7・奴隷商人ピーグイ!許せない草歩
「おじさん、なんで止めるの!」
怒る隼人に、おじさんが悲しげに首を振る。
「あの男はな、奴隷商人のピーグイだ。そしてな、あの子はピーグイにああいう扱いを受けても文句はいえないのさ」
「そんなバカな!子供を蹴るなんて許せないよ」
「坊やは外国から来たからわからんかもしれんがな、今、この国ではこれが許されている。意味がわかるか?」
「いいやわからない!」
草歩は頭から湯気が出そうだった。周りにも他に大人がいるのに、豚男に小突かれながら椅子を引いてやったり、マントのホコリを払っているウサギの子の扱いになにも言わないなんて!
「『皇棋』に負けたんだよ、あの子は」
「えっ!?」
「さっき俺が言った意味がわかったろう?『宣誓』は恐ろしいものだ。かけたものは神命によって必ず『果たされる』。きっとあの子も止むに止まれぬ事情で自分自身を賭けてピーグイと戦ったんだろう。そして負けたのさ。あの『ピーグイ』ってやつは卑怯で、自分が絶対に勝てそうな相手としか戦わない。それに相手には自分の能力をいわないようにって必ず『宣誓』の条件につけるから、誰もやつの能力を知らんのさ。だから誰も手は出さん」
「そんな」
改めて豚男とウサギ耳の子を見て草歩は拳を握る。『皇棋』に負けたら奴隷になる、だって?そんなバカな。そんなのめちゃくちゃじゃないか。
「昔はこんなこと許されていなかったんだがな、皇王付きの指南役が『あいつ』になってから全てが変わっちまった…」
おじさんはなにか言っているが草歩の耳には入らない。なんとかして助けなきゃ。誰も頼りにならないんなら、この僕が。
「俺が『皇棋』をやめたのもそっからだ。『皇棋』ってのは、本当はもっと楽しいもののはずなのに」
「おじさん、あのウサギの子を助けるには、ピーグイと『宣誓』して勝てばいいんだよね」
「え?ああ、奴が条件を飲めばそうなるが、おい、坊やバカなこと考えるんじゃないぞ!」
「あの豚男は自分が勝てそうな相手としか戦わないんでしょ?それならここに来たばかりの僕はきっとあいつにはカモに見えるはずだ」
「俺の言ったこと聞いてなかったのか?誰もあいつの能力は知らないんだよ。お前に勝てる相手じゃない」
「それはあいつも一緒だ。僕の能力はおじさんしか知らない。条件は対等だよ」
「おい、待て!」
必死に止めるおじさんを無視して、草歩はピーグイに近づいていく。
「おい、お前!」
草歩が呼びかけると、ピーグイは面倒くさそうに振り返った。
見れば見るほど醜い顔だ。桃色のだるんだ肌、突き出た大きな豚の鼻。その下の小さな口からは牙が覗き、唇にちょび髭を生やしているのがなんだか気持ち悪い。小さな目には性格が現れ、退屈さやだるさと共に、ずる賢こそうな機敏なところがある。
「なんだね、ヴォうず。気安くヴァなしかけるんじゃない。あっちへいってろ」
「おまえはピーグイだな。僕はこの子を助けに来たんだ。僕と『宣誓決闘』しろ!」
「『宣誓決闘』?」
ピーグイの目に興味を惹かれた光が宿る。
草歩は何も計算なくつっこんでいったわけだが、さっきのおじさんの話が正しかったらこいつは僕と戦うはずだ。という確信があった。
なにしろ草歩の戦績はたったの1試合。それもここのおじさん相手。ピーグイにとっては格好の獲物のはずだからだ。
草歩の宣誓申込みによってピーグイには自分の戦績が見えているはずだった。
草歩もピーグイの情報を見る。レベル14、82勝63敗。だが、最近の戦績は18連勝だ。
きっとおじさんのいうように、どこかの時点でまともに『皇棋』で強くなるのを諦めて、自分の勝てる相手だけと戦うことにしたのだろう。そして自分のことを知らない場所にきて奴隷商人を始めた。
歴戦の勇といっていいだろう。でも、僕だって『将鬼ウォーズ』はやりこんだし、自分の『不殺友愛』は使いこなしている。頑張れば勝てるはずだ。
勝てないとしても、こんな無茶苦茶な状況を見過ごせるような草歩ではなかった。
「ヴフゥゥゥゥッ、ヴォうず、もう一度確認するが、おまえはこのピョンを助けるためにこのヴォれさまと『宣誓』したいっていうヴァけ(わけ)だな?」
ねっとりとした甘い響きが声に混じる。まるで毒を仕込んだリンゴのような危険な優しさだ。
「いいヴァ(だ)ろう。このピーグイ、決して暇な身でヴァないがな。お前のその率直さと度胸に免じて相手をしてやろうでヴァないか」
勿体をつけてピーグイが爪を尖らせゴテゴテと指輪をつけた人差し指を振りながらいう。
そこへカウンターへ注文をいうついでにビールを持って、ピョンと呼ばれたウサギ獣人の子が戻ってきて、不安そうに草歩を見る。何も言わないが、その目にはやめて、という訴えを感じる。きっと草歩が負けた時のことを考えているのだろう。
大丈夫、必ず助ける。草歩はピョンに優しく笑いかける。
「んんん、それでだねえ。ヴォうや。このピョンをヴォれ様から助けたいってことは、ヴォれの『宣誓』でかけるものは当然ピョンになるわけだが。おまえはそれに見合うだけの貴重なヴォのを、ちゃんともっているのヴァ(だ)ろうね?」
わかっているくせに、いやらしくすましてピーグイは尋ねる。自分自身を賭けさせるには、もしかしたら賭ける側から言わないといけないのかもしれないが。そうでなければ神もさすがに認めないだろう。
草歩は迷いなく答える。
「僕自身を賭ける。僕が勝ったら、ピョンを解放しろ。負けたら僕はおまえの奴隷になってやる」
「ディ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ル!!!!!」
ピーグイは今まで隠していたニタニタした笑みを顔いっぱいに広げた。そして手を擦りながら舌舐めずりをして言う。
「それでいい。あ、そうだヴォうや、もう一つ。試合後にお互いの能力を他人にヴァなさない、という条件をつけてもいいかね?」
「いいさ。その方が僕にも都合がいい」
「でヴァ、お互い忙しい身でもヴァろうから、早速『神前宣誓』と行こうじゃないか」
「ああ、わかった」
おじさんが注文の料理をテーブルに持ってきた。そして草歩を見ながら、やめろ、というように強く一度首を振った。
ごめん、僕にはこんなの見過ごせないよ。
「「『神前宣誓!!』」」
草歩の目の前に先ほどのように『皇棋』盤とコマが光ながら浮かび上がる。そして宣誓済みの文字が左上に、条件と共に刻印される。
始まった。もうこれであとは勝つしかない!
草歩はテーブルを挟んでピーグイと向かい合って座ると、相手を睨み付ける。
必ずピョンは助けてみせる。