54・決着の時!
侵入されてからは草歩の陣営は総崩れだった。矢倉囲いは上からは強くても、下からの攻めには弱い。
龍を引きつけて玉を守るが、囲いを構成する銀や金をボロボロと取られては維持できない。
前回と同じようになんとか獣王の射程範囲に入らないように王を逃げまどうことになった。
「兄貴!がんばるミ!」
不安そうな草歩の顔を見てピョンが声をかける。
「ガらあああ!『代打ヂ』、ビやビやジダガドうやら勝ヂなようダな!」
ガラームも雰囲気を察して大きな笑い声を上げる。フロッガの顔が諦めに閉ざされ、トードの親分と蒼兄たちも肩を落とした。
草歩は王を逃げる。
前回と同じようにジューミーは草歩に迫りつつ浮きゴマを拾いながら、しかし今回は引き分けを告げるつもりはないようだった。
それはコマが『馬』と『龍』で違うからであろう。
そして二枚の大駒の距離が遠い。
今、龍は馬で守られているが、馬は浮きゴマになっている。『二枚飛車』であれば互いに紐を付け合うことが簡単にできるのだが、馬と飛車ではそこが大きく違う。
そして獣王が王手を続ける限り、草歩に馬を動かす時間はない。
ジューミーは巧みに獣王を操って草歩の王の行動範囲を制限し、隠れられるコマを次々と平らげながら龍から次第に馬の方へ追いやっていく。
まずい。
馬には紐がない。王で一度は守れるが、しかし王は取られたら負けのコマ。馬と王を同時に守ることは不可能に近い。
本当に前回と同じだ。一手余裕があれば馬を飛車に引きつけてお互いに紐をつけあい、その影に王を隠すことで引き分けに持ち込めるのに。
すでに草歩の残りのコマは馬と飛車、そして王のみ。
ジューミーが草歩を見る。だがその目には先程のような揺らぎは一切ない。
「坊や、さっきは時間を教えてもらってたすかった。だが、この試合の前半、ちいっとばかし甘い手をさしてやったからそこに借りはねえよな?あそこで切れるのを待っときゃよかったっておもうかい?」
くそ。嫌なことを聞いてくる。
「思わないさ。さっきも言ったろう?ピョンを利用して勝つなんて、皇棋じゃない」
ジューミーは笑う。
「本当に真っ直ぐな坊やだなあ。ピョンが坊やに惚れるのもわかるよ。世の中の人間がみんな坊やみたいだったらいいんだがなあ。さっきはそう思って、ちいっと甘くなっちまった。だが、そうだよな、手を抜かれて勝ったって坊やは喜ぶどころか怒るんだろう。ピョンにゃ苦労を掛けちまうが、それも男としちゃ上等なことよ」
「ジューミー。もう勝ったと思ってるなら大間違いだぞ」
草歩の言葉にジューミーは首を振る。
「おー、強情だねえ。まるで誰かさんを見てるようだが、坊や、いや、草歩。その強情さで道を誤ったな。三も綺麗事をいって弟を殺せなかった。それが全ての間違いだ。あん時いくら民がいようが弟がいようが、三は『あいつ』を殺すべきだった。そうすりゃこの世界はこんなひでえことにはなってなかったさ。あの体の弱え弟なんざ、赤子の手をひねるより簡単に、障子紙みたいに引き裂くべきだった」
ため息をついて苦い笑いを浮かべてジューミーが言った。
「だからもう、三は何にも囚われねえぜ。ベニーが死んで、許しが出たんだ。息子だろうがガキだろうが、遠慮せず地獄に突き落としてやらあ」
「違うぞジューミー」
草歩の言葉にジューミーが眉を上げて睨む。
「何がだ?」
「あなたは正しいことをした。身内を殺して何が正義だ。人を助けるのに家族を犠牲にする馬鹿はいない。そんなの嘘だ。インチキだ。だからあなたは正しい」
草歩はジューミーを真っ直ぐに見返している。
「ピョンを助けたくて手を抜いたのも仕方ないさ、でもそれで死ぬのは違う。僕が煽ったのは、ピョンのためだ。八百長してあなたが死んだら、ピョンが死ぬほど悲しむからだ。それこそきっと、自分が死ぬよりも。あなたのために命をかけてこんなところにくるやつなんだから。でも安心しろ」
「この坊主。言うじゃねえか。何を安心しろっていうんだ?」
キッとジューミーを睨んで草歩は言い切った。
「僕があなたに勝つ。だからピョンのことで後悔する必要はない!」
「はあっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」
火薬ダルが弾けるような笑いが炭鉱に響き渡った。巨大なすりばちに反射して、その声は遠くの街まで響いた。森で寝ていた野鳥は一斉に飛び立ち、馬はいななき、飼い犬は怯えて遠吠えを繰り返した。
唖然としたガラームが、初めて怯えたようにジューミーを見た。暴れる山椒魚をヤギ執事が必死に抑えている。
「いいなあ。お前みたいな男に、このジューミーいままであったことはねえ。信じられねえが、おまえさんは」
ジューミーは何かを言いかけてそれを飲んだ。
「いや、はったりや意気込みで世界は変わらねえんだよ、坊や。きっちり殺してやらあ」
ジューミーが獣王を進める。王で馬を守っていたが、王手なので逃げなければいけない。
そしてそのためには馬から離れなばならない。
草歩が王を動かすと、間髪入れずジューミーが馬を取った。
王からは獣王にとどかない。だが獣王からは射程距離内だ。
獣の王に捕まるのも、もう時間の問題だ。
「どうする?人の王に、獣の王は殺せねえぜ?」
ジューミーが笑う。寂しげに、しかし冷酷に。
「簡単さ」
草歩は答えた。
「それなら僕も、獣になるだけだ」
「何?」
そう、草歩は最初の試合のジューミーの言葉が気にかかっていた。
『いつもより嫌に時間がかかりやがったな』という。
そして能力の条件。
*『唯我独尊』はプレイヤーのコマの数が相手のコマの数の半分になったとき、王を除く盤上のコマ全てを犠牲にすることで発動できる*
この、『相手のコマの数』というのは盤上のコマだけの話ではないのではないか?そのため本来、捨てて差がつくはずのコマの数が、ジューミーの思ったよりも減らなかったのではないか?
「『唯我独尊』!!!」
「馬鹿な!!」
ジューミーが叫ぶ。そう、本来こんなことありえない。ジューミーが『唯我独尊』を発動すれば、コマの数は常に相手を下回る。
しかし。草歩の『不殺友愛』だけが、その条件を超えられる。
持ち駒というジューミーの知らなかった条件によって、草歩のコマの数はジューミーのコマの数の半数を下回ったのだ。
光に包まれた草歩の王が、その姿を現した。
ジューミーが唸る。
「ありえない。こんな」
盤上に二人の獣の王。そしてジューミーの獣王は、草歩の獣王の二つ先に立っている。
「『獣王無人』は、二回うごけるんだよね」
草歩はそう言って、いかにも身軽な、まるで飲みかけのコーヒーを脇に置くかのような手つきで獣王を動かし、ジューミーの獣王を平らげた。
「ま、負けだ」
ジューミーが宣言した。その顔は驚きと、そして安堵に包まれていた。




