51・人と獣
「貴族」か。
同じ条件で草歩との『神前宣誓』を再開させたジューミーは、目の前に並ぶ皇棋盤を見て思う。
そうだ、こいつらは民じゃない。選ばれしもの。権力を与えられその立場に誇りを持つ傲慢なる輩。王のために身を捧げるのは当然か。むしろ喜んで命を差し出すのだろう、自分はここにいられる優れた存在であるという奢りを胸に。
ジューミーは飛車先を突いた。
そして目の前の草歩を見る。
不思議なガキだ。勝負なのに三に情けをかけやがった。いや、情けとは感じなかった、自然に、勝負が公平であるべきことを疑いもしない純粋な態度。
宣誓条件に興味はないので読みもしなかったが、みればこの坊やはピョンと自分が奴隷になることをガラームに賭けている。それなのにこの坊やはそうやって勝つことを否定した。
お人好しで甘ちゃんだが、久しぶりに胸がすいた。
それに『能力』。
まさか取ったコマを使ってくるとは。『唯我独尊』の弱点は「馬」と「龍」を作らせることだ。どっちか一枚なら大抵は勝ち。だからいくらコマを捨てても気にしないんだが、まさか取られた飛車を打たれて「2枚飛車」なんてのは聞いてねえ。
今回はもう少し慎重に進めねえといけねえか。
居飛車に駒組みを進めてゆく。
いつ以来だろうな、こうしてまともにコマを組んで戦うのは。役にも立たねえ周りの奴らに気を使うのは。
思えば三が一番、この「貴族」という立場に囚われていたのかもしれねえ。
長耳の王の子でありながら、端女の産んだ子であると言うだけで、三に貴族の身分は与えられなかった。それでも二人の娘しか持たず、待ち焦がれた長男である三に会いに母のもとに忍んでくる王を見て、子供ながらいつか認められる時がくると信じていたんだ。
だがそれも正室が息子を生むまでの話。病弱な、皇棋もよええあの腹違いの弟が生まれて、正室の命により母と三は国を追われた。
地獄の日々。
もともと身分を気にしていた母は、開放されてむしろほっとしていた様子だったが、全てを取り上げられてゴミのように捨てられたと三は感じた。
仮にも王の息子だった。だが翌日にはなんの身分も権利もねえ貧しい流浪の砂の民。わずかな水を求めて1日何往復もするような荒れた田畑と、砂漠に眠る岩塩を掘って売るために命がけで砂の海を旅するキャラバンが、母の生まれ住む土地の全てだった。
今思えば彼らの人に媚びないプライドと、周りに流されず慎ましく部族の伝統を守る気高さは三の中に確かに流れている。そして王が母に惹かれた理由もわかる。権力におもねらず囚われず、己と相手を対等に見据えて悟ったように生きれる純潔さに。
慎重に手順を進めながら、そろそろ戦局は煮詰まっている。コマがぶつかり、いよいよ中盤戦か。
ジューミーはちらりとピョンを見る。ああ、なんてことだ。たしかに面影がある。
そう、三もそんなベニーに惹かれたのだ。生まれついての砂兎。失った立場を悔やみ続ける三に、そんなもの最初から存在しないのよと言わんばかりの地に足ついた、永遠不変な生命の輪廻を受け入れたような、吹きすさぶ風に形を変える砂丘の砂粒にはなんの差もありはしない、今はたまたま嶺の頂にいるだけで、明日には埋もれて記憶にも残らないというような、生きることの本質を見極めた揺らがぬ目。
何度ベニーに救われただろう。何度彼女のようになりたいと願っただろう。
だが三の幼心に植え付けられた歪んだ権力への渇望と挫折は、いくら冷たい星空や乾いた砂嵐に洗われても決して落ちぬ呪いであった。
三は自らの力でのし上がるために『皇棋』にすがった。母を捨て、ベニーを忘れ、己の身一つで『皇棋』の戦いに身を投じた。
その頃からだ。「獣」と呼ばれ始めたのは。
相手が権力者だろうが実力者だろうが関係ない。事前の交渉も鼻薬にも興味はない。三はだだひたすらに目の前の相手をねじ伏せ続けた。貴族や皇棋学校で立場があるやつらの鼻っ柱をへし折るのは快感だった。
だがいくら戦っても心は癒されない。
「貴族」。
皇棋が死ぬほど強くても、その力で勝ちを重ねても、決して得ることのできぬ称号。そして本当は存在しもしない見えない壁にはばまれて、そこに挑むことすらできない。
「貴族皇棋戦」には、三は参加すらできないのだ。
だからいくら王を、弟を、三を捨てた国民や臣を見返すために「皇棋指南役」を目指しても、馬の骨ともわからぬボンボンよりも『皇棋』が強くても、そこにたどり着いて戦うことはできない。許されるのは『真剣師』として『代打ち』の勝負に挑むことだけだ。
奴らは三を「獣」と呼ぶが、人に上下をつけて平然と生きている亡者よりよっぽどましだ。
獣は生きている。
本質よりも形骸を重んじるような狂信者は生きていない、ただ従っているだけだ、自分以外の誰かの命令に。
三は荒れ狂い、皇棋の代打ち勝負で『真剣師』として貴族を蹂躙し、腕っぷしで兵士をねじ伏せた。己の気にくわぬことは全て破壊し、欲しいものは奪い取り、誰に気兼ねすることもなく自由に生きた。その度に捕われ、逃げだし、命を狙われた。
それが三だ。ジューミーは自嘲する。
獣の王に憧れながら、決して獣にも王にもなれぬ男。ただの真剣師、それが獣三よ。
ジューミーは草歩を見る。
自分よりよっぽど自由で誇り高いこの小さな少年。
なあ、坊や。笑えよ。そうして今、自分の息子がひでえ目にあうに違いねえ場面に、敵として手を貸してる哀れな男だ。
皇棋の局面は激しさを増している。ジューミーのコマを操る手は重かった。




