35・奴隷仕事はめちゃくちゃキツイ
ヤバイ、死ぬかもしれない。こんなにきついと思わなかった。
草歩は瓦礫を運びながら、疲れで震える足を必死に動かした。
あの後ブレイズはピョンと草歩の首輪の綱を持つと自分は馬に乗って走り出し、必死に走って追いかける二人をからかいながら穴の底深くへと連れていった。
息を切らす二人を鞭で追い立てて連れていったのは、深い深い穴の底だった。
野球場の内野くらいにまで円の範囲が狭まっていて、大きな体のサイクロプスや竜人などがつるはしを振るってさらに地下に続く道を掘ったり、側道を掘ったりしている。穴の底は日も差さず暗く寒いが、体を動かし続ける奴隷たちからは湯気が上がっている。
側道の一つがかなり大きくなっていて、先は地上につながる縦穴になっていた。その縦穴にロープと滑車をつかったエレベータがあった。おそらく穴の上のほうで奴隷たちがこれを動かすために働かされているのだろう。
ロープには丈夫そうな籠がいくつも取り付けられていて、そこに採掘で出た瓦礫を積んで汲み出す。
草歩たちが命じられたのは砕いた岩を横穴のエレベータシャフトまで運ぶ作業だった。
砕かれた岩には様々な大きさがあるので力がないものたちでも働けるようになっている。草歩たち以外にも何人も子供がいて、みんな粉まみれになりながら必死に働いている。老人や体の弱い人もここで働かされているようだった。
草歩はここに潜入したらすぐに持ち場を離れてトードを探すつもりだった。だから働くつもりなど一切なかったのだ。
ところがブレイズがなかなか帰らない。
逃げようとする草歩の心が読めるのか、新入りは見張ることになっているのか、それともただの嫌がらせなのかわからないが、見張られていてはにげられない。
今疑われては何にもならないので草歩はブレイズの命令に従って、周りの子供たちに混じって働き始めた。
しかし、これがきつい。
手近にあった籠を背負って、見様見真似でガレキを拾って籠に放り込んでいく。
自分よりも小さく見える子供が同じくらいの籠にいっぱいに詰めて歩いているので草歩も同じようにしてみたのだが、いざ立ち上がろうとすると全然足が動かない。
周りでは一定のペースで他の奴隷たちが拾っては運んでゆく中で、草歩は身動きができなくなってしまっていた。横にいたピョンは心配そうに草歩を見ていたが、チラッと後ろのブレイズをみたあとにさっさと先にいってしまった。
なんでそんなに簡単にできるの?
あなどっていた。
この世界の住人たちはきっと草歩より力が何倍も強いのだ。ピョンのような草食動物の子供獣人でも、足の力は人間のオリンピック選手より強いかもしれない。
それに『皇棋』レベルもある。
子供だって小さいころからみんなで遊んだりして、レベル3や4はあるだろう。
草歩はいまだにレベル1。
『宣誓』では2勝2敗という4試合しか戦っていないのだ。詰皇棋をやったりトー伯斎師匠に木の皇棋盤で教えてもらって『皇棋』自体は強くなったと思うのだが、この世界では『宣誓』をしないとレベルが上がらない。
顔を真っ赤にしてなんとか立ち上がろうと踏ん張る草歩に、ブレイズがゆっくり歩いてくる蹄の音が聞こえる。そして草歩の横に立つと、ゆっくりと座り込んできた。
「ブルルルルルルルッ」
不機嫌そうに鳴らした鼻息が草歩の前髪を揺らす。
「てめえイイ〜〜〜〜〜ン。怠けてんじゃねいイイ〜〜〜〜ン!」
顔をくっつきそうなほどに威圧しながら、ブレイズが耳元でいななく。
「働かねえガキはブルルルルッ。しつけがいるなブルルルルッ」
ブレイズが立ち上がり、鞭の先を地面にたらす。
やばい、あんなの食らったら、普通の人間の僕じゃ本当に死んじゃうぞ!
草歩は両膝に手をついて、歯を食いしばって立ち上がる。目の前が真っ暗になって立ちくらみしそうになりながら、思い切り力を込める。
よし、なんとか立てた。
それだけでもう疲労困憊だ。膝もガクガク震えて、ほんとうなら一歩も動けないところだ。
しかしここで目をつけられてしまってはきた意味がなくなってしまう。草歩はやけっぱちの力をふり絞ってなんとか足を進め、周りに混じってガレキ運びを続ける。
ヤバイ、これはきつい。
周りの奴隷たちが辛いはずなのに平然として見えるのは、きっと命令に従っているせいもあるんだ、と草歩は気づく。
命令ではある程度従わざるを得ないから、きつかろうがイヤだろうがそれをやるしかない。
草歩のように『宣誓』の命令によらず自分の力だけでやろうとするとこんなにも大変なことなのか。
上に穴から丸く覗く空が夕焼けから藍に変わり一番星が見え始めた頃、草歩を監視していたブレイズはやっと飽きたのか、一鞭ビシリと草歩の足元に打ち付けおどしつけると、馬に乗って走り去っていった。
「あ〜〜〜〜〜〜っ死ぬかと思った〜〜〜〜っ」
上からは見えない横穴の影に隠れた草歩は、籠を投げ出し床に寝転んだ。
足がパンパンだし腰が砕けそうに痛いし肩と首も関節の油がきれたんじゃないかと思うくらいで、動かすとギシギシ軋んで痛みが走る。
「兄貴、大丈夫ですかミ!」
横穴で籠をからにしたピョンが草歩を心配して走り寄ってきた。
「ピョンは強いね、こんな重いものよく運べるよ」
「ミへん。僕は家では畑仕事を手伝っていミしたから」
よく見れば周りの奴隷たちも仕事を終えてどこかへ向かっているようだ。
「どうしミす?」
「お腹も空いたし、とりあえずみんなについていこう。さすがに何か食べ物があるんじゃない?」
ピョンの肩を借りて足を引きずるようにしながら草歩は奴隷たちの向かうほうについていった。
奴隷たちが大きな部屋の前で長い列を作っている。草歩とピョンもその列の後ろに並んだ。
みんな疲れ果てた様子で、お互いに話をする余裕もないようだ。かなりの人数がいるのに静かで、時々誰かが咳をする音が聞こえるだけだ。
列の先頭では硬いパンが配られ、そのパンの少しへこんだ真ん中部分にどろりとしたスープが入れられた。お皿もスプーンもなく、パン自体が食器代わりになっている。
草歩も受け取ると、麻を編んで作ったようなゴザの上に座って黙々と食べている奴隷たちの間に混ざった。
草歩は隣にいるつぶらな目をした鹿のような獣人の青年に話しかける。
「こんにちは。僕、天沼草歩といいます、よろしく」
青年は一瞬驚いたように草歩を見たが、すぐに緩く首を振って視線をパンに戻した。どうやら本当に会話することも面倒なくらい疲れているみたいだ。
実際草歩も目的をもってここにきていなかったら、明日もあるし考えたり話したりなんてしようともおもわないだろう、きっと食べて寝て、少しでも疲れを取りたいはずだ。
「あの、ここに赤毛の猫の獣人はいますか?チェスナっていうんですけど」
青年はもうこちらを見向きもせず、パンをちぎってスープにひたしては機会的に口に運んでいる。
「すみません、もう一つだけ、トードっていうカエル人は知りませんか?ここにいるはずなんですけど」
答えはない。ダメか。
草歩はピョンと顔を見合わせる。
こんなに苦しい場所だと思わなかった。
今や大きめの部屋は奴隷たちでぎっしりと埋まり、ゴザも隙間なく身を寄せ合っているのに、本当に誰も話をしない。食器のかちゃかちゃ言う音すらないので、声を落として話している草歩の言葉だけがあたりに異質に響く。
草歩は改めて思う。こんなこと、このままにしていちゃいけない。
この鉱山だって貴重な鉱石がでるんだから、前はきっと稼げる仕事場だったはずだ。それが奴隷が許されたことで、奴隷主たちが奴隷を預けて儲けさせる場所になっているんだろう。
やがて食事を終えた奴隷たちは、その場で横になるものや他の寝床に移動するものなどに別れ動き始めた。
どうしよう。あれから幾人かに話しかけて見たのだけれど誰も反応する人はいなかった。
でもこのままここにいてもしかたない。草歩はピョンに言って、できるだけこの鉱山の中を歩いてみることにした。
草歩とピョンが部屋をでて他に奴隷たちが集まっている場所を探そうと坑道の横道に入った時だった。
「うミュっ!」
突然、松明の光が遮られた岩影から男が飛び出してきてピョンに体当たりし転ばせてきた。
「何をする!」
慌てて草歩が助けようとすると、別の男に羽交い締めにされ壁に押し付けられた。
「うごくんじゃねえケーン。てめえもお仲間さんもいてえめ見ることになるケーン?」
草歩は脇腹にちくりとした痛みを感じる。見ると男の手には鋭く尖らせた石のナイフが握られている。ピョンをみると男に馬乗りにされ、同じようなナイフを首元に当てられているようだ。
「てめえら何を嗅ぎ回ってるケーン、新入り?シルバーの部下ケーンか?」
「ち、違う」
男の顔をみると、さっき話しかけた鹿獣人の青年だった。
「ここじゃ奴隷の一人や二人、毎日のように事故で死んでるケーン?」
先ほどまでのうつろな表情とは違う、鋭い眼差しで青年は草歩に詰め寄った。




