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49・ピョンとジューミー

 逃げ惑う草歩の王を見てジューミーは思う。


 周りを犠牲にして生き残って、一体何が王か?己の身をていして民を救って初めて王ではないのか?


 だが人は、権力におもねらず一人で生きる人間を「けもの」と呼ぶ。


 命令に従わず周りと歩調を合わせず、己のやりたいように生き、誰かが誰かの都合のいいように作ったはずの社会構造からはみ出た存在を人として扱わない。


 それならばミーは喜んで「獣」になろう。


 信じられるのは結局己のみ。世界がミーを否定するのならば、そんな世界に囚われることは愚かでしかない。


 草歩の王の周りのコマを平らげてゆくジューミー。

 王に付き従うこいつらもまた、愚かな盲目の徒にすぎん。


 それが『あいつ』の存在を許したのではないか?伝統や形式を疑うことも知らずただ守るだけの思考停止の愚民ども。


 ジューミーは草歩を見る。


 この坊やは何者だ?なぜこんなところで一人俺に挑むようなことになった?まあ、ミーには関係のないことだ。真剣師の役目はただ目の前の相手を倒すことのみ。相手が恐竜だろうがアリだろうが、全力で叩き潰すだけだ。


 草歩は5七の龍に向かって必死に王を逃げ惑いながら、このままではまずいと焦る。


 この龍をとられたら負ける。龍に効かせて守ってくれている周りの金と銀がボロボロととられてゆく。


 2枚龍を作ればなんとかなるかもしれないが、3一に打った飛車を動かすためには王手から一度逃れなければならない。しかしその余裕がない。


 どうする?こんなに簡単に負けるわけにはいかないのに!


 と、草歩は後ろからすすり泣くような声がするのに気づいた。


 必死にこらえてはいるが、ふるえるように息を吐き、大きく切なげに息を吸う音が。


 振り返るとピョンが泣いていた。顔を伏せて拳を握り、体を小刻みに震わせて、頬から涙を伝わらせている。


 「ピョン?」

 草歩は思わず声をかけた。対局中に余計な時間がないことはわかっていたが、自然に呼びかけてしまっていた。


 「ピョン、だと?」

 草歩の言葉にジューミーが顔を上げ、そしてピョンを見た。初めて姿を認めたかのように、顔に激しい驚きが浮かぶ。


 「そういや確かに長耳の、いや、しかしそんな、そんなはずは」


 ジューミーが戸惑いを隠せない、だが何か思い当たることがあるかのような困惑した態度でいう。さっきまでの超然とした孤高の姿からは想像もできない狼狽ろうばいぶりだ。


 「お、おい、坊や。その、顔を、ちいっと見せちゃあくれないか?」


 ピョンが顔を上げる。溢れる涙もそのままに、大きな目を見開いてジューミーを見る。


 「その赤目、毛色。ベニーにそっくりだ。おまえまさか、本当に、ピョンなのか?」


 息を飲んだジューミーは魅入られたようにピョンを見ている。ほうけたようなすきだらけの顔で瞬きもせず見つめている。


 どこかうっとりとした、どこか怖がっているような、長年追い求めた幽霊にでもあったかのようなとりつかれたような顔で。


 ジューミーの持ち時間が切れたことに草歩は気づく。これからは一手1分で指さねばならない。草歩の心配をよそに、ジューミーはピョンと見つめあったまま動かない。見る間に時間が過ぎてゆく。


 このままジューミーが気づかなければ草歩は時間切れで勝つことができる。手段を選ばないのだったら、それが一番いい勝ち方だ。ものすごく不利な状況だし、まともに指しても逆転はむすかしいだろう。


 だが時間が進み、残りが10秒になろうという時、草歩は声をかけていた。

 「ジューミー!指さないと、時間!」


 あっと我に返ったジューミーは秒を読まれ切れる寸前にコマを動かした。間に合った。


 指したジューミーは草歩を見る。不審そうな顔で。

 「なんで教えた?このままなら坊やの勝ちだったろうに」


 「ピョンは僕の友達だ。あなたとの間に何があったか知らないけど、ピョンを利用して勝つのはいやだ」


 ふん、とジューミーは笑う。

 「甘いなあ。礼は言わねえぜ」


 だがそういう口調に今までにない柔らかな響きがある。それに。


 草歩は今のジューミーの手を見て考える。これは?間違えたのか?動揺どうようした?ジューミーの指した手は王手ではなかった。待望の一手の余裕ができた。草歩は3一の飛車を3七へ引き、5七の龍に紐をつける。


 これでかなり安心だ。紐の付いた龍を取るには2手では足りない。龍の効きの範囲で獣王を待機たいきさせるわけにはいかないから、効きの外から飛び込んで龍とっても、別の龍が効いていれば逆に獣王が取れてしまう。


 2枚の龍に王を守らせて獣王から距離さえ開けておけば負けはない。

 ジューミーの顔は後悔には見えない。もしかして?


 いや、そんなはずはない。真剣師が勝負に手を抜くなんてあり得ないはずだ。これは時間に追われたミスだろう。


 ジューミーは他の浮きゴマをとってゆくが、草歩の王には迫れない。


 そんな中、ピョンがぽつりと言葉を発した。


 「マミーが死んだよ。それを言いに来たんだミ。最後まで、あなたのことを心配してた。あなたが後悔しているといけないから、ありがとう、感謝しています、と伝えたいと言ってたミ。だからミーは奴隷になってでもここに来るつもりだったミ」


 そうだったのか。衝撃が草歩を襲う。


 全ての辻褄つじつまがあう。


 蒼兄に「ウサギの代打ち」の話を聞いた時の反応。

 それにピーグイから助けようとしたときのやめてを言う顔。


 ピョンがピーグイの奴隷になったのは、自分でここに来たかったからなんだ。きっとチェスナを助けにここにくる話も、本当はジューミーに会うつもりだったのだろう。僕を利用して。


 いや。草歩は強く首を振る。


 そうだったとして何が悪い?もともと余計なことをしてピーグイからピョンを助けたのは僕だ。そうだ、ピョンは奴隷になってせっかくここに来れるとおもっていたのに僕が余計なことをしたんだ。


 ああ。

 だめだ。頭がまわらない。


 草歩は獣王からただ王を逃げまどう。一体自分が何をしているのか、わからなくなっていた。

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