47・ジューミーの能力!
ゆっくりとキセルをくゆらせたジューミーはポンと火玉を落とす。
そしてキセルを持ったまま、不意に、机のうえの邪魔な小物を脇にどかすかのようなガサツともいえる手つきで飛車先の歩を一つついた。
草歩は今回は角道を開けるため7七の歩をついた。
ジューミーはすぐに自分の飛先をもう一つ進めてきた。
草歩は角を上げて受ける。
一手指すまでに時間を使ってからは、ジューミーの指し手は早かった。草歩が指すのに合わせてほとんど合いの手のようなタイミングでスイスイとコマを動かしてゆく。
正直やりずらい。
草歩はそのテンポに乗せられないように気をつけて、慎重に時間を使って駒組みをすすめる。
今回は中飛車でいくつもりだった。草歩は飛車を5八に振る。
急戦は避けて相手の攻めを受け止めたい。
そして玉頭から相手を押しつぶすように駒組みを盛り上げていきたい。
持ち駒がうてず、相手の能力による奇襲に警戒が必要な『皇棋』では、能力もわからないうちに攻めてゆくことは危険だ。
そしてコマを取られることのリスクが非常に高いので、じっくりと時間をかけてコマを組み盛り上げていって、玉頭から相手をじわじわと押し込んでゆく作戦が有力なのではないか、と草歩は考えたのだ。
中飛車は受けも攻めも非常にバランスの良い作戦で、美濃囲いからの発展性もある。
角の交換になっても飛車先は銀で受けられるし、相手の駒組みによっては金太田のような分厚い囲いにしてしまって圧力の差で勝てれば一番良い。
その草歩の狙いを知ってか知らずか、戦いを起こしたくない草歩に対してジューミーは次々とコマをぶつけてきた。
居玉のまま角道をあけてすぐ角を成り込んできた。草歩は備えていた銀でその7七の馬を取り返す。銀で受けている飛車先の歩を切り、桂馬もポンポンと跳ね出してくる。
相手の手を受けながら、その攻め駒をとりつつ草歩には違和感が募ってくる。
この人、本当に強いのか?
草歩は決して自分が強くないので、ジューミーの一見無謀に見える攻めもなんらかの裏があるのではないかと時間をかけて読んで対応していた。
しかしジューミーは変わらぬ早さで、銀を繰り出し桂馬をはね、それを草歩のコマが効いているところに躊躇いもなく捨ててゆく。
手が進むうちに疑念が強まる。
これで本当に手になっているのか?
普通コマを捨てる時は、相手の囲いを乱すとかそれ以上の戦果を得られるとか、捨てたコマの価値以上の見返りが盤上に必要になる。
プロの将棋を見ていてすごいのは、不利に見える変化を甘んじて選んでいる時でさえも、終盤の最終局面近くにおいてですら駒の損得がほとんど見られないことだ。
銀一枚損すれば、持ち駒のある将棋では銀2枚の差になってしまう。
駒を大切にすることが強くなれる第一歩だといえる。
飛車や角を切って派手に見える手順でも、その後盤面を圧倒して駒損を解消できる手段があるからこそ選ぶはずなのだ。
この『皇棋』においては、相手に取られても普通は使われることを考えなくてよい。
なので捨てることで将棋ほど戦力差が生まれないとはいえ、捨てたコマを補充できない以上最終局面で相手を詰ます戦力が一つ減ることには変わりがない。
もっと慎重に進めるのが当然なのに、この人の指し方は。
どう見ても素人。
いや、素人よりひどい。
草歩にはコマを捨てるために指しているようにさえ見える。
草歩の囲いが確かに乱されはするが、それでも歩と桂を交換してはこちらが得なはずだ。
相手に攻められている形ではあるが、木村美濃には構えることができたし、中央もこちらの飛車がいばっている。
それになにより相手は王が5一のままの居玉で、金銀で囲うことすらしていない。
草歩の狙い通り2〜4筋を盛り上げて圧迫してゆけば相手の陣地を侵略することができるだろう。
だが、そうやってジューミーの指し手を考えるうち、ある可能性がうかんでくる。
こんな無茶苦茶な手をなんの考えもなしにやってくるはずはない。
時々悠然とキセルにタバコを詰めてふかして時間を使う以外は、ほとんど手なりで指してを進めるこの真剣師。
意味がわからないコマを捨てるというこの指し手。
いつの間にか草歩の画面には銀、桂、角、そして歩が大量に並ぶ。
盤上のジューミーのコマは減ってゆき、こちらの囲いに比べて貧弱そのものだ。このまま銀を立って金を下から押し上げて、空中城を作ることもたやすい。
しかしこの状況でもジューミーの泰然自若とした様は変わらず、思うがままに手を進めている。
間違いない、この指し手には何かの理由がある。
『能力』。
きっと能力を活かすためにこういう一見意味のわからない手を指しているんだ。
だけど、どういう能力だったらここから挽回できるんだ?
こちらの駒組みが圧倒的に有利で、向こうは囲われてもいない王。盤上のコマの数も大違いだし、普通に考えたら無理としか思えない。
もしかして、盤を反転させる能力とか?
羽生善治九段の家では、小学生の頃家族と指す時に、羽生さんが有利になったらひっくり返して戦い続けるっていうのをやっていたみたいだけど。
そんな能力だったら確かにこのやり方は意味が通る。
草歩は改めて『皇棋』の怖さを感じていた。
どうする?このまま相手の手に乗っていいのか?しかし、わからない能力を警戒して自分の状況を悪くするような手をさすのも難しい。もっと違う能力の可能性だってある。
こちらの歩をとって飛車が突進してきたが、そこには銀が効いている。
異様で不気味な手に考える草歩だが、ここで貴重な持ち時間を使うのも惜しいかった。なにしろまだ、能力がわかっていないのだ。
草歩は飛車を銀で取った。
ジューミーには大駒がない。正確には駒台に角があるけれど、それはこちらが『不殺友愛』を使わなければ向こうは使うことはできない。
「やっとか?いつもより嫌に時間がかかりやがったな?」
おそらく皇棋インターフェイスに何かの文字が表示されたのだろう。頬をかきながらそれを見たジューミーが呟いた。
口に咥えていたキセルをはたき、吸い口を吹いてカスを除くと、タバコ入れの紐をむずび直して一緒にふところにしまう。
ジューミーは草歩を見て片眉を上げ不思議な柔らかさを持った笑顔でいう。
「すまなかったな、坊や。俺が変な手ばかり指すから混乱しちまったろう。こいつは本当に強えのかって。ようやく整った」
そして唱えた。
「『唯我独尊』」
盤上のジューミーのコマが光を放つ。
「うわっなんだ?」
初めて見るエフェクトに草歩は思わず驚きの声を上げる。
金や歩、香車といったコマが強く光ると、その光が王のコマに飲み込まれてゆく。
王のコマが眩く輝き、その形を変えてゆく。
煌きに目を覆った草歩が指の隙間から見ていると、やがて光がおさまった。
本来は椅子に座った皇帝の姿をしている『王』、『天下皇帝』。
ジューミーの前に一人堂々と現したその姿は。
まるでライオン。
タテガミをなびかせ目をぎらつかせ、牙を剥き出して咆哮している。
それは猛り狂う獣に変化した皇帝の姿だった。




