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5・『皇棋』初対戦!ルールと能力に戸惑う草歩

 じゃあ、と言っておじさんはすこし考え、こう提案ていあんしてきた。


 「さっきも言ったけど、『神前宣誓ゴッズ・オース』は戦う前に、お互いに「何をたすか」をけるところから始まる。相手が俺でよかったよ、坊や。悪いやつだったら何をかけさせられていたかわからないぜ」


 そして顎をさすっておじさんがいう。

 「じゃあ、俺は坊やに、「食後のデザートの提供ていきょう」を賭けようじゃないか。あそこに見えるクランベリーケーキ、美味しそうだろ?あれを一切れ。坊やはそうだなあ、皿洗いを30分てのはどうだ?公平だろ?」


 なるほど。確かにもし『皇棋』が強かったら、レベルアップ以外にもこうして賭けたものを手に入れられるのだから、それこそ働く必要はないだろう。


 「あのさ、その、もしおじさんが負けたら僕がケーキをもらって、僕が負けたら、ばつゲームで僕がケーキを食べる、みたいな無茶苦茶な提案したらどうなの?」


 「はっはっは。誰でも考えるズルだよな。『宣誓』は神が見ているから、そういうズルでは成立しない。あくまで神が公平と思われる賭けしか意味はないんだよ」


 「わかった。うん、その条件でいいよ」

 「よし、じゃあ、お互いが宣誓をちかう証として、「ゴッズ・オース」と言うんだよ。いいね」


 おじさんの言葉にうなづき、草歩は声を合わせて宣誓する。


 「「『神前宣誓ゴッズ・オース』!」」


 途端に、草歩の目の前に、薄く光るホログラムのような『皇棋』盤が出現した。

 コマはシンプルでありながらとても美しく、芸術品のように輝いて見える。実物世界はその奥に透けて見え、オーバーレイヤー型のバーチャルリアリティー・インターフェイスのようだ。


 「持ち時間は一手三十秒でどうだい?」

 草歩の前に、相手からの提案として時間の条件が、異世界の、なぜか草歩にははっきりと読める、しかし見たこともない文字で浮かび上がる。


 「いいよ」

 草歩が了承すると、文字に何かが刻印こくいんされ、決定事項けっていじこうとして左上の方に残る。

 よく見れば、お互いの賭けたものについても、その左上のほうに先に書かれていた。 


 このUIユーザインターフェイスに早くれないと。

 「おじさん、『能力アビリティ』って言ってたけど、その説明はどこ?」


 「これは相手が使わなきゃわからないよ」

 おじさんが笑う。


 「この能力が『皇棋』の最大のポイントだからね。宣誓しなければ正確な能力はわからないし、使われるまでわからない。そして、他人の宣誓試合はみることができない。かくされた能力をいつ使うか、使われたあとどう対応するかがきもなんだよ」


 目の前でなにやらふくざつなルーレットが周り、おじさんが先手に決まったようだ。

 『決闘開始デュエルスタート』の表示とともに、30秒の表示かカウントダウンを始める。


 うん、そんなに難しく考える必要はなさそうだ。

 『将鬼ウォーズ』によく似ている。


 タブレットを通して相手と指して、反則はんそくや時間切れ、振り駒の判断はんだんは神、つまりコンピュータが判断する。一手指せば自動的じどうてきにカウントが相手にうつるのも同じだ。


 よくある相居飛車あいいびしゃの形で、お互い飛車先の歩を進めながら草歩は考える。

 あとは、『能力アビリティ』だが。


 「よし、じゃあまあ、これは練習試合みたいなものだし、俺の能力は隠しててもそんなに意味ないからな。発動させてもらうよ」


 と、おじさんが言って、呪文のように言葉をつぶやく。


 「『時鎖減殺カッティングペンデュラム』」


 何が起こる?構える草歩。そして、おじさんが指した瞬間しゅんかんに気づく。

    00:00:10:00


 自分の一手の持ち時間が10秒になっている。三十秒将棋のはずなのに?

 左の枠に文字が新しく表示され、そこにおじさんの能力『時鎖減殺』の説明が記載きさいされているようだが、あせってしまい読む時間がない。


 金で角頭を守り、歩を交換する。なんていうことのない手だが、考える時間がない。時間を減らす能力だなんて。

 「驚いたろう。これが俺の能力さ。相手の時間を最大三分の1まで減らせるんだ」


 と、歩を取ったおじさんはそのコマが自分の横に残ることに首を捻った。

 「どうしてここにこのコマがあるんだ?」


 「え?だって持ち駒でしょう?」

 「持ち駒ってなんだい?殺したコマは消えるはずなんだけどなあ」


 焦って指し手を進めながら、おじさんの反応に草歩はハッとする。

 もしかして。


 「『皇棋』では、取ったコマを使うことはできないの?」

 「ああ、当たり前じゃないか。そんなことしてたら、いつまでも戦いが終わらない」


 そうか、この『皇棋』では、そこだけが将棋と違うんだ。

 チェスのように、一度取ったコマが使えないルール。


 おじさんは決して弱い指し手ではなかった。それに、持ち駒が使えないというルールに草歩はなかなか馴染めない。

 普通だったら歩を打ってはじける銀が、スルスルと自分の陣地じんちすべり寄る。


 ただの棒銀ぼうぎんなのに、持ち駒だ使えないのがこんなにきびしいなんて。

 なんとか銀を自分の金と相殺そうさいしたが、飛車に成り込まれてしまった。


 『成る』は、コマが相手の陣地内、自分から見て、上から三段目の、もともと相手の『歩』が並んでいた場所よりも奥に侵入した時に、コマをうら返し、『成る』ことができる。

 「歩」「桂馬」「香車」「銀」は、「金」と同じ能力に。


 「飛車」は『りゅう』に、「角」は『うま』になって、それぞれ自分の周りに一マスずつどこにでも行けるようになる。つまり、『龍』は「王」と「飛車」の合わさった範囲はんい、『馬』は「王」と「角」が合わさった範囲だ。

 「金」と「王」は成ることはできない。


 おじさんの『時鎖減殺』のルールはなんとか読んだ。らした相手の時間によって、発動から30〜50手継続けいぞくし、そのあとその権利けんりが相手にうつる。


 どうも、『皇棋』の『能力アビリティ』は使った方にもリスクのある設計せっけいになっているようだ。ただの一方的な能力バトルでなく、きっと強力な能力ほど、反動がきついんだろう。


 面白い。でも。

 あと10手耐えれば、時間が戻ってゆっくり考えられるのに。


 さすがに10秒では読むどころではない。

 「ほら、もうそろそろ俺の勝ちだな」


 おじさんの龍が草歩の「王」に迫る。なんとか早逃げして余裕よゆうを取り、こちらも相手の陣地に飛車を成り込めた。


 でもおじさんの「成桂」(補足:『成った』コマを、それぞれ「と金」「成香」「成桂」「成銀」と呼ぶ)の方が一手早い。


 くそう、あとちょっとなのに。

 時間に追われて情けなく王を逃げながら、草歩は考える。


 自分の龍の横に「銀」を打てさえしたら、一気に逆転できるのに。

 ふと、草歩は自分の横の、将棋で言う『駒台』の場所にある、今までおじさんから取ったコマを見る。そう言えばおじさんが言っていた。なんでこのコマがここにあるんだ、と言っていた。


 将棋では取ったコマが使えるから、置き場所として『駒台』がある。でもチェスでは盤の外に弾くだけで、駒台はない。

 もしかして。


 「おじさん、能力をつかうのって、どうすれば?」

 おじさん持ち時間に草歩はたずねる。マナー違反いはんだが、十秒しかないんじゃしかたない。


 「ん?使いたい、と思えば目の前に確認の文字がうかぶから、それを読めばいい。それで発動の意思になる」

 よし。


 手番てばんになった草歩が、能力をつかうぞ、と思った瞬間、確かに目の前に異世界の文字が浮かんだ。そして、自分の能力についての情報が、自然に頭に流れ込んでくる。

 草歩は文字を読み上げる。


 「『不殺友愛オーセンティックディボーション』!」


 そして持ち駒の「銀」を、相手陣地あいてじんちの「王」に向かって打ちつける。


 「なんだ?こんな『能力アビリティ』聞いたこともないぞ。取った相手のコマを使うだって?」

 草歩の能力を確認しながら、慌てておじさんは「王」を逃げる。


 でも、もう遅い。

 草歩は読み切っていた。あと7手でおじさんの「王」は詰む!


 「まいった」

 龍と銀のコンビネーションで「王」を追い詰められ「詰まされた」おじさんは負けをみとめた。



 「いやー、坊主、なかなか強いじゃないか」

 何故だか嬉しそうに草歩の目の前におじさんが、クランベリーケーキとサービスのミルクを置く。


 そうなのだ、将棋はいつだって、負けるとくやしいけれど、いい試合は同時に楽しいのだ。

 「うん、おじさんも強かったよ」


 甘酸あまずっぱいケーキを頬張ほおばりながら、草歩は思う。

 楽しい。将棋とはちがうけれど、もっともっと指したい!

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