45・代打ちのうさぎやろう!
ガラームの命令で執事が数人の奴隷を引き連れて走ってゆく。
「『代打ち』?」
草歩は考える。そういえば蒼兄が言っていた。トードの親分を負かしたのはガラームの代打ちだったと。すげえ『うさぎやろう』、だったっけ?
ハッとピョンをみると、あの時の、蒼兄の話を聞いた時の真剣な顔をしている。やっぱり何かあるに違いない。
静まりかえったトードの親分と蒼兄たちの様子は、草歩に対して期待よりも不安が勝っているようだ。ガラームの隣にいるフロッガも、言葉よりも雄弁なその顔はすでに草歩の負けを覚悟しているかに見える。
それに何よりガラームの態度だ。自分で勢いで申し出たけど、トードの親分をかけるということはもし僕が勝ったら子分たちまで解放されるということ。そしたらガラームはひとたまりもないだろう。
そこまでその『代打ち』を信用しているっていうことだ。
絶対に負けない、と。
誰も口を開かない。緊張感があたりを覆う。
「ガラーム様イイ〜〜ン!連れてきましたイイ〜〜〜ン!!……ん?ブルルッ。一体?」
シルバーがトード・チョウ一家の子分たちを連れて戻ってきたが、異様な雰囲気に不思議そうに様子をうかがう。
やがて執事が走っていった螺旋通路の上の方から、ジャラリジャラリと金属質な音が響いてきた。トードの親分がいる横穴の上の通路を何かがゆっくりと動いている。
姿は見えないが言い難い不穏な迫力に草歩は固唾を飲んで音のする方向を見守る。
ジャラリ。ジャラリ。
おそらくこの場にいる全員がそれを聞いて、神経を向けている。
ジャラリ。ジャラリ。
近づくとそれが重い鎖を引きずるものだと想像できる。一歩一歩、その鎖に繋がれた何者かがこちらへ近づいてくる。
ジャラリ。ジャラリ。
ジャラリ。ジャラリ。
ヤモリ娘やイモリ娘が、首を回して向こうを見ている。奴隷たちも緊張した面持ちで、草歩やトードの親分たちに向けることのなかった警戒を見せる。武器を持つ手に力がはいり、軽く足がすくんでいる。
ジャラリ。
大きな山椒魚に遮られその身を向こうに隠していたが、駆けてきた執事が手綱をあやつり山椒魚を脇に寄せるとようやく姿が見えてきた。
分厚い男、というのが第一印象だ。
鉄の首輪と鉄の腕輪、鉄の足かせにそれぞれ太い鎖が繋がれて四肢を封じられている。
鎖の先は奴隷が複数人で持つような重いものだが、手足に付けながらまるで重みを感じさせずに悠然と歩いている。
ジャラリ。
歩き方はゆったりとしているが、どこか無頼なガサツで荒っぽい印象を受ける。まるで自分をつなぐ鎖など存在しないかのような、この世界に己のみと言った孤高の態度が身から溢れている。
もし、この男がここに居たくないと望めば、鎖も奴隷もガラームでさえも、舞い散る木の葉同然に払い退けられ粉と散り、それさえも気に留めずに彼は悠然とどこかへ気の向くままに歩き去るであろう、そんな光景が浮かぶ。
ジャラリ。
身長は蒼兄よりもやや大きいくらいであろうか。背の高い成人男性といったところだが、その身の厚みが尋常ならざる風格を与えている。
断ち切られた巨木、岸壁から落ちた大岩、人の背丈ほどの固い握り拳。
胴も胸も腕も腿も太いが、その全てに隙間なくみっしりと『力』が詰まっているのがわかる。
黄色味を帯びた体毛はゴワゴワと硬そうでヤシの繊維や熊の毛といったところ。片耳がほぼ根本から断ち斬られていて、一本立った耳が剣豪の背負う槍の穂先に見える。
小山のような体にボロボロになった柿渋の着物を着て栗皮の袴を履いている。足元は擦り切れた草鞋。相撲取りの浪人とでもいおうか。岩の塊に着付けをしたとでもいおうか。
ジャラリ。
鋭い目には無頓着な、浮世離れした飄逸さもある。しかしその軽さには、木枯しのような乾いた冷たい風が吹く。
この人は強い。
トー伯斎師匠とは違う形の圧倒的な凄みがある。
きっと過去に何かがあったに違いない。そしてトー伯斎師匠が悠然と飄々(ひょうひょう)と、酒の中に身を隠したのにたいし、この人は真空のように全てを、己自身でさえも切り捨てて生きている。
「『代打ヂ』!ゴのガギをやれ。ガんダんな仕事ダ」
草歩の前に進み出た分厚い男にガラームが命じる。ガラームが執事に向かって顎をしゃくると、執事が男に駆け寄り封じられた右手の腕輪をはずした。そして蛇にでも近づいたときのようにさっと身を離す。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜い」
男が深いため息をつく。首をひねり、手首をブラブラとさせているそれだけの動きなのに目が追ってしまう。
体が恐れているんだ、と草歩は気づく。本能的にこの男に脅威をおぼえ、いつ襲われるかと備えている。仕草や態度に一切の執着がないせいだ。この男は本当に何も気にしていない。だから何をしでかしてもおかしくない。
人のルールを嘲笑い、社会の規範の外に立つ世捨て人、いや、自ら群れを外れ縄張りを踏み荒らし気の向くままに獲物を食い荒らす「餓狼」か。
「ガラーム!お前が戦うんじゃないのか!?」
草歩はガラームにいう。
「ガららああ。俺の『代打ヂ』バその男ダ。『宣誓』に代打ヂガ認められデいるのバ知っデるダろう!『宣誓』バジデやるガら安心ジろ!」
そうだったのか。草歩は詳しく知らなかったが、どうやらこの世界では『代打ち』は普通のことらしい。
「へえ〜〜、坊やが今日のお相手かい。名前はなんてんだ?」
男がガラームと草歩のやりとりなど耳にも入っていないかのような、道で連れ立った旅人にでもかけるような自然な声で話しかけてきた。
「あ、天沼草歩」
「天沼草歩なあ。いい名だあ。天の沼の草を歩く。このままどこへなりとでもいってしまいたくなるような名だなあ」
男の声は天高い秋空を思わせた。
「なあ、皇棋なんてやめにして、どっか旅へでもいくかい?今の時期は山菜がうまいだろうなあ」
「『代打ヂ』!!馬鹿話バやめろ!!ザっザド始めるゾ!!」
ガラームが痺れを切らせたように叫んだ。
「ガギ!準備ガよゲりゃゾゴベ座れ!!」
男が野原に腰を下ろすようにゆったりと道路の上に腰を下ろした。草歩も男の前にあぐらをかく。
「はいはいっと。まあ、安心しなよ坊や」
男は虚空のような奥底の知れない目で草歩を見た。
「この『真剣師』長耳のジューミー。どんな相手だろうが決して手はぬかねえからよ」
薄く笑っていうその言葉には、絶対の自信が溢れている。
くそ、始まる前から気押されてどうする。草歩は己を駆り立てる。
「望むところだ!僕をなめてたら後悔するぞ!」
「いいねえ、それでこそ男だ」
だがどういうわけか、このジューミーという男は嫌いになれない。
「ジゃあいグゾ、ガギ!」
「ああ!」
ガラームと草歩が声を合わせていう。
「「『神前宣誓』!!」」
地べたに座って向かい合ったジューミーとの間に美しい皇棋盤が浮かび上がる。
インターフェイスを確認すると左上に『果たし』の条件(草歩とピョン、トードとフロッガの賭けであること)とともに、初めて見る別の表示がある。
*この決闘は天沼草歩とガラームの『宣誓』である*
*ガラームの指定により『代打』はジューミーとなる*
*ジューミーと天沼草歩の決闘の結果が『宣誓』の結果となる*
なるほど、この男を倒せばガラームを倒したことになるみたいだ。
草歩はジューミーを見据える。
「じゃあ、はじめようか?坊や」
草歩の気合などどこふく風のジューミー。柳に風でどうにもやりにくい。
でもそんなこと気にしている余裕はない。やるぞ。絶対にこの男を倒すんだ!




