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59・宣誓条件

 月光に照らされた水銀色に輝く鱗を持つ巨大なドラゴンの上。神秘的な妖気を漂わせて色気さえ香る研ぎ澄まされた風貌に、世界最強の力を持ちながら、『あいつ』はただ、己の楽しみだけを考えている。


 この世界にやってきた草歩を『暇つぶし』の遊び相手と考えている。

 扇子で口元を覆って楽しそうに体を震わせ笑っている。


 『クックックックック。なあ、コドモ。聞いてくれ。俺は向こうの世界でゲームをやっていて、なぜRPGの魔王やラスボスは、主人公の存在を認識しながらすぐに殺しにこないのかなと不思議でならなかったんだ。それも最初の町の周辺には、レベル1でも戦えるスライムなんかを配置して、わざわざ主人公が成長できるように手出けさえしているようにみえたものさ。


 作られたゲームなんだから、都合がいいようになっているんだろうなと思っていたが、今はその気持ちが分かる。


 魔王は退屈なんだよ。主人公が自分を殺しにこなかったら、自分の戦う相手は一人もいない。ゲームの中のキャラクターは、魔王に逆らうことができないようにできているからな。だからスリルを味わうために、もしかしたら自分を殺す敵を育てているかもしれないと承知しながら、その自分に逆らう相手が向かってくるというワクワクした興奮が抑えきれずに、確実に主人公が倒せる相手を道中に配置して配下には理解できないと思われながらも、一人楽しんでいる。


 もしかしたら、殺されることさえも喜びなのかもしれないな。この退屈な世界から逃れられるのなら、死んだ方がましと思っているのかもしれない』


 長々と語った『あいつ』が草歩をねっとりと見る。


 『ああ、お前をみていると俺は本当に複雑な気持ちでいっぱいだよ。今すぐ殺したい気持ちと、俺を殺せるくらいに育てたい気持ちとな』


 草歩は叫ぶ。もう、これ以上この男に付き合うのは気分が悪くなる。

 あまりにも、救いようのないほどにドス黒く染まっている。


 「ふざけるな!!チェスナを返せ!!もうこれ以上、みんなを苦しめるのはよせよ!!!」


 戦っても勝てないことは頭ではわかっている。

 でももう我慢の限界だった。


 「そこから降りてこい!!」

 『クックック。そうか、お前はこいつを助けたいのだったか』


 そう言って『あいつ』はチェスナに言う。

 『来い、赤猫』


 ドラゴンの羽ばたきに服をなびかせながら、人形のように立っていたチェスナはその声を聞くと一瞬深くかがみ込み、操り人形のような不自然に滑らかな動きで飛び上がると、軽々と上空のドラゴンの背に飛び乗った。


 そして『あいつ』の後ろにひざまづき、こうべを垂れる。


 『寄れ、そこへ』

 扇子で示した『あいつ』の前に、チェスナが立って近づく。


 自分よりも背の高いチェスナを横に立たせた『あいつ』は、チェスナと見つめあうとその顔を閉じた扇子の先でゆっくり撫でる。額から頬、顎先まで伝わらせ、一度浮かせて金色に塗られた唇に触れ、弾力を確かめるように動かしたあと、その扇子の先を自分の唇にスッとおいた。


 チェスナはうなづくと両の手をためらいがちにそっと『あいつ』の頬を包むように添え、体をかがめて顔を近づけると、目を閉じて『あいつ』に口づけをした。


 草歩の中で何かが沸騰する。そして同時に凍りつく。

 月の光を背景に、一枚の絵のように二人の男女が長い口づけを交わしている。


 輝く鱗を持つ銀龍の上、白拍子の着物をまとったなまめかしい銀髪の男と、純白のドレスに銀のティアラというまるでウェディングドレスのような姿の紅の美女。


 冷たい月が世界の時間を止めたかのように、音が消え周りの景色も見えなくなり、自分の呼吸さえも忘れて草歩はその光景に釘付けになる。


 怒りなのか、痛みなのか、衝撃なのか、それとも羨望なのか。


 『あいつ』がチェスナの腰に手を回し、チェスナがぎこちなく『あいつ』の首元に指を這わせて、永遠とも思える長さでお互いの唇を合わせている。


 目を閉じたチェスナの表情から目を離せない。わずかに寄せられた眉根とほんのりと染まった頬。そして戸惑いながらも相手に向かって突き出されたふっくらと柔らかそうな唇。


 ようやく時間が戻ったのは二人が顔を離し、『あいつ』が草歩に視線を戻した時だった。


 『クックック。この赤猫は思わぬ拾い物だったよ。最初は気づかなかったが、なかなかどうして磨けば光る。この世界には俺の審美眼にかなう女はいないかと思って諦めていたんだがな、こいつは及第点だ。なぐさみにこんな格好をさせてみたが、どうだ?悪くないだろう?』


 「っ、ふざけるな。っ。ち、チェスナに、こんな。っ」

 あまりに激しい感情に心が嵐のように荒らされて草歩は言葉が出てこない。


 それに。


 キスを離す瞬間に、『あいつ』と見つめ合ったチェスナの目。なんだが名残惜しそうな、ためらいながらも相手に寄り添うような。


 草歩は首を振って追い払う。


 いや。違う。命令でやらされているだけだ。絶対にそんなことありえない。くそ。こんなこと。ふざけやがって。


 「貴様!!そうやって人をもてあそんでそれでも人間か!!!お前は悪魔だ!!!!人の皮を被った化け物だ!!!!」


 草歩は腹のそこから叫んだ。怒りという言葉では言い表せない激情に支配されていた。力が欲しい。もし自分にジューミーのような力があったら、今すぐに飛びかかって行って『あいつ』を殺してやる。バラバラに引き裂いてやる。


 『クックックっクックっっっククククク、ハア、ハア、あー、いいなあ、いい。笑い死にするかと思ったぞ』


 そんな草歩をみて『あいつ』は痙攣けいれんしたように体を震わせて笑い、満足そうにため息をつく。


 『お前のような毛虫が、己の力もわきまえずまるでそうする権利があるかとでもいうように激怒に身悶える様は笑えて仕方がないな、本当に。そこのジューミーやこの』


 と言って『あいつ』は後ろにいる金色の龍を指した。


 今まで『あいつ』にばかり気を取られ気づかなかったが、そこには見覚えのある龍人、あの立派な鎧をきてナチータを倒したドラゴン族が乗っている。


 『ジーフィダーケならともかくもな。ケージの中の芋虫が、餌が気に入らんからと言って大暴れしても滑稽なだけだとわからんらしい』


 「うるさい!!もうお前の話などどうでもいい!!!チェスナを返せよ!!!」


 『いいぞ。ではどうする?』

 『あいつ』がバカにしたような薄笑いでいう。


 『俺を殺すか?俺と『宣誓オース』するか?神に頼んで奇跡でも起こしてもらうか?』

 草歩は言葉に詰まる。そう、自分にはどうしようもない。力でも皇棋でも能力でも人に命じる力でも何一つ。


 それを知っていて、『あいつ』は草歩をなぶっている。


 対戦相手を徹底的にあおってブチギレさせて歯軋はぎしりさせて、そうやって楽しむ害悪プレイヤーのように。そうやって己の無敵感を味わうための道具として草歩を利用している。


 『来いよ。決めたぞ、俺はJRPGの魔王のようなことはせん。お前が本当に俺の退屈しのぎにふさわしい相手なら、全力で叩き潰しても死ぬことはないだろう?いいぞ、お前ののぞみをいえ。どうやってこいつを助ける?』


 言葉に詰まって答えられない草歩をみて、『あいつ』はさらに追い討ちをかける。


 チェスナの体を抱き寄せると、荒々しく自分の前に正面を向いてひざまづかせる。そしてチェスナの後ろからその肩に扇子を置き、いう。


 『息をするな』

 「なに!!?」


 チェスナの顔がわずかに歪み、クッと息を詰めた様子が見えた。


 『あいつ』は草歩を見下ろしている。そう、チェスナはその命令にも逆らえない。きっと死ぬまで、『あいつ』の許しが出ない限り一呼吸だってできないのだ。


 『どうする?お前がえらべ。こいつを助けたかったら、何かしろ。そうやって出来もしない綺麗事を並べるのはみていて虫唾むしずが走る。人を助けたければ、それだけの力を持て。力のある人間にかなわないなら、いちいち声をあげるな。もっと踏み潰したくなるだけだからな。さあ、こいつが死ぬ前に、何かしてみろよ』


 まだチェスナは平然として見えるが、きっとすぐに苦しみだすはずだ。


 このまま挑んでも死ぬだけだとわかっている。絶対に勝てないし、チェスナも救えない。だが他にどう言う選択肢がある?


 くそ。


 あまりの無力感に奥歯を噛み砕くほど食いしばりながら草歩は振り絞るようにしていった。

 「僕と、チェスナをかけて『宣誓』しろ。代わりに、僕自身をかける」


 二チャリ、と粘液質な音が聞こえるようなイヤらしい笑いを『あいつ』が浮かべる。その瞬間、草歩は自分が底無し沼に落ちたことを感じる。絡みついて二度と離れない闇の蟻地獄にハマってしまった。


 僕は奴隷にされて『あいつ』にもてあそばれるのだ。『あいつ』が飽きるまで。 


 『いいだろう。コドモ。受けよう』

 草歩の耳に、地獄の宣告が聞こえた。

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