4・『皇棋』とはなんぞや?ワクワクが止まらない草歩!
ありがたいことにそのおじさんは本当にいい人で、草歩が外国からきた可哀想な子だとおもったらしく、丁寧に説明してくれた。
「ほら、あそこでみんなやってるだろう?」
草歩のテーブルにも一組、盤とコマを持って来たおじさんがコマを『初期配置』にならべ始める。
『初期配置』というのはゲームをスタートする時に置かれているべきコマの種類と場所の配置だ。意外とこれが大切で、ボードゲームに初めて触れる人だと難しく思えるかもしれない。
おじさんが並べてくれた配置は、やはり将棋にそっくりだ。
自分と相手、つまり草歩とおじさんのコマは基本的には鏡合わせだ。そして、ほとんどのコマが左右対象になっている。
自分に一番近いラインは、真ん中に一つのコマがあり、左右対称に種類の違うコマが4つづつ並ぶ。その一つ上のラインは、左右の端から一つあけた2列目にそれぞれ、種類の違うコマがひとつづつ、二つだけ並ぶ。
そしてそのもう一つ上のラインには、同じ種類のコマが9個、横一列に並んでいる。
つまり、手前から2つ目の段に置かれた二つのコマだけが、左右で違う。
おじさんの側にはその2つのコマが対角線で向かい合うようになっているから、鏡合わせではなく全体としては点対称、真ん中にある「5五」のマスを中心にグルリと回すと同じ形になる対称系だ。
この異なる二つのコマが、将棋では、「飛車」と「角」というすごく強いコマになっている。
つまり、飛車の先には相手の角が、角の先には相手の飛車がいる形だ。
食べながら聞いていた草歩が質問する。
「ふゃあさ、ふぉじさん、動かしふぁたは、んぐ。どうなってんの?」
おじさんが、立体的な形をしたコマを一つ一つ持って、実際に動かして見せながら説明してくれる。
名前こそ、『歩』は『連隊工兵』、『香車』は『槍刺縦進』、『桂馬』は『奇襲八艘』などわかりにくかったが、結局全てのコマは将棋と同じ動きをするようだった。
草歩は名前を覚えることは諦めて、自分の中ではいままで通り将棋のコマの呼び名で呼ぶことにする。
『歩』は、自分の前に一つだけすすめ、それ以外にはいけない。もちろん戻れない。これが自分の手前から3列目に9個横に並んでいるコマだ。
『香車』は前方ならどこまででも行ける。でも一度すすんだら戻れないし、左右にもいけない。これは、一番手前の列の左右の端。
『桂馬』は自分の二つ先の、正面でなく、その左右どちらかの場所にジャンプできる変わったコマだ。他のコマは、目の前に自分の駒があると進めないが、桂馬は飛んだ先にさえ自分のコマがなければ、目の前に味方がいても飛び越えることができるのだ。
進めるのは前にだけで、後ろに戻ることはできない。これは「香車」の隣、左右から二列目だ。
この三つは、弱いコマと言われている。バックすることができないから、攻め込んだらやられることだ多いためだ。
『銀』と『金』はカナゴマと呼ばれる。文字通り金属の字が当てられているからだ。
『銀』は自分の前、斜め右、斜め左の3マスと、後ろの左右斜めに進める。真横と真後ろにはいけないので、クセのあるコマと言われる。桂馬のさらに一つ内側にある。
『金』は銀と同じ前の3つと、左右の真横、真後ろに進める。銀が動ける、斜め後ろの左右にはいけないけれど、コマのまわり9マスのうち、6マス動ける場所があるのでとても強いコマだ。王を守る時になくてはならないコマとされている。銀の内側で、中央の縦ラインのすぐ隣に二つ並ぶ。
そして一番大切なコマ。これを取られたら、どれだけ相手を追い詰めていたって、どれだけたくさん持ち駒があったって負けてしまう。自分に一番近い列の、中央に陣取る中心のコマ。
『王』だ。
『王』はこの世界では『天下皇帝』と呼ばれていて、『皇棋』の象徴でもあるコマだ。
王は周り9マスのどこにでも動くことができる、強いコマだ。だから詰ませるにはよく考えなくちゃ、スルスルと逃げてしまう。
強いコマではあるけれど、取られたら負けなので攻めに参加することはあまりない。
あとはさっき言った『飛車』と『角』というすごく強いコマがある。
『飛車』は、前後と左右はどこまでも行ける。斜めはいけない。
『角』は斜めの線にどこまでも動ける。前後左右にはいけない。
それぞれ桂馬の前、左右の端から一つ開けて置かれる。飛車が右で、角が左だ。
大体この二枚の大駒、主には飛車が主役になって、将棋の戦法が決まっているのだ。
ふーん、じゃあ本当に将棋といっしょだな。
これなら自分もできそうだ、と草歩は胸を撫で下ろす。
「じゃあ、おじさん、僕と一局指そうよ」
パンでスープの皿をきれいに拭き取って、それを口に放り込んだ草歩は食器を傍に押しのけて、盤をテーブルの真ん中にすべらせる。
手をこすり合わせてワクワクしていると、おじさんが苦笑して言った。
「いや、ダメだよ。だって坊やの『能力』を知らないもの」
「能力?」
聞いたことがない言葉に草歩は戸惑う。
「そうだよ。指すには能力を知ってるもの同士じゃないとね。細かい能力の説明がないとお互いめちゃくちゃできちゃうだろ」
と言っておじさんははっはと笑い
「そうだそうだ、坊やは『皇棋』を知らないんだった。ほんとに初めてなの?」
ともう一度聞いてくる。よっぽど信じられないのだろう。
「よーし、じゃあ、説明も兼ねて『神前宣誓』で一度やろうか」
「神前宣誓?」
「そうか、それも知らないか。えーと、ほら」
と言ってあたりをみ回したおじさんは、さっき草歩が見つけた、何もない空間で対戦している二人を示した。
「ほら、彼らがやってる。『宣誓』の対局は、神のもとに行われる公式の『皇棋』決闘だ。神自身が戦いの場を与え、能力の使い方を公平に裁き、お互いに賭けたものを神命によって果たさせる」
「えーと」
いきなり将棋と離れ、まごついた草歩は必死に頭をめぐらせる。
「こういう盤を使わないで、特殊な状態で戦うってことだよね?それを神様が見守ってるの?」
「ああ、そうさ」
おじさんが誇らしげにいう。
「この国は、『皇棋』の神が治める世界だからね。宣誓された『皇棋』は神によって正しくジャッジされ、勝者にたいする評価やレベルも神自ら判断なさる」
そしておじさんは肩をすくめ、
「はっきり言えば、ここじゃ、『皇棋』に勝つことが、強くなったり賢くなったりする一番の方法なんだ。俺は正直弱いから、こうして地道に商売して金稼いで生きてるけど、本気で『皇棋』をやって強くなれば、他のものは全て手に入るんだよ」
なるほど、と草歩は納得する。
ゲームではモンスターを倒したり、お使いクエストをこなしてレベルをあげるけれど、この世界では『皇棋』に勝つことが、そういう経験値を得る手段なんだ。
ゾクゾクとした興奮が背中を走る。
なんだか面白いことになってきたぞ!