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71・人のため?自分のため?

 それから毎朝の薪割りが草歩の日課になった。


 朝起きて薪を割り、モモナとエリナさん、男と共に朝ごはんを食べる。モモナと遊んで、エリヤさんに勉強を教えてもらい、昼ごはんまでの少しのあいだ、メイドさんを手伝って家や庭の手入れをする。


 昼ごはんのあとは男と少し話をしてまたモモナと遊ぶ。そして夕飯までフーコー手伝って水汲みや農場への物資の運搬。


 お風呂に入って夕ご飯を食べ、その後農場に行ってフーコーと仕事を手伝う。そして夜遅くまで働いて倒れるように眠る。


 最初はエリナさんに強く反対された。お客さまなんだから、まだ治りかけなんだから、子供なんだから、そんなことはしなくていい、と。


 奴隷じゃないんだから、とは言われなかったけれど。

 でも草歩はここにおいてもらっているのに、奴隷の彼らがいないふりをするのは無理だった。だから自分にできることは同じように全部やって、それで初めてここにいられると思った。


 もちろんただの自己満足だし、それで彼らの生活が良くなるわけじゃない。


 あくまで男やエリヤさんに守ってもらっているだけで、自分で生活しているわけでもない、何かを稼いだりうみだしたりしているわけでもない。


 だから誰のためでもなく、自分でやりたいからやっているだけだった。そうやって頭を真っ白にして、体をくたくたに疲れさせれば余計なことを考えないですむから。


 エリヤさんも何を言っても続ける草歩を見て、ついに諦めたようだった。

 「あなたはガンコね」


 エリヤさんは、モモナが遊び疲れて昼寝してしまい、草歩が庭仕事に行こうと支度を始める姿を見ながら言った。


 優しい目だが、その奥には言いようのない心配が窺える。まるで草歩が戦争にいくのを見守るような。


 「あなたはどうしてそんなに自分をいじめるのかしら?ここでゆっくり過ごすのは嫌なの?」


 いつも草歩を心配してくれるエリヤさんが普段と違う様子なので草歩は戸惑い、彼女を見つめた。その草歩の反応にふっと我にかえるようにエリヤさんは笑って、


 「だって、モモナとは遊ぶけど、私の相手はしてくれないんだもの。たまには、私ともゆっくりしましょうね」


 と言った。なんだろう、それが妙に寂しそうで、草歩はエリヤさんに近づく。そして座っている彼女の膝に手を置いた。


 エリヤさんは草歩を自分の膝に座らせると、後ろから抱きしめる。


 「あなたは真っ直ぐだわ。『あの人』たちがいると落ち着かないんでしょう?だから自分もあの人たちの手伝いをする。自分のためよね。仕方ないわ」


 そして草歩の肩に顎を載せると、耳元で呟くように、しかし思いのこもった声で訴えた。


 「でも、『人のため』だったら今すぐやめて。あの人たちのために何かをしたら、絶対に裏切られるだけ。それに彼らにとっても今の方がずっといいのよ。余計なことを考えて自分を苦しめる必要がないんだもの。考える頭もないのにろくでもないことを考えて自分も周りも苦しめる様なことをね。わかった?人のためじゃなく、自分のためにやりなさい、どんなことでも。そうすれば裏切られることはないし、裏切られても納得できるでしょ?」


 草歩は驚いた。エリヤさんがやってくれていることは、草歩のためなのに。草歩には『人のため』に何かをするなという。あの人、とは奴隷のことだろうか?


 エリヤさんがそれを見透かしたようにいう。


 「私もね、自分のためにあなたを世話してるの。だからあなたがどこかに行こうとしても、今はこうして離さないわ。しばらくここにいて。ね?」


 そうしてしばらく、草歩はエリヤさんに抱きしめられて彼女の息遣いをかんじながら、一体なにがあったんだろう?と考えた。

 


 「君は皇棋は指さないのか?」


 すっかり日課になった昼食後にテラスに出て男のパイプに付き合う時間、抜けるような澄んだ空に煙を吐き出し、眼下に見える羽虫のような奴隷たちの甲斐甲斐しく務める姿を見つめながら男が言った。


 「フーコーは少し指すんだが、やはり奴隷相手は面白くなくてな。君さえ良ければ私が稽古をつけてやってもいい」


 目を細め草歩を見る。男はこの珍入者にすっかり気を許しているようだった。こびない態度、子供らしからぬ意思の強さ、他人に対する思いやり。それになにより、喋らないのがいい。自分が何を話しても、それを誰かにベラベラと話される心配がない。


 「私も小さい頃から父に皇棋は厳しく教わったものだ。支配者たるもの少なくとも皇棋だけは強くなければならんからな。かつては貴族皇棋戦に出たこともあるのだよ。もう、半世紀も前のことだ。父の抱える問題から目を背けるために皇棋に逃げたんだな、言ってしまえば」


 深くパイプを吸ってモクモクと煙を上げながら男が遠くを見る目でいう。


 「指南役になれば、父の問題を解決できるかもしれないと思ったりもしていたものさ。名ばかりの貴族が増え続けるのを止めたりね。しかし結局は実力不足だったが。世の中は公平が叫ばれ、形ばかり残った伝統が権力者に、名前だけの存在に押し付けられる。そんな状態が続いた。


 そして忌々しい闘争の連続。誰も幸せならない悲劇の連鎖。


 今の指南役に問題がないとは言わないが、少なくとも力の意味を取り戻してくれたとは思う。力があればこそ民に気を使えるのだ。そして力を振るうことを認められていればこそ、物事を動かすことができる。まあ、ともかく。君も何かをなさんとするならば、力を持っておいて損はないぞ。どうだ?」


 男が顎をしゃくった先には、テーブルの上に置かれた石の皇棋盤があった。


 それを見るだけで、お腹の辺りにギュッと締め付けられるような痛みが走る。草歩は強く首を振って目を逸らした。


 「ふん、そうか。君は奴隷たちにえらく同情的だからな。私が皇棋を持ちかければよろこんで戦うかと思ったが。あいつらのために」


 男はそう言い、また視線を農場に戻す。

 「そこまで愚かではないか。気が変わったらいつでも相手になるぞ。久しく指していなくてな」


 男の声には寂しさが混じっていた。エリヤさんに感じた憂いと似た。



 夜。草歩とフーコーは農場からその日の収穫を抱えて屋敷に向かって長い坂道を登っていた。空には星が輝き、身を切るような風が丘を吹き荒ぶ。


 「君には本当に驚かされてばかりだよ」


 フーコーが後ろの草歩に声をかける。前を歩いて荷車を引く大きな体からは湯気が上がっている。草歩はその荷車を後ろから押していた。


 「川で見つけた時も驚いたけど、回復したらこうして仕事を自分から手伝ってくれるようになるんだからね。エリヤさんにもご主人にも気に入られているようだから、お屋敷で過ごすこともできるだろうに。奴隷じみた卑屈さもないし、かと言って同情めいた押し付けもない。まだチビのくせに力仕事も厭わないしね」


 後ろを振りかえってフーコーが笑う。口元に覗く白い歯が月明かりに光ってまぶしい。


 「本当に何者なんだ?君は。喋れないみたいだからしかたないけど。君を見ていると眩しすぎて不安になるよ」


 フーコーの目に影が落ちる。まただ、エリヤさんや男に感じたなんともいえない寂しさ。

 「彼が帰ってきたみたいで、嬉しいんだけどすごく不安だ」


 

 翌日。モモナと一緒に絵を描いて遊んでいた。


 草歩は紺の半ズボンに腿まである真っ白なタイツを履いて、上は肩の膨らんでボタンの脇にフリルのあるストライプの入ったシルクのシャツにベスト。エリヤさんが髪をサラサラに溶かしてくれて、鏡でみると絵本の王子さまみたいだ。


 モモナはピンクのドレスで、ドレスの裾がふんわり広がってリボンやフリルがたくさんついている。髪は三つ編みを両方にたらして、根本と毛先に大きなピンクのリボンだ。すごく可愛らしくて、モモナもすっかり気に入って、二人でさっきまでダンスの真似事をしていた。貴族のパーティでの舞踏会をやりたかったらしい。草歩は踊れないので戸惑いっぱなしだったが、見守るエリヤさんも男も幸せそうなので悪い気はしなかった。


 そして今はお絵かきだ。


 この世界にもパステルみたいな顔料をゴムやノリといった凝固剤で固めたシンプルなお絵描きの道具はあって、それを使っている。


 草歩は農場にいる馬の絵を描いている。


 モモナはお姫様の自分と王子様の草歩を描いて、その隣にエリヤさんらしい女の人、そして車椅子のお爺さんを書いたあと、エリヤさんの隣に別の男の人を書いた。


 草歩が見ているのに気づいたモモナが、一人一人説明してくれる。


 「私でしょ、これがあなた。それにママとグランパ。そしてパパ」

 男の人を指しながらモモナがいう。


 エリヤさんが、例の寂しそうな目をしてモモナを撫でた。

 「いいわね。上手にかけたわ」


 モモナは得意げに言った。

 「うん。私、パパのこと覚えているもん」


 エリヤさんが急にギュッとモモナを抱きしめた。驚いたようすのモモナは、すぐに目を閉じてママにしがみつく。


 草歩は、自分にわからない何かがあったのだろう、と思う。

 今はいない家族が、揃って描かれた絵をみながら。

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