55・戦いの後の戦い!
ジューミーが負けを認めた。
一瞬の、皆が状況を認識するための静寂の間の後、辺りは怒号と歓声に包まれた。
全てが同時に起こったので、どの順番だったかはわからない。ともかく、草歩が勝ったことによって状況が逆転し、周りでは凄まじい混乱が起こった。
「馬鹿なああ!!『代打ヂ』!!デめえ、手え抜ギやガっダな?『八百長』ダ八百長!!認めねえゾ!!」
ガラームが往生際悪く叫んだ。ジューミーは背中のガラームに向かって中指を立てる。
解放されたトードの親分が、首元の首輪を力任せに引きちぎり、声を限りに叫ぶ。
「ゴロロロオオオオ!!!ガラアアアアーーーム!!!!」
巨大なカエルの全身は怒りと興奮で湯気を立て、太い手足の筋肉が弾けそうなほど盛り上がる。鬼瓦のような憤怒の顔に睨まれたガラームが逃げようとするが、フロッガがその体を蹴り飛ばす。仰向けに倒れるガラーム。
「よくも今まで好き勝手してくれたゲロ!!」
そして鱗に覆われたガラームの弱点である喉元を足で踏みつけた。
「グええええっ!!!」
情けない声を上げたガラームの乗った山椒魚に、自分も危ないと思ったかヤギ執事が飛び乗って螺旋道路を一目散に上に向かって走らせ逃げ出す。
フロッガを払い除けたガラームが走り去る山椒魚の上から叫んだ。
「奴隷ダヂ!!そいヅらを殺ゼえ!!」
「フロッガ!!」
トードの親分は周りの奴隷を弾き飛ばしながら、山椒魚を追って炭鉱のヘリを駆け上りながる。そして振り返り集結した子分たちに向かって命令した。
「野郎ども!!ココを解放しろゴロロロ!!せいぜい暴れて男を見せろゴロゴロゴロ!!」
雷のようなその咆哮に、蒼兄をはじめ集められたミシズ・トード・チョウ一家の手下二十と八人、今や親分と共に自由の身になった彼らが拳を突き上げて鬨の声を上げる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!!!」
そして瞬く間に辺りは戦場と化した。
奴隷たちも本意ではなくとも、命令である以上襲ってくる。トード・チョウ一家たちは殺さぬように相手を倒してゆくが、何しろその数が多く形勢は決して容易ではない。
蒼兄と鎌の助は、鞭を操り奴隷の影に隠れながら戦うブレイズを追い詰めようと試み、おそらく赤松と思われる赤ら顔をした牛頭の、大きな角をつけた獣人が、仲間と一緒にシルバーと戦っている。
穴には凄まじい喧騒と叫びや打撃音が、こだまのように幾重にも響き渡っているが、ジューミーと草歩とピョンだけはそんなことはお構いなしに、これからまるで月見でもするかのように静かに座っていた。
それは当然、獣の王のおかげである。
触れれば自らの命がないと本能的に奴隷も手下たちも感じており、万が一にもジューミーの方に近寄ろうとしないためだ。
「いやー、負けちまったな。これでも本気でやったんだが」
ジューミーが爽やかな笑顔で言った。彼が死んでいないと言うことが、これが八百長でないことを証明しているのだろう。
草歩も笑い返す。
「うん、強かったよ。たのしかった」
久しぶりの濃密な『皇棋』で草歩の心は満たされていた。
「楽しい、か。本当に底がしれねえ坊やだな。なあ、ピョン」
ジューミーは呆れたようにカラカラ笑い、今までにない柔らかな顔でピョンに笑いかけた。
「うん。兄貴はすごいお方なんですミ」
ピョンが嬉しそうにいう。その得意げな声に、改めて草歩はくすぐったい甘い満足感を感じる。
「よく会いに来てくれた。ありがとうな」
ジューミーはピョンにそう言って、少しためらったような仕草をしたあと、ぎこちなく両手を広げてピョンに差し出した。
ゆっくりとピョンが近づき、ジューミーの大きな体に抱きつく。ジューミーもピョンの体を、大きな腕で優しく包んだ。
周りに響く悲鳴も唸り声も怒号も消えて、悲しい運命を背負った長耳の親子の、長い苦痛の刻を超えた抱擁の場面が草歩の胸を暖かく包む。
よかった、本当に。
自分の家族のことを思い出して草歩はちょっと泣きそうになったけれど、それは今は置いておいて、ピョンが父親にあえて本当によかったなと笑顔で二人を見つめた。
「これからどうするんだ?」
ジューミーがピョンに、そして草歩に聞く。
「『あいつ』を、倒すのか」
二人を見ながら、何かを感じていたのかジューミーはそう言った。
草歩はうなづく。ピョンも力強くうなづいた。
「ふっ、そうか。呆れるくれえ真っ直ぐだな。だが、もしかしたら」
ジューミーは地平線の彼方から登ってくる暁を、やがて世界の闇を払う今まさに昇らんとする陽光を見るかのように目を細めて、首を振った。
「もしかしたらじゃねえな。間違いなく、坊やならできる。ピョン、しっかり支えてやれよ」
ジューミーはピョンに向かっていう。
自分にはいなかった同じ目的を持った仲間。権威や称号に囚われ過ぎて、三は足元を見ていなかったんだな。とジューミーは気づく。
きっとこいつらなら。
はびこる旧世界の慣習も、人の上にたちたいという我欲も、常識や保身や無関心もぶち壊して、『あいつ』の支配する前に、いや、もっと新しいよりよい世界にしてくれる。
「あの、ジューミーに聞きたいんだけど」
草歩は不意に尋ねた。
「なんだ?」
「ここに赤毛の獣人はいる?チェスナって名前なんだけど。僕は彼女を助けにきたんだ」
「助けに?」
「そうなんだミ」
草歩とピョンがジューミーに説明していると、後ろに誰かが近づいてきた。
「草歩、本当に助かったケーン。ありがとうな」
蒼兄だ。息を切らせてはいるが、今までになく充実した意気に溢れた顔をしている。
戦いは穴の上に移動して行っているようだ。奴隷たちを盾にしながらシルバーとブレイズが逃げ惑っているが、トード・チョウ一家の勢いが勝っているのは明らかだった。
「チェスナねえ、知らねえなあ。まあ、三はほとんどここの奴らにゃあ関わらねえからな。すまねえな」
話を聞いたジューミーがそう答えた。やや気まずそうに煙管をとりだしタバコを詰めている。
「そっか」
「あー、そのことだケーンがよ」
がっかりした草歩に、蒼兄が言いにくそうしている。
「どうしたの?」
「その、よ。赤毛の獣人のことなんだケーンが、お前さんにゃトードの親分のことで言いようのねえほど世話になったし、兄としちゃ恩義に報いねえのは面目がたたねえんだがよ、すまねえ、仲間に聞いた限りじゃ、そのチェスナってお方はここにゃあいねえみてえで」
いかにも心苦しいと言った様子で喋る蒼兄。
草歩は深くため息をついた。
やっぱりいなかったのか。確率は低いと思っていたけど、実際いないとなるとやっぱり悔しいな。
と、うなだれている草歩の脇で、ピョンが上を見上げて目を見開いている。
「どうしたの?」
言葉が出ないほど驚いているピョンが、口をパクパクさせながら指を上げる。
「ち、ち、ち、ち」
草歩と蒼兄、ジューミーもつられるようにその方向を見た。
鉱山の穴に縁取られた丸い夜空。透き通った満天の星空に輝く上弦の月。その月の下に、人影があった。
白く輝くシルクのドレスに身を包み、その長い、フリルのついた優雅な裾が風に静かになびいている。頭には宝石のついた銀のティアラ。月光を反射して美しく浮かび上がる彼女は、別人のように見えるけれど確かに。
「ち、ち、ち、チェスナ?」
そう、それは月下にたたずむ幻のようなチェスナの姿だった。




