお前の罪はな、ヨフカ。まるで人が変われるかのように俺に教えたことにある。自分が太陽だからといって、周りもそうだと限らんのだ。だから死ね。俺を弄んだことを後悔して死ね。


 そうだ、お前の妻に罪はない。あいつはただ、生まれながらに歪んだ目線を持っている高慢な女というだけだ。ただ、救いようのない女というだけだ。俺にも罪はない。俺はただの貧しい労働者。周りに見下されて生きていくべき哀れな男。悪いのはお前だ。それが公平になれるかのような『嘘』を俺についたお前だ。妻一人変えられなかったお前だ。


 だから、消えてくれ。俺の前から」

 オークスはヨフカの首に手をかけてぎりぎりと爪を立て始める。


 ヨフカはそれを受け止めて、オークスを見つめる。今この場においてさえも、哀れむような顔をして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ