42・鹿の蒼松の計画!
作業をしていた奴隷たちが引き上げていく。
草歩とピョンはガスの薄いところで腰を下ろしていたが(服を着たまま、ピョンが座っている頭を跨いで草歩が立っている格好)、それを見て肩車をし直す。
「ピョン、大丈夫?疲れたよね」
「全然平気ミ。このくらい砂鼠ケ原人参の収穫に比べたら大したことないミ」
さっきのゾンビがゆっくりと歩いてもどっていく横を通り過ぎ、トードの親分のところへ向かう。
立ち込める緑霧の奥にいたトードの親分は、腰をおろし一点をじっと見つめていた。身動ぎもせず心の内と向き合っているような近寄りがたい雰囲気で草歩はかけようとして声を飲んだ。
やがて気配に気付いたトードの親分は草歩に向きなおる。
「では参りやしょうかゴロロロ」
大きな体をゆっくりと起こし草歩に先導するように言うが、その表情に笑み一つない。
何か変だなと感じるけれど、それ以上はわからない。
脱出計画ならいいことだと思っていたんだけど、違うのだろうか?蒼兄と鎌之助の態度にも感じた違和感が大きくなってゆく。
毒ガス地帯を抜け、横穴の入り口に近づいてゆく。
奴隷として命令に逆らえないトードの親分が行動できる範囲は、この横穴の中までのようだ。ギリギリまで入り口に近づいてもらって、草歩たちは穴の外にでた。
ここなら蒼兄たちが近づける、と言っていたけれど。
トードの親分のいる場所は鉱山の底に近い。出た場所からは草歩たちが働かされたガレキ運び用のエレベータにつながる穴が下に見え、食事をするための部屋は少し上の階層にあるようだ。
奴隷たちのほとんどが仕事を終え、食事のための列に並んでいるのが見える。
草歩はキョロキョロとあたりを見回したが蒼兄たちの姿がない。おかしいな。
からり、と岩の崩れる音がして上を見上げると、螺旋道路の一回り上の縁にのぞいていた顔が、さっと引っ込むのが見えた。
「蒼兄?」
草歩は声をかけてみる。
やがてゆっくりと顔をのぞかせたのは鹿顔の獣人だ。やっぱり蒼兄だ。どうして声をかけてくれないんだ?
草歩が不思議におもっていると、ようやく蒼兄が言葉を発した。
「おまえ、草歩ケーンか?」
「え?そうだよ。トードさんを連れてきたよ!」
蒼兄はやれやれと表情を崩し、奥から鎌之助とベロリも顔をのぞかせた。
「そんな格好されちゃあ兄らもビビるケーン。じゃまなところにブレイズがいやがるなと身を潜めていたところケーン」
あ。そうか。
草歩は自分の格好、黒い馬獣人のスーツ姿をみる。そう言えばまだこの服を着たままだった。
草歩とピョンが防護服を脱いでいると、三人が崖を滑り降りてきた。
「で?親分はどこだシー」
嫌に真剣な、緊張感のある顔で鎌之助が言う。ピリピリとした気配が草歩を不安にさせる。
「蒼松、苦労をかけるなゴロロロ」
重いトードの親分の声が響き、蒼兄と鎌之助、ベロリはハッと振り向いた。
草歩のいる道のすぐ近くの横穴に通路を塞ぐくらいの巨大な体をのぞかせて、神妙な面持ちのトードの親分が立っていた。
「親分、お久しぶりでござんすケーン。変わりのねえお姿を拝見できてこの上ねえ喜びでごぜえやすケーン」
腰を落として頭を下げた蒼兄が親分に挨拶をする。言葉遣いも草歩たちに話す時とはちがい、トードの親分のような任侠口調になっている。鎌之助もあとに続き、ベロンはベロをベロリとさせ、それが挨拶代わりのようだった。
「時間がねえゴロロロ。この御兄いさんに協力いただいてまでこの俺を呼び出したお前さんの計画ゴロロロ。つつがなく進めるとしようじゃねえかゴロゴロゴロ」
「恐れ入りやすケーン。あっしと鎌之助で考えましたこの計画、どうしても親分の助力が入りましてごぜえやすケーン」
蒼兄がトードの親分を見る目が怖い。親の仇をみるような、無念のうちに倒れた仲間をみるような、苦痛と決意の混じった目。
トードの親分の態度はどんどんと落ち着きを増してゆく。それも不気味だ。悟りをひらくために身を苦しめる苦行者のような無限の静けさ。
「言えや、蒼松。思えばお前さんにゃあ俺は大そう世話になったゴロロロ。おれだけじゃあねえ。幼ねえフロッガが、人を切った俺を怖がり手に負えなくなったときゴロロロ、家出したあいつが狼に襲われたところを一人、その身に三十を超える噛み傷をおいながら、フロッガにゃあ毛一つの傷も負わさず守ってくれたうえ、こうやって守るのは親分のため、親分がそれだけの価値があるお人だからだと言うことをこんこんと言い聞かせてくれたゴロゴロゴロ。
おめえさんがいなかったらよ、蒼松ゴロロロ。俺あ今頃たった一人、のたれ死んでいたにちげえねえ。だから言えや。お前さんの考える計画をよゴロゴロゴロ」
トードの親分の言葉に、蒼兄は涙をつまらせたような声で答える。
「半端なあっしにゃもったいねえ言葉でござんすケーン。この蒼松、トードの親分に忠義を誓ってからこのかた、身に余る幸せな日々を過ごさせていただきやした。親分、だからこそ今、あっしは自分の命をかけて親分におねげえいたしやす」
顔を伏せていた蒼兄は、真っ赤にした目をトードの親分に向けた。
「その命、あっしらに差し出しちゃあいただけねえでしょうか」
「え!!?」
「なんだってミ!?」
草歩とピョンが叫ぶ。
トードの親分と蒼兄、鎌之助、ベロンの間には沈黙が流れる。
なんだって?命を差し出す?
草歩には言っている意味がわからない。
「ゴロロロロッ。やっぱりそうかゴロロロ。よく気付いてくれたゴロロロ。俺も自分でそうできりゃあ、とっくにやっていたんだがよゴロロロ。奴隷の身分てなあ不自由なもんさ、己の命一つ自由にならねえゴロゴロゴロ」
トードの親分がため息のような、愉快なような不思議な響きでそう笑った。
「トードさん、なにを言ってるの?脱獄するのと命となんの関係があるのさ!」
「御兄いさん、辛えことにつきあわせちまってすまなかったなゴロロロ。そいつが大有りなのよ。俺の二十と八人の部下たちは、『宣誓』で俺に忠義を誓った親分子分の間柄よゴロロロ。でもって親分のその俺が、ガラームのやろうに『宣誓』で奴隷にされちまったが故に、こいつら子分も同じように奴隷になっちまったゴロゴロゴロ」
トードの親分はすまなそうな顔を蒼兄に向ける。
蒼兄は首をふり、そんな顔をしないでくれと訴える。なにしろこれから俺たちは、仁義の風上にもおけねえ最大の禁忌、二度と渡世人として敷居をまたげねえ究極の裏切りをしようってんだから。
そう、『親殺し』を。
「親分、この蒼松にご命令くだせえケーン。親分が自分で自分を殺せなかったとしても、子分であるあっしらに命令することはできるはずでごぜえやすケーン。
そうしてそのお命をいただけば、あっしら二十八人はガラームとはなんの縁もない自由の身。ガラーム、シルバー、ブレイズ一味を撫で斬りに切り殺し、一族郎党皆殺しにして、フロッガさんを奴隷から解放したあかつきにゃあ、親分の後を追って見事腹切ってみせまさあケーン。
許しちゃあいただけねえでしょうがそん時は、生まれ変わって再びに、あっしを、あっしを親分の子供にしてくだせえ。おねげえいたしやすケーーーーーーーン」
腹の底から振り絞るように、こぼれそうになる涙を必死に堪えて蒼兄は言った。
親分がこのままじゃあ、フロッガさんは一生ゴロームの慰みもんだ。そいつが俺には耐えられねえ。俺が死んで助けられるならいくらだって命を投げだそう。だが俺の命に価値はねえ。
囚われの身の親分を、殺すことが忠義だと信じるから。
殺して親分の一番愛する人を、助けだすことこそが子分として一番の務めだと思いやこそ、こうしてお願い申し上げます。
とても親分の顔をみれねえ。
蒼兄は顔を伏せた。
ここに閉じ込められて考え抜いて思いついてから、この日のことは数えきれねえほど頭んなかで考えてきたのに。
俺は親殺しの悪人になり切って、親分に罪悪感をもたせねえようにって決めてたのに。
「よく言ってくれた蒼松ゴロロロ」
親分の優しい声が聞こえる。
堪えていた涙が頬を伝う。
くそっ、泣かねえって決めてたのに。
「俺がふげえねえ親分だったばかりによ、最後の最後までお前さんに身の振りかた考えて貰わなきゃならなかったゴロロロ。感謝するぜ、俺もずっと思ってたのよ。俺さえ死ねりゃあってなゴロロロ。蒼松、地獄で会おうゴロゴロゴロ」
ああ、なんという暖かいお言葉。
蒼兄はふところに忍ばせた石ナイフの柄を握る。
あっしが痛みもねえように、見事一太刀でそのお命、頂戴して差し上げましょう。
「蒼松に命じる、俺のいのt」
「待って!!!!」
草歩は叫んだ。
「ふざけるなっ!!!!勝手に人のことを利用して、殺すために呼び出しただって!!!ふざけるんじゃない!!!」
ピョンが耳の毛を逆立てて草歩を見る。
草歩は本気で怒っていた。このクソくだらないやりとりに本気で怒っていた。
2022年度王将戦、藤井新王将の誕生になりました。おめでとうございます。




