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53・真剣勝負

 そうだったのか。凄まじい過去だ。ピョンが命がけで会いにくるのもわかる。


 「ジューミー、だったら最後までその誇りを貫けよ」

 草歩は言う。肩を丸めすすり泣く大男に向かって。


 「子供に気を使って手を抜いたりするな。『真剣師』の生き様を見せてみろ、こんな情けない指し方をして」


 草歩はジューミーをあおる。

 「本気でやって、僕に負けるのが怖いのか!」


 草歩の言葉に、ピョンが察したようだ。頬を濡らしていた涙をグイと拭うと、ジューミーに向かって責めるような目を向けた。


 「パピー!ミーのせいでわざと負けようと?そんなのダメだミ!『八百長』なんて、皇棋指しは絶対にやっちゃダメなんだミ!!本気でやれ!ミーが来たのは、そんな情けないパピーを見るためじゃない。それに馬鹿にするな!」


 ピョンが叫ぶ。

兄貴あみきは絶対に負けたりしないミ!!」


 ピョン。


 草歩の肌に鳥肌が立ち、おこりに襲われる。つかえていた胸のモヤモヤが一気に晴れて、このウサギの少年が自分に向けてくれる、いや、最初からずっと変わらず向け続けてくれている、心の底からの信頼に胸が暖かく満たされる。


 ピョンがいなかったらこの異世界でどんなに不安で頼りなかったか、今まで気づかずにいた。僕は彼を助けたつもりだったけど、僕の方がどれだけ助けられていたのだろうか。


 彼が何を考えていたにしても、僕に何を隠していたにしても、それはきっとピョンなりの思いやりだったんだ。そしてこの小さな長耳の子は、強い信念を持って人を信じる清さを持っている。僕よりもずっと強く、眩しいほどのきらめきを放って人を信じている。


 そしてその思いが、寄るなきこの異世界で僕を前に進ませてくれる。


 「ありがとう、ピョン」

 草歩はピョンの手をとってギュッと握った。ピョンもその手を握り返す。


 「ジューミー、指せよ。真剣師なんだろ!」


 「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜い」


 まるでトー伯斎師匠がグビグビお酒を飲んだ時のような淡い詩情をはらんだ吐息をジューミーが一つ、深く吐いた。


 その体のふるえはすっかりとおさまり、顔を上げたジューミーの表情は初秋しょしゅうの海原のように静かな、しかし秘めた豊かさを感じるだいだい色の波間のようだ。懐にゆっくりと手を入れると、少ない持ち時間をいっぱいに使ってジューミーは煙管にタバコを詰め、バキンと指を鳴らして火をつけ、うまそうに呑んだ。


 彼の一挙手一投足を、周り全ての目が追っている。戻ってきた。危険で自由な、弾のこもったピストルで遊ぶ子供のような手に負えない無頼ぶらいさが。


 「ガキに気を使われちゃおしまいだな」

 ポンと火玉を叩き出しジューミーは草歩に笑い、そしてピョンに微笑む。


 「わかった。そこまで奴隷になりたきゃ、してやろうじゃねえか。苦労をして何かに気づく人生もいいだろうさ。『しし千尋せんじんの谷に我が子を落とす』か。落として欲しいと自らのぞむガキがいるとは知らなかったぜ、ピョン、草歩。殺してやるから覚悟しろ」


 そしてひらり、とやりかけの壁のペンキ塗りでも始めたかのような不意な手つきで、草歩の歩の前に銀を捨てる。


 来た。


 今度は草歩は計算をしている。捨ててくるコマをすぐには取らずに、相手の狙いを防ぐ他の手を進める。


 「ほお、いいねえ」


 ジューミーは草歩の反応に身をのりだし、捨てたはずの銀を草歩の陣地の懐に飛び込ませる。


 そう。ジューミーの能力『唯我独尊スタンド・アローン』は、自分のコマの数が相手の半分にならないと発動できない。駒組みが進んでいるとはいえわざわざ『獣王無人ザ・ビースト』を使わせる必要はない。相手のコマと自分のコマの数を計算し、不用意に取りすぎないことだ。


 それは皇棋の中でもかなり異様な条件での戦いだった。


 相手が無防備に、強引に進めてくるコマを取らないことが作戦になってくると、今度はジューミーの手が、取られなければ致命的なダメージを与えることのできる狙いを秘めたものになってくる。


 「頑張って、兄貴あみき、パピー!」


 ピョンが両方を応援するおかしな事態だが、今や二人は盤上に没我ぼつがし互いの王を殺すことだけを考えている。


 ジューミーのコマ捨ての能力はやはりかなり高かった。ぐいぐいと致命的なラインに侵入されては草歩は焦りながらも取らざるをえず、聞きたくなかったジューミーの笑いが耳に響き顔を向ける。


 「坊や、待たせたな」

 まるで待ち合わせに遅れた友達かのようにジューミーが草歩にいい、呟いた。


 「『唯我独尊スタンド・アローン』」


 ジューミーの陣営に残った駒が光に姿を変え王に吸い込まれてゆく。


 そして再び、最強の王、『獣王無人ザ・ビースト』が姿を現した。


 「いくぜ」

 ジューミーが軽やかに獣王を動かして草歩の浮きゴマを狙ってくる。


 来たか。本当は避けたかったけれど、こうなってしまったら仕方がない。前回と違って龍はすでにできている。うまく指してゆけば、絶望することはない!


 角は交換され手持ちにあるだけだ。飛車は今回ジューミーは捨ててこなかった。

 獅子王将棋でもそうだが、大切なのは龍、馬、金だ。


 これらのコマは効きの範囲が大きく、紐をうまく付ければ獣王に取られることはない。この4枚のコマを使って圧迫してゆくこと。


 草歩は獣王の動きを確認しながら、早速『不殺友愛オーセンティック・ディボーション』で角を相手陣地に打ち付ける。


 だが、こちらの陣形がすでに崩されており、端にすきがあるのが痛い。矢倉崩れの自陣は上ずっている。金は強いが、囲いの裏側から攻められると取られてしまう。


 一切の迷いなく獣王を勧めてくるジューミーのテンポに惑わされずなんとかついてゆく草歩だが、ついに3筋から侵入した獣王が矢倉の下から金を狙って攻めてくる。


 まずい、このままでは。

 草歩の顔に焦りがうかんだ。

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