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58・退屈しのぎ

 今の『あいつ』のセリフ。『鬼神きしん』、と言った。間違いなく。


 草歩が現実の世界で遊んでいた『将鬼しょうぎウォーズ』のAIの名前。


 「ま、まさか」

 答える自分の声が震えているのに草歩は気づく。


 『そう、そのまさかだよ。俺から言わせれば、お前の存在がまさか、なんだがな、コドモ』


 そして『あいつ』は言った。

 『お前もここに、『異世界転生』してきたんだろう?』


 「じゃあ、おまえも!?」

 草歩は目を見開き言葉を失う。


 息を飲んだまま吐き出せなくなり、そのまま苦しさの限界を超えてようやく、ものすごい勢いで浅く喘ぐように体を上下させる。


 「ハアっハアっハアっ」


 そんな草歩の様子をピョンと蒼兄が不思議そうに見つめている。


 彼らはきっと『あいつ』の『皇棋指南役』の能力を知っているから、僕が話していることをわかっているんだろう。そしてその内容が気になっているにちがいない。


 でもこんなこと彼らには言えない。


 『あいつ』も僕と同じ転生者だったなんて!


 『クックック。自分でも驚きだったよ、まさかオタクどもが妄想垂れ流すための現実逃避設定だと思っていた『異世界転生』が、自分の身に起こるとはな。人生なんでも経験はしておく物だよ。ちょっと馬鹿にはしながらも、俺も『無職転生〜異世界行ったら本気出す』とか、連載が始まった『転生したらスライムだった件』とか楽しく読ませてもらっていたからなあ』


 くっ、なんだこいつ。ツンデレみたいなこと言いやがって。話している内容がちょっと古いけど、そうか、こいつは5年以上前にはここにきていたんだっけ。


 『おかげで『神』とやらに願いを叶えてもらう時に迷うことはなかった。絶対に負けない能力で、無双できる世界に転生したい、とな』


 やっぱりか。


 おかしいとは思っていたんだ。他の人の能力ではありえない『皇棋』としてのゲームバランスを崩壊させるチート能力。そしてそれを存分に生かして好き勝手のできる世界設定。


 地球だったら超天才のスーパーマンが急に現れるようなもので、そんな人間は外からやってきたエイリアンでしかありえない。


 「そ、それをなぜ僕に明かす?」

 押されっぱなしだが、草歩は『あいつ』の意図がわからない。僕をどうしたいんだ?


 『ふん、さっきから言ってるだろう?』

 急に声を不機嫌に落として『あいつ』が言う。


 『暇つぶしだよ、暇つぶし。この世界でやりたい放題やるのも正直飽き飽きしてきていてな。考えてもみろ?なぜゲームにオンライン機能が追加されて対人戦が盛り上がるんだとおもう?FPSだろうがAPRGだろうがRTS、TBSだろうが、いくら作り手に用意された世界で無双しても満足できないだろう?人は皆、その先にいる誰かと戦う方が面白いのさ。NPC相手に俺TUEEEかましても虚しいだけだ。分かるだろ?』


 「な、なんだと?お前はここを、ゲームの中だと思ってるのか?」


 『当たり前だろ。しかもクソゲーだよ。最初は面白かったんだがな。キャラクターは生身の人間そっくりに反応するし、物理演算や質感表現も完璧だ。味や匂いまでするしな。


 俺の能力でのし上がっていくたびに好きにできることが増えていって、最終的には世界の王と同じ権力にまで上り詰められた。そしてこの世界で偉そうにしていた奴らを残らずぶちのめして全世界を支配して。


 だがな、クソゲーだよ。もうこの先がない。アップデートも新規イベントの追加もない。こんな世界に閉じ込められたら、誰だってやることはなくなって、あとはどうやって暇をつぶすか考えるしかなくなるぜ?』


 「ふざけてるのか?イベント?キャラクター?この世界の人たちは、みんな生きているんだぞ!みんな生きていて、お前にどれだけ苦しめられているか!」


 『はあ?だとしても何の違いがある?俺は『神』に与えられた能力でこの世界に転生した。つまりここは、俺が自由に、やりたいように振る舞うことを許された世界だってことだ。


 それにお前や俺がもともといた世界と何も変わらないぞ?権力者に生まれた人間は世界が自分の物だと思っているし、一般人は安い金で操れる、己の富のため限界まで絞り取るべき奴隷にしか思っていない。


 才能がある人間だって、それがない人間のことは1ミリだって考えもしないだろう?オリンピック選手だろうがメジャーリーガーだろうが将棋指しだろうが、世界で苦しむ平民のことなどニューロン1発火分も気にかけず、自分の才能が発揮できる場所で自分の力を証明するためだけに1日24時間使ってるんだ。圧倒的に弱者を踏み潰すために。自らの楽しみのためだけに。


 俺がここで何をしようが誰が苦しもうが、それはこの世界の仕組みのせいだろう?その仕組みにせいで、俺は退屈し、そうしてお前が現れたんだ』


 草歩は頭がクラクラして思わず額を押さえる。


 なんだこいつ。話が通じない。究極的に自分勝手だ。確かに人は自分のやりたいこと、好きなことをやって生きるけれど、その先には必ず誰かがいるだろう?


 やったことで喜んでくれる人や、一緒にやることを楽しんでくれる人、やってきたことを誰かに教えたり教わったり、やり続けることで関われる人たちもいる。


 それが、まるでこの世界をおもちゃみたいに。


 砂場で作ったお城やレゴで作った街並みたいに、気に入らなければ全部壊して、新しいおもちゃがないことに駄々をこねるクソガキ。


 僕だってまだ子供だけど、それでも将棋を通して尊敬できる人の生き方や戦い方の作法を学んだんだ。『あいつ』はそんなこともわからないのか?一体どういう生き方をしてきたんだろう?


 それに。と草歩は思う。

 父さんのいっていたことは正しかった。


 『勝ち続けていたら、いつかきっと、必ず勝つからつまらない、といってやめる』


 そうなんだ、チートなんて楽しいのは最初だけだ。


 どんなことだって対等な条件だから楽しいのに。


 もし、世界の権力者やその家族が『あいつ』のような性格をしているのなら、それはきっと対等な生き方をしていないからだ。自分は上だと思っているから何も楽しめない。そうして自分を哀れんで、理由のわからない満たされぬ思いを他人にぶつける。権力を振りかざしてクソみたいな富を蓄え配下を虐待し上に媚びへつらう。


 草歩は『あいつ』を睨む。

 『あいつ』は嬉しそうに笑う。


 『そう、お前は俺の『退屈しのぎ』のために『神』が遣わしたプレイヤーだ。せいぜい俺を楽しませてくれよ?』


 そうか、この身勝手な男は、僕をゲームの対戦相手だと思ってるんだ。


 同じ『異世界転生』をしたもの同士。

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